第九話『呪いの正体』
【注意】今回は特に残酷な描写が含まれます
呪いの館と呼ばれる廃屋に、また肝試しと称して若者のグループがやってきていた。彼らは虚勢を張るように「うわ~怖ぇ!」とか、「こりゃ何か出てもおかしくないわ」などと、高笑いしながら歩いている。ひっきりなしに喋っているあたり、本心では怖がっているのだと丸分かりである。
そんな彼らの様子を、嘲笑しつつモニターで眺めている者たちがいた。まるで映画鑑賞でもしているかのように。
「ははっ!こいつらダセェ。怖がりのクセに、こんな所に来るんじゃねーよ。バーカ!」
「冷やかしは良くないねえ。こいつらにお仕置き、する?」
「どうしよっかなー。もっと偉そうなヤツ殺った方が面白いんだけど。最近はヘタレばかりでつまんねえ」
言うまでもなく、この者たちが『呪いの館』の呪いの正体だ。見たところいかにも優等生といった風体の、高校生らしき五人組。彼らがいる部屋は呪いの館の中ではなく、一般家庭とは言いがたい立派な家の一室だった。
彼らが注目しているコンピューターもカスタムメイドで、通常使用では必要のなさそうなオプションが色々つけられている。それは監視モニターのチェックが出来るものだったり、備え付けてある狙撃用銃の操作盤だったり。物騒この上ない物だが、この部屋の主である少年の両親が見て分かる類の物でもなく、怪しまれたことはない。
と、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。「お茶とお菓子を持ってきたわよ」という声。母親が来たのだ。少年たちは落ち着いてモニターの電源を落とし、参考書やノートが広げてあるローテーブルの方へと移動してから、母親を部屋に通した。
「いつも勉強熱心で偉いわね。今日はザッハトルテを焼いたのよ。そろそろ休憩して食べたら?」
「すみません。ありがとうございます」
「僕、おばさんの作るケーキが大好きで、今日は何かな?って、いつも楽しみなんですよ‥‥‥って、図々しいですよね」
爽やかな笑顔で言う。ついさっき悪態をついていた、同じ口から発せられた言葉とは到底思えない。息子もニッコリと笑って
「そりゃあね。母さんのケーキは売り物に負けないって、息子の僕が思ってるくらいだから」
そう自慢げに言った。
「もう!お友達の前で恥ずかしいでしょ」
「恥ずかしくなんかないよ。事実だから」
「そ~お?ありがとう。じゃあ夕食も腕によりをかけるから、みんなも食べていってね」
「わあ~。ウレシイなあ。ありがとうございます」
「楽しみだね」
そうして上機嫌に母親は出て行った。少年たちはニコニコと手を振った後、母親が階段を下りた音を聞き届けてから爆笑した。
「な~にが『図々しいですよね』だよ。さみ~」
「お前こそ。ウレシイなあって、棒読みだっつーの!」
「あ~ほらほら。ケンカしてないで。ボクのママが焼いたケーキを食べようよ」
この間もゲラゲラと笑い続けている。家族や学校の前では優等生を演じながら、陰ではゲーム感覚で猟奇的大量殺人を楽しんでいる。この少年たちは、自分がやっている事の重大さが分かっていない。
最初の犠牲者となった高校生六人組は、少年たちの同級生だった。犠牲者は運動部に所属していて、ルックスもそこそこ良かった事から女子に人気のあるグループで、この少年たちは部活などバカバカしいと考え、そんな時間があれば勉強をしろよという主義。頭が良い割には冗談も通じるので人気がないわけではないが派手さがなく、犠牲者グループの陰に隠れがちだった。プライドが高い少年たちは、自分たちより目立つ犠牲者グループが気に入らず、彼らが肝試しに行くという話を聞いて、犯行を思いついた。
その時はカメラや狙撃用銃を備え付ける気も時間もなかったので、彼らが必ず通る場所である入り口付近に簡単なワナを張った。足元辺りに糸を張って、引っかかれば装置が作動するといった、理科の実験の延長線上にある程度の物であったが、仕掛けたものは可愛げがなかった。麻痺性のガスである。ただでさえ不気味な廃屋の中。突然得たいの知れないガスが噴出してきて、被害者グループはパニックに陥った。まだ何とか動く足をひきずり、必死で廃屋の外へ出ようとした際、一人の少年の足がもつれて転んでしまったのだが、運悪くそこに割れてギザギザに尖った床板が、先端を上にして突き立っていた。床板は転んだ少年の腹部に刺さった。絶叫が廃屋に木霊する。起き上がろうにも麻痺しているせいでままならない。友人たちも同様だ。助けようにも思うように動けない。
