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6話 Meet And NEET

 青空がほとんど見えない曇り空。

 庭のある一軒家に一人の野球小僧が突っ立っていた。

 風を切る音が聞こえる。

 不知火(しらぬい)栄斗(ひでと)

 そう、彼だ。涼しげな素振りをしている彼のことだ。


 栄斗は龍山学院野球部の一年生。内野の華、遊撃手である。

「お前が素振りか、珍しいな」

 そこに現れたのは不知火 秋人(あきと)。栄斗の兄である。年は二桁までとはいかないが、それなりに離れている。

 縁側に座った彼はしわのついた白シャツと使い古した半ズボンを着て、片手には清涼飲料の瓶を握っている。

 背は高く、がっしりとした手足、常人とは違う肉のつき方からは、一目見ても体育会系だとわかる。

 疑いの余地などない。言うまでもないが、秋人は栄斗の憧れだった人だ。その本人が野球を辞めてから皮肉ばかり言うようになり、会話する機会は徐々に減らしていった。


「珍しくなんかねぇよ! 俺だって練習くらいはするさ」

「ただバットを振るだけの素振りが練習になるかよ」

 その言葉がぐさりと栄斗の心に刺さった。

 言葉に重みがあるのは、一生懸命やったが叶わぬ夢に終わったという経験からだろう。

 秋人は高校、大学、社会人と野球を続けたが、先日野球部退部と同時に会社を辞めた。

 今は無職。世間一般の言葉を借りるとするならば、通称ニートである。

「そっちだって、辞める決断したのは自分じゃん。変に突っかかって来んなよな」

 上手くいかないから八つ当たりか。栄斗はそう思ったかもしれない。

「……元々俺に実力はないさ」

「え?」

 秋人の周りはおだてる連中ばかりだった。自身の実力を過大評価してしまうのも無理はない。

「大したことないプレーでも褒められれば、そりゃ嬉しいもんさ。建前だと気づかない俺も愚かだが」

 高校野球はのびのびとプレーでき、ドラフト候補にも名が上がった。

 気分は良かったが、実力以上に評価されている秋人は現実を知る。

 意気込んだ夏の予選は格下相手にまさかの初戦敗退。秋人自身も快音は聞かれず。

 案の定、秋人は育成ドラフトにすら引っかからなかった。

 そこから大学、社会人へと進むも目は出ず。選ばれることのない日々が続いた。

「やれるだけのことはやったさ。だが、機会を掴めなければいくら技を磨いたところで、意味などない」

 秋人は息を吐く。

「勝負は一瞬だ。一投一打に死にものぐるいになってからが本当のスタートだったというのに。いつの間にか、そんな気持ちも薄れていった」

 栄斗はただ聞いていた。自身が野球を始めたのは兄の影響。衛星放送でたまに映る兄の姿、大学、社会人野球のチームのユニフォームを着てプレーする姿を見て憧れた。

「野球にはな、その先のステージってもんがある。だが、誰でも行けるってわけじゃねぇ。そこにたどり着けるのは選ばれた者だけだ」

 秋人の望みはプロ野球選手になること。だが、いくらプレーしても先の舞台は見えてこない。


 

「お前は俺とは違うさ。ちょっとの練習でお前は一軍、レギュラーの座を掴み取った。それに、お前以外にもすごいやつがいるじゃないか」

 秋人が指すのはおそらく、航大や中村たち。関西最強との噂があった北近畿シニア、その所属経験選手たちのことだろう。

「俺には居なかったよ。自分と切磋琢磨できるような仲間は。できるならそんな奴らが欲しかった」

 嘆いても、戻ることはない時間。栄斗には後悔などしてほしくない、という願いが感じられた。

 


「別に、今からでも遅くないんじゃない? 切磋琢磨できる人がここにいるよな?」

「何?」

 秋人は眉をひそめた。

「……馬鹿言え。俺とお前じゃタイプが違う。俺は典型的なパワーヒッター、お前は出塁狙いのミート打ちだろう」

「変な理屈なんていらない。兄弟がライバル。お互い切磋琢磨できるじゃん」

「もう俺は辞めたんだ」

 秋人は夢を諦めた者。その一方で栄斗は夢を追う者。その決定的な違いがある。

 だとしても栄斗はその違いを粉々にして叩き壊す。

「辞めたなら、また始めればいいじゃん!」

 秋人はその言葉を聞き、少しの間ぽかんと口を開けたかと思うと大笑いした。

「な、何だよ……」

「いや、すまんすまん。一本取られたわ。ま、いくらでもやりようはあるか……」

 野球が発達した現代。何もプロに行く道が大学社会人だけではない。各地方にはそれぞれ独立リーグなるものが存在し、そこからドラフト指名されプロへ行く者は毎年何人か現れる。

「独立リーグ……。そうか、そんな選択肢もあったな」


 素振りを再開する栄斗。秋人はアドバイスを送る。

「対戦相手を思い浮かべながらバットを振る。これだけでもただ振るだけ、形だけのスイングよりはだいぶましになる」

「こういう練習してたんだな、兄貴は」

「まあな。だから社会人でも野球ができた。クビを言い渡されることはなかったが、その先には行けなかった」

 栄斗は汗を流しながら、兄との会話を続けていた。

「俺も、久々に素振りがしてみたくなった」

「そっか」

 秋人は立ち上がる。

 自分のバットを取りに行くのに部屋の方に行きかけ、立ち止まった彼は栄斗に言う。 

「……どっちが先にプロに行けるか。勝負だ」

「望むところだ、兄貴!」


 二人は競い合う。プロというさらなる高みを目指して。

不知火栄斗

龍山学院野球部一年。背番号六

ポジション 遊撃手

経歴

中学硬式 (シニアチーム)→龍山学院


ミート力の高い遊撃手。

その分非力であり、長打はあまり望めない。

守備力はそれなりに高いが、今西ほどではない。

プロを目指している。


不知火秋人

無職

ポジション 一塁、三塁手

経歴

逢坂シニア→平峰高校→逢坂大

→関西プランツ(社会人野球)→無職


栄斗の兄。典型的なパワーヒッター。長打は魅力だが、三振併殺が多い。

幾度と指名漏れを繰り返し、社会人野球と会社を辞めた。

だが、栄斗との会話をきっかけに再スタートを切る。

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