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僕の葬式

作者: 怜菟

 凍みるような雪の夜、僕の葬式は執り行われた。


 人生の長期休暇の真っ只中、永い冬眠から目覚めたばかりのような億劫な身体を起こし、近所に出来たばかりのコンビニに向かおうとしていた時の出来事だった。

何時頃だっただろう。引きこもりの僕にとって暗い外は肌に馴染むようだったし、もちろん腕に時計を付ける習慣も無かった。

とりあえず太陽が僕を見つけることは不可能だったということだけは確かだろう。


 太陽とは違う輝きを放つ月が穏やかな光を照らす時間帯、身を包むような月の優しさすら眩しく思い、暗がりな道をなめくじのように進んでいた時のことだった。深夜、冴えない男がそんな場所を歩いていても誰も気づかなくて当然だった。

そもそも僕はどこを歩いていたのだろうか、死んで記憶が抜け落ちたのか、生きる亡霊のように彷徨っていたのか、暗がりに惹かれ道かどうかもおぼつかない場所を歩いていた僕にも否はあるに違いない。

 後ろから迫ってくる車に気付かず、気づかれず、要するに僕は轢かれ、ただの肉になった。心のどこかで死に惹かれていた人間としては望み通りの運命なのかもしれない。



 そうして今宵、僕の葬式が行われることになった。

小学校に通っていた頃、登下校中によく見かけた大きな建物に、昔から馴染みのある親戚一同が集まっていた。

顔を見る機会もなくなっていたが皆小さな頃の思い出の姿と全く変わっていなかった。

大きく変わったのはそれこそ僕くらいのものだろう。


 そしてその一団と少し距離をとって、近所に住む人々が集まっていた。

その中には小さい頃によく遊んだ所謂幼馴染もいた。幼稚園児の頃から小学校を卒業するまで何をするにしてもずっと同じだった一人の女の子。中学に上がってからその子が市外の私立に進学したためにそれっきりだった。登下校の時間もズレているのか、それから一度も姿を見たことは無い。

 自然と疎遠になれたのにわざわざ来てくれるとは、なんて義理堅い人なのだろう。僕のことは覚えていてくれているのだろうか。

僕の方はと言えば、彼女と会えなくなってからもずっと彼女のことを忘れられずにいた。

彼女は僕の初恋の人だった。


 中学から離ればなれになると分かった時はそれこそ彼女の前で大号泣をしてしまった、すると彼女は泣いている僕の背中を撫で慰めてくれたのだった。その時に背に感じた彼女の手のひらはそれまで遊んでいる時に触れたことのある手の感触とは違っていて、うんと小さな頃母親と一緒に寝ていたことを思い出すような、そんな温もりを持っていた。


 あの頃は彼女の方が大人に見えたが今では僕ばかり老けてくたびれてしまい、あの頃と同じように輝く彼女に恋愛感情とは違う憧れを持つほどだった。

そんな感情を抱く自分に動揺したが、彼女の隣を歩ける可能性が潰えた今の僕にとって、それは健全な愛なのではないかとも思えた。


 その幼馴染以外の学生時代の友人が誰一人と来ないまま、僕を弔う祭儀が始まった。喪主は父が務めていた。何年振りかに見た父の顔は、昔憧れた父親の顔と変わりなかった。


 時が進み、誰も僕を見ない葬儀も順調に終わっていく。すると目頭を押さえ涙を流す人が増えてきた。

 しかし僕はそれを見て寒気がした、恐怖さえ覚えた。

彼らの記憶に僕はいるのだろうか、都合のいい記憶を捏造しているのではないか。

いったい何歳の僕を思い返して涙を流しているのだろう。


 僕は死んでも良いような人間だった。僕が死んでも誰も悲しまない自信さえあった。部屋に引きこもり無気力にただ時間を浪費するだけの人生だった。いっそ死んだ方がいいのではと日々思っていた。

そんな人間がいなくなったところでそんなに涙を流せるものなのか。

僕はその気味の悪い空間にいるのが嫌になり僕の遺体入りの棺桶がある部屋から出た。


 しばらく外に出て身体を通り抜けていく夜風に浸っていると僕と同じように部屋から出てくる人が見えた。彼女は目元を赤く腫らしせっかくの美しい顔をぐちゃぐちゃにしてしまっていた。


 思わず心配になってすぐさま彼女の近くに文字通り飛んで行った。近づいてみると彼女はぶつぶつと何かを呟いていた、耳を近づけると僕の名前が聞こえた。何度も何度も僕を呼んでいた。


 僕は彼女の泣き崩れた姿を見て彼女の気持ちを少しずつ知り受け入れていった。離ればなれになって寂しかったのは僕だけではなかったこと、相手を好きになっていたのは僕だけではなかったこと。


 僕は忘れていた昔の気持ちを思い出していた。そして彼女のことがどうしようもないほど愛おしく思えてきた。


僕は昔彼女にされたように彼女の背を慰めるように撫でた。


僕の手は彼女の身体をすり抜け、彼女の力にはなれなかった。彼女を通り抜けた手からは心まで温めてくれるような彼女の温もりを感じた。



彼女が泣きやみ永劫の別れが訪れようとした時、僕の身体もまた彼女との別れを告げていた。


彼女が幸せな人生を歩めますように。


僕は消えていく自我の中で最後にそう願った。



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