そんな惨状になっているとは思いもせず、犯人グループは念の為にガスマスクをつけて現場に足を踏み入れた。見知った顔の人間の腹部に板切れが刺さり、大量の血を流しながら痙攣している様は、いたずら目的でしかなかった犯人グループを愕然とさせた。‥‥‥マズいと思った。麻痺して転がっている少年たちの写真を撮り、『廃屋で恐怖のあまり動けなくなった勇者達』といったタイトルでネットに写真を流し、恥をかかせようと思っていただけなのに。
ガスマスクをつけて突然現れた者たち。あからさまに怪しいのだが、被害者の少年たちは、自分たち以外の人間が来てくれたという事で、藁にもすがる思いで助けを求めた。麻痺して上手く話せない口で「助けて」と。その哀れな姿に、犯人グループは嗜虐心を刺激された。転がっている少年たちの腹を笑いながら蹴りまくり、動かなくなるまで続けた。腹にこだわったのは、この時は、顔や腕など目立つ場所に証拠が残っては困る、と考えたからである。
腹部に板切れが刺さった少年はとっくに動かない。死体となった同級生を見て、改めて事の重大さに気付いた。『人の命を奪った』という事ではなく、『親や学校に知られたら困る』という意味で。腹部に板切れが刺さって死んだ者、内臓破裂で死んだ者たち、みな腹部に損傷がある事から、内臓を取り出して猟奇殺人事件に仕立て上げようと決めた。
死体はリビングの窓際に全員置き、カーテンが引きちぎられて下に落ちているように見せかける形で被せた。運動部の男子高校生が六人。不自然にカーテンは膨らんでいたのだが、警察が捜索した際に見つけられなかったのは、薄暗い廃屋である事と、やはり気味が悪いという事で、簡単に見てまわるだけで済ませたからだ。
後日、行方不明になった少年たちについて、警察が聞き取り調査に来たのを機会に、犯人グループは死体からカーテンを外すことにした。いつまでも見つからないと変に疑われる可能性があると思ったから。この時は、ほんの少しだけ罪悪感もあったかもしれない。「どんな小さな情報でもいいから、知っていたら教えて下さい」と、泣きながら訴えてくる遺族に対して。生きているかもとの希望を持たせるよりは、早く分かった方がマシだろうとも思ったのだ。
そうして少年たちが見つかり、当然学校中が大騒ぎになったわけだが、中には「お前たちが犯人じゃねえの?」と、犯人グループを疑ってくる者もいたので、連続怪死事件を装うことにした。今度は用意周到にセンサーやカメラ、狙撃用の銃を備え付け、犬の犯行とも疑えるように野良犬を薬で凶暴化させて廃屋内に放った。それらの機材や薬品などは、急にまとめて購入すると足がつくので、アングラサイトで現金決済の取り引きをして、代行者に購入させた物だ。取り引きは現場で、お互い顔を隠して物と現金を交換する方法である。ドラマで、どこかの埠頭で密輸取り引きをするのと同じような手法だ。
死体の移動はフロートボートに乗せて、手で引けば簡単に動かせる。内臓は生ゴミ処理機で処分した。内臓を取り出したりする間のアリバイは、集中して勉強するから、お茶は部屋の前に置いて後は放っておいてくれと、あらかじめ親に言っておけば大丈夫だった。念の為に話し声は録音しておき、一人留守番を置いて音声を再生させれば、まず間違いなく甘い母親は疑わない。
それからは全て上手くいった。ドラマやアニメに登場するような名探偵などは現実に存在するはずもなく、ウエスト・コースト地区の公僕は汚職まみれで有名なので、警察も評判が悪いときたら、まともな捜査などされるはずもなかった。あまりにも上手くいくもので、犯人グループはもはやゲーム感覚で犯行を行うようになってしまい、今に至る。一時は廃屋の取り壊しの話もあったものの、最近は呪い説が有力となり、立ち消えになったらしいし、もはや誰も自分たちを疑いはしないだろう。とはいえ、そろそろ引き際かとも思っていた。これ以上危ない事を続けていたら、万が一再び疑われる事もないとは言えないし、何より飽きてきた。今はやめるタイミングを計っているところと言える。
とりあえず今回の無謀なチャレンジャーは見逃すことにした少年たちは、留守中に何かカメラに映っていなかったかチェックをした。そこで驚愕の事態を目の当たりにすることになる。
