ドロシー、穴に落ちる
「なに? 文句があるなら焚き付けにするわよ。」
藁と布と木材で出来ている案山子にとっては、あまり洒落にならない。
「も、文句なんて無いさ。けど、他の2人は居るのか? 街の移動は4人1組が決まりなんだろ? 」
案山子の言うとおり、頭数が足りていないのならエメラルディアに向かう事は出来ない。この決まりを破るとどうなるかは聞いていないが、恐らく犯罪者という事になるのだろう。そうなれば今より状況が好転するとは思えない。むしろ逆だろう事は想像できる。
「問題は、そこなのよねぇ… !? きゃぁっ! 」
さっきまで案山子が倒れていた辺りの藁の上にドロシーが腰を下ろした瞬間、ドロシーの姿が消えた。そこには人1人分くらいの穴がポッカリと空いていた。このまま逃げてしまえばエメラルディアまで付き合わされないで済む。そう考えた案山子は外に向かって一歩踏み出した所で立ち止まった。そして踏み出した… ドロシーが直してくれた足を見つめると踵を返して穴の中に降りていった。
(まったくオイラってのは人がいいって云うか案山子がいいって云うか。)
ブツクサ言いながらも案山子はドロシーの落ちた穴を下りていった。深さはあるが、真っ直ぐではなかったのが幸いしたのだろう。案山子が穴から出るとドロシーは既に辺りを調べていた。
「何やってんだ? 」
いきなり声を掛けられてドロシーは一瞬、びっくりした。
「なんだ、案山子か。驚かさないでよね。」
すると案山子は不満そうな表情をした。
「なによ? 案山子のくせに表情は一丁前よね。」
「その案山子って呼ぶの、やめてくんねぇか? 」
「だって案山子は案山子でしょ? 」
「んじゃ、オイラもあんたを人間って呼べばいいのか? 」
言われてみれば案山子というのは世の中の案山子全体の総称であって個別の名称ではない。
「そういや名前、まだだったわね。私はドロシー。ドロシー・マクレガー。あんたの名前は? 」
すると案山子は首を捻った。
「何か付けてくれねぇか? 」
「はぁ!? 名前無いの? じゃ案山子でもいいじゃん。」
「そんじゃ、ドロシーは名前、自分で付けたのか? それに案山子って名前だと旅の途中で畑中から返事が来るぞ? 」
案山子の言っていることも、逐一御尤もである。
「んじゃ、スケアクロウのクロウ。」
「鳥人っぽいな。」
「んじゃ、ストローマンのストロー。」
「喉でも渇いてんのか? 」
「少しは自分でも考える脳ミソ無いの? 」
「無いっ! 」
キッパリと断言されてドロシーも項垂れた。確かに脳ミソのある案山子は見たことが無い。言語野も無いのに、どうやって会話をしているのだろうと一瞬、思ったが考えたら負けな気がした。その時、案山子の被っていた帽子が目に入った。元は黄色かったと思われるが薄汚れてもいたし、地下の薄灯りの中では茶色に見えた。
「ブラウン。ブラウン・ハットのブラウンは? 」
「ブラウン… ブラウン… 。よし、今日からオイラはブラウンだ。」
どうやらブラウンという響きを咀嚼して納得したらしい。
「そんで地上に戻る道はあったのか? 」
「ううん、全然見つからない。あるのは変な機械ばっかり。何かの施設か研究所かと思ったんだけど人の気配もまったく無し。」
ドロシーの言うように辺りには人の気配はまったく無いが、機械はどうやら稼働しているようだ。
「やっぱ、落ちてきた穴を戻るし…きゃあっ! 」
足元のケーブルに躓いてドロシーは機械の1つにぶつかった。すると突然、聞き慣れない電子音が鳴り響き、部屋の中央にあったカプセルのような物が開き始めた。
「ちょ、ちょっと待って。ちょっと、ぶつかっただけでしょ? セキュリティ、どうなってんのよ? 私、機械工学は専門外なのよ。誰か何とかしてよぉ~。」
何とかしてよと言っても、この場にはドロシーとブラウンしか居ない。逃げ場もなく、2人はこの様子を見守るしかなかった。カプセルの中から煙りのような物が溢れ出て来て、辺りは白く覆われた。
「ちょっとぉ、何この煙り? ハロンガスとか放射能とかじゃないわよねぇ? せめてドライアイスくらいにしてくんないかなぁ。」
そう言いながらもドロシーは近くの機械によじ登った。
「ブラウンも何かに登んなさい。放射能ならどうにもならないけど、ハロンやドライアイスなら比重が重いから高い所の方が幾分マシな筈よ。」
ブラウンにはドロシーの言っている事がチンプンカンプンだったが、自分の身を案じてくれているのは理解したので言われるがままに近くの機械に登った。
「ドロシー。なんだい、このガスは? 」
「多分、ハロン系… 濃度が低けりゃ窒息はしないけど。絶縁体として使われてたみたいね、あいつの。」
相変わらずブラウンにはドロシーの言っている事がチンプンカンプンだった。理解出来た事といえばドロシーがあいつと呼んだのがカプセルの中から出てきた人影を指しているという事くらいだった。
「まさか… ドラゴンの仇討ちに来たの!? 」
「神様? 神様とは、どちら様でしょうか? 」
カプセルの中から白煙と共に立ち上がった人影からは攻撃ではなく質問が返ってきたのだった。