ドロシー、ガラムに立つ
「さぁ、着いたぞ。」
ガーゴイルたちは丁寧にドロシーたちを降ろした。鳥人族を率いるフェニックスの客人、という事なのだろう。
「ここがガラム… 」
確かに辺りを見回すと人の大地のイドムとはだいぶ景色が違う。目立った違いと言えば玄関が地上に接していないところか。ドロシーは幼い雛はどうするのだろうと思ってもみたが、鳥の巣とて高い木の上にあるのも珍しくはないなどと思い直してもみる。そして、やはり自分の常識が通用しない世界に来てしまったのだなと実感させられていた。
「貴女が次期神の竜となるドロシー・マクレガーさんですね? 」
「いえ、あの… その… 」
ドロシーは答えに詰まってしまった。声を掛けてきた相手の、その姿形はドロシーがよく知るフェニックスの姿だった。
「思ったほど驚きませんね。知識としてのフェニックスは御存知でしたか? 」
「あ、はい。」
知識というよりは映像作品の中と言った方が正しいかもしれない。フェニックスは死ぬ時に炎の中に身を投じて灰の中から復活するのであって火の鳥ではない。だから側に立たれてもドロシーが火傷を負うような事にはならない。
「おや、その顔だと神の竜にはなりたくなさそうですね? 」
「え、いや、その… はい。」
どの道、ドロシーが助かる方法はエメラルディアのオズに頼るしかない。そうでなければ竜になるか殺されるか。フェニックスにはドロシーの気持ちなど見透かされているようなので隠しても無駄だと思った。
「正直で善いな。神の竜を倒したというから、どれ程の猛者かと思ったが… どうやら事故死と言った方が正しそうだ。」
「そうなんですっ! あれは事故なんですっ! 」
フェニックスの言葉に喰い気味に飛びついたドロシーをブラウンとレオンが慌てて抑えた。何しろ相手は風の鳥人族の長である。この世界の者からすれば失礼があってはならない。
「元気なところも良いね。この人格が神の竜となって失われるのも残念だ。よし、オズの元へ行くのに協力しよう。」
「ホントですかっ!? 」
フェニックスは大きく頷いた。
「本当だ。正直、次の神の竜となる器を見極めたかったのだ。そして獲るに足らぬ者ならば新たな器を用意して処分するつもりだったのだが、気に入ったよ。」
ドロシーたち一行は胸を撫で下ろした。何がフェニックスに気に入られたのかは定かではないが、これでエメラルディアに向かう事が出来る。どのくらい時間が残されているかは不明なままではあるが。
「空からなら一気にエメラルディアへ行けますよね? 」
一刻も早くオズの元に着きたいドロシーは胸踊らせていた。だが、フェニックスは少々、顔を曇らせていた。
「そこなんだが… すまないが送ってあげられるのは人の大地の端までだ。」
「えぇ~!? 」
ドロシーとブラウンは落胆したがレオンは仕方ないといった表情をしていた。
「ドロシー、鳥人族は獣人族との協定で獣の大地には降りられないんだよ。」
「さすが獅子心王の末裔。自分の先祖の結んだ協定はよく御存知だ。」
フェニックスもレオンの事は知っているらしい。この時、ドロシーはレオンって以外と有名人? ではないのかと思った。
「獣の大地に着いたら、レオンの顔で送って貰うって出来ないの? 」
するとレオンは大慌てで何度も首を激しく横に振った。
「むり無理ムリっ! 絶ぇ~対に無理っ! 何なら俺も狙われるって。」
「ドロシーさん。前王朝の生き残りであるレオンは現王朝からみれば目の上の瘤だ。それは難しいだろう。」
フェニックスの言葉にレオンは今度は何度も激しく首を縦に振った。
「とすると、獣の大地に足を踏み入れるには目立たない方がいいって事か。… モォ、ニィ、カァ~ッ! 」
突然、ドロシーは大声で叫んだ。あまりにも唐突であまりにも突然だったのに。
「はい。街の間を移動される方々に食糧、生活必需品から人員の紹介など幅広く御世話させていただきますエメラルディア聖旅行社、通称E.S.T.A.のモニカでございます。何かお困りでしょうか? 」
モニカは、さも当然のように現れた。
「困ったから呼んだの。フェニックスさんが人の大地の端までは送ってくれる事になったんだけど、そこから先。獣の大地にどうやったらこっそり入れるか知りたいの。」
「あぁ、レオンさんの所為ですね。そうなりますよねぇ。承知いたしましたぁ。では、御到着の頃を見計らって反体制派の野ネズミの女王にお迎えに行ってくださるようお願いしておきますね。」
「反… 体制派? 」
ドロシーが首を傾げた。
「はい。前王朝時代は平等に扱われていた野ネズミたちですが現王朝になってから体の大きさで差別されるようになり反旗を翻したんですよ。だから、きっと前王朝の生き残りであるレオンさんにも協力して頂けるのではないかと思われます。」
今一つ、心許ない返事ではあるが、他に当てがある訳でもない。ここはモニカの提案を受け入れるしかないようだ。
「じゃ、お願いするわ。」
「はい。ではまた、お困りの事がございましたら、御遠慮なくお申し付けください。」
一礼をすると、モニカはまた当たり前のように姿を消していった。