ドロシー、前途多難
イドムの街の門が厳かに開かれた。普段は門番が立ち、勝手に街の外に出ないように見張っている。偉大なる王オズが決めた街の移動は4人1組を遵守させる為だ。
「イドムの街を出ても人の大地を出るまでは長い。」
「人の大地? 」
またも聞き慣れない言葉にドロシーはヘンリーに聞き返した。
「イドムは街の名前、人の大地は人間の領域の名前さ。人間の領域と言っても命を狙われるのは当然だと思っていてくれたまえ。」
「は、はぁ。」
物騒な話ではあるが、神殺しと言われ竜の呪いを受けていては、そうもなるだろう。頼りになりそうなのはアリスしかいないが今は一刻も早くエメラルディアに辿り着きたかった。礼儀に煩そうなので一礼をするとドロシーたちはイドムを後にした。
「えっと虹の見える方に向かえばいいのよねって… えっ!? 」
見れば虹が見えるのが一方向ではなかった。頭上には日暈。あちらこちらに日弧も見える。ドロシーの常識では虹は太陽の反対側に出来るものだった。そもそも昼夜問わずエメラルディアの虹が消えない時点でドロシーの知る自然法則が通用しないと知っていた筈だった。それでも実際に目の前の現象に頭を抱えた。飛び級するほどの頭脳も、ここでは何の役にも立たないようだ。
「アリス、エメラルディアの方角ってわかる? 」
「申し訳ありません。私の地図情報にエメラルディアという地名がござません。活動停止中に地名の変更が行われたものと推察いたします。」
アリスはイドムの地下で何年、何十年、もしかしたら数百年か数千年眠っていたのかもしれない。アップデートが必要かもしれないとドロシーは思っていた。
「まぁ、歩いてりゃ何処かに着くんじゃね? 」
確かにレオンの言うとおり、何処かには着くかもしれない。だが、ドロシーにとっては何処かではなくエメラルディアに着かないと意味はない。
「お気をつけください。何か来ます。」
ドロシーは辺りを見回したが何も見当たらない。
「あれじゃねぇか? 」
ブラウンの指差した方角の空から何やら近づいてくるようだ。
「飛行機… は、ないか。鳥? ってかヘンリーの言ってた鳥人って奴!? 」
レオンという獣人が目の前に居るのだ。鳥人が存在しても不思議は無い。しかし、一定の距離まで近づいて鳥人たちは旋回を始めて、それ以上は寄ってこない。どことなくカラスに似た鳥人たちの視線はドロシーではなくブラウンに向けられていた。
「もしかして、特効ってやつ? 」
ドロシーは笑顔でパチンと手を打った。ブラウンは案山子だ。この世界でも畑に居るというのなら鳥避けというのは充分あり得るとドロシーは思った。そして事実、鳥人たちは何もせずに飛び去って行った。
「なぁんだ。ブラウン、あんた意外と役に立つんじゃない。助かったわ。」
案山子なんて員数合わせだと思っていたのはドロシーの勝手でブラウンに頭脳があれば反論も浮かんだかもしれない。しかし、それも束の間だった。
「再度、何か来ます。」
アリスの声にドロシーも今度は最初から空を見上げた。影が先程よりもあきらかに大きい。さっきがカラスなら今度は鷹や鷲だろうか? それなら案山子の鳥避け効果は薄いかもしれない。などと思っていたが近づいてくるにつれて状況はもっと拙いと気がついた。大きな嘴はあるが、その背中から生えているのは羽根ではなく皮翼だ。
「データ照合。ガーゴイルです。」
「あれって雨樋じゃないのぉ!? ってか逃げるわよっ! 」
ドロシーはブラウンとアリスの手を引き、レオンはトトを抱えて走り出した。速度でかなうとは思えなかったが、森に逃げ込めれば何とかなるかもしれない。しかし、周囲に森を見つける事は出来ずドロシーたちは、あっさりとガーゴイルたちに捕まってしまった。
「え? いきなり殺されるかと思った。」
ドロシーから遂、本音が溢れた。
「我々は、そんな蛮族でもなければ、雨樋でもありませんよ。あれは、そちらの世界の人間が我等の姿を模しただけですから。」
ドロシーを掴んでいたガーゴイルが答えた。見た目から、もっと魔物的なイメージを持っていたドロシーは拍子抜けしてしまった。
「あのぉ… 私たちは何処に連れていかれるのでしょうか? 」
ヘンリーの、ここでは礼儀に煩い種族が多いという言葉を思い出して、恐る恐る自分なりに丁寧に聞いてみた。
「浮遊大陸の首都ガラムだ。そこでフェニックス様がお待ちになっている。」
「フェニックス… 様? って、どちら様ですか? 」
ドロシーの知っているフェニックスといえば灰になっても甦ってくるという伝説の不死鳥の事だが、同じとは限らない。
「風の鳥人族を率いておられる立派な御方だ。我等、鳥ならざる者にも平等に接してくださる。此度は次の神たる竜になるお前を心待ちにしておられるのだ。」
思わず竜なんかになるつもりはないと叫びそうになったのだが、ここは空の上。落とされでもしたら堪らない。もう落ちるのは懲り懲りなので、ここは堪える事にしたドロシーだった。