「何だ、こいつ?」
「どうした‥‥‥って、マジかよ?」
カメラには二人の長身の男が映っていた。一人は暗闇の中でさえ鮮やかに浮かぶような銀髪だ。カメラを見据える瞳はトパーズ色。その男は、カメラと銃が備え付けてある場所をことごとく発見し、あまつさえ凶暴化して腹を空かせている犬すら手なずけていた。
「こいつ、探偵か何かかな?」
「つっても、こんなにピンポイントに見つけられるか、フツー?あそこ、昼間でもかなり暗いぜ」
「センサーに反応する探知機でもつけていたとか‥‥‥にしても、世間では呪いだって言われてんのに、わざわざそんな物を用意しているのがおかしいよな」
「もしかして先に調査してて、怪しいと思っていたとか。だとしたら俺達の事も調べがついてる?」
少年たちは「まさか‥‥‥」と思いつつ、その考えを完全には否定できなかった。そして
「‥‥‥‥なあ。こいつ、こんなに特徴ある見てくれだし、調べたら誰かすぐに分かるよな?」
「だな。生意気だし、次のターゲットはこいつで決まりだ」
「でもさ、こいつタダ者じゃなさそうじゃん?大丈夫かな?」
「ワナを仕掛けりゃいいのさ。俺らの頭脳をもってすれば楽勝っしょ」
「そうそう。誰も俺たちにかなうワケないって」
集団心理の典型的な悪しき例である。『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』だ。共犯意識の強い結束でトーマの殺害を決め、安心して(?)再びモニターに視線を戻すと、一人の少年がそこに映る影を発見した。
「あれ?もう一人、なんか映ってる」
「あいつらの仲間か?」
「いや。あいつらがいなくなった後で、なんか女みたいな‥‥‥ちょっと戻すぞ」
少し早戻しし再生すると、確かに一瞬チラッと女性らしき姿が映っていた。顔の造りまではハッキリと分からなかったが、顔の色がやたら青白い事だけは確認できる。少年たちは思わず顔を見合わせた。
「マジで幽霊?」
「でもさ、俺たち今まで何度もあそこに行ってるけど、何もなかったじゃん」
「それにリアルだしさ。普通に人間じゃねえの?」
「女が一人であんな場所に行くか?いじめられてるヤツで、罰ゲームで行かされたとかかな?」
散々人を殺しておきながら、霊にはゾッとするらしい。みんな、それからしばらくは無言になった。今まで犯している罪が罪である。歴史上まれに見る大量殺人犯としては、もし万が一本物で、それが殺した人間の霊だとしたら、それこそ呪って出てきたのだと思ってしまう。五十人もの人を殺しているのだ。その内の何人かが呪って出てきても何ら不思議はない。
「‥‥‥さっきの銀髪のヤツを殺ったら、それで終わりにするか」
「うん。受験もあるし、いつまでも遊んでられないよな。あいつで最後にしよう」
「あいつも、どうでも良くね?あの屋敷に行くの、もうヤなんだけど」
「探偵だったらどうするよ?俺らのこと疑ってたらヤバいじゃん。やっぱあいつだけは消した方がいいって」
「カメラとかも処分しなきゃだしな。どっちみち行かなきゃダメだろ」
「なんか落ち着かねーな。色々決めちまおうぜ」
明日再び集合し、とりあえず銀髪の男の正体を調べる。分かったら殺す。その後センサー類などを取り外して人工海にでも処分する。これまで撮影したものは貸し金庫に預けておいて、ほとぼりが冷めた頃にバラまくのも面白いだろうという事で方針は決まった。今まで一年も続けていてバレなかったのだから、ここでやめれば大丈夫だと。
実は今までやめようと思っても、仲間がどう思うかが心配で口に出せなかった者もいて、皆で決められた事に心底安堵していた。殺す事自体に対する罪悪感、恐怖感などは麻痺してしまってもうないが、楽しいと思うこともなくなっていたのだ。それに最近では殺した相手が夢に出てきたりもして落ち着かなかった。他の皆はそんな事はないのだろうか?一人の少年は、そんな風に考えていた。もう危ない橋を渡るのはやめて、大学に入るまではおとなしくしておいて、それから別の遊びを見つければいい。きっと大人になれば、「あの頃はやんちゃしてたな~」と話す日も来るのだろう。この少年にとって未曾有の大量殺人ですら、その程度の認識でしかなかった。
『レオン‥‥‥私、殺されたの‥‥‥早く見つけて。保険金を依頼料にするから』