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1話 大村航大と山川京子

 季節は夏真っ盛り。野球部の練習を終え、航大は半ば強引に家にやって来た京子と一休みしている。 


「アイス買ってきて」

「いや、冷凍庫にあるだろ」

「空なんだけど」


 航大は耳を疑った。一週間前、ひと箱買ったばかりだったのだが。


「自分で買ってこいよ」


 実際、アイスの大部分を京子が食べているのを航大は知っている。


「えー……。やだ」


 やれやれ、と航大は息を吐き、不機嫌そうに首を横に振る。

 ふと、用事を思い出した航大は部屋から玄関に出ようとする。


「どこに行くの? もしかしてアイーー」

「違うよ。……ちょっとね」

「え?」


 航大の言葉が気になったが、その前に彼はもう玄関のドアを開けようとしていた。


「居るんなら留守番よろしく」


 そう言い残し、航大は家から出た。


「あ、ちょっと!」


 一人残された京子。航大がいない部屋は静か。

 で、なんだか寂しい。

 

 京子は以前、航大の部屋にある中身不明のアルバムの内容が気になっていた。開こうとするたびに航大が気づいて開けさせてくれない。

 よほど重要なものであまり見られたくないものらしいが、そこまで見られたくないというのはかえって気になるというものだ。


「ダメだって言われても開けたくなっちゃうのは人間のさがってものだよね……」


 必要最低限のものしかない部屋。だが、確かにそのアルバムはあった。

 航大は出かけたばかり。コンビニまではそこそこ距離があるのでしばらくは帰って来ないだろう。何を買いに出かけたのかは謎だが。

 京子はアルバムを開いた。

 そこには、航大が生まれてから現在に至るまで、アルバムの見開き全てを埋め尽くすほどの写真があった。


「これは……小学校のときの」


 京子は写真を見て思わず声を漏らす。そこに幼いころの航大と京子が笑顔で写っていた。

 ほかにもリトル時代の写真や中学時代の集合写真。京子が知らない写真もいくつかあった。


「か、かわいい……」


 幼く可愛らしい昔の航大の写真を見て思わず京子の顔が緩む。

 当時はライバルという間柄ではあったが、京子は航大に好意を持っていたのはいつだったか、思いを巡らせる。



 航大は、京子にとって対戦して初めて負けた相手である。

 しかも控えの選手であった彼に負けたという事実。

 その差は圧倒的だった。突如出てきた選手の球は打てず、自分の自信がある球はスタンドまで運ばれていく。

 それまで負けることを知らなかった京子は、その時初めてライバルの存在を認識した。

 意外だったのはクラスは違うが小学校が同じだったということだ。

 最初は、彼に対して憎たらしさを感じてはいた。

 が、彼と学校で再び出会ったことで、京子の中の憎しみは一瞬で吹き飛んだ。

 少しずつ親密になっていく航大のことが常に頭に思い浮かぶ。彼と会って話をする度に思う。

 どうすればもっと仲良くなれるだろうか。もっと踏み込みたい。敵であったはずの彼にそんな感情を思い浮かべるなんて。京子は揺れていた。



 ある日の学校の帰り道、色々と航大のことを考えていた京子。

 回りは全く見えていなかった。クラクションの音が響く。 

 鉄の箱が京子の体を吹っ飛ばす……はずだった。


「危ない!!」


 京子の前に現れた少年が彼女を庇う。

 京子が負けた、はじめは憎しみを抱いた一人の少年。

 いつの間にか、そばにいたい、踏み込みたいと思えるようになった初めての人。

 そう、航大が自らを犠牲に彼女を助けた。

 航大の腕はあり得ない方向に曲がり、頭からは鮮血が滴り落ちている。

 京子は動けなかった。起きている現実が理解できなかった。

 ピクリとも動かない航大の姿が目に映る。

 救急車のサイレンが鳴り響く……。

 


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私ーー」


 目を覚ました航大。1番始めに目に入ったのは大粒の涙を流す京子の姿。

 大粒の涙が流れ、京子の目は充血しているように見えた。


「怪我……してない?」 


 命の危険すらあった自分のことなどお構いなしに、航大は京子の心配をする。

 頭の包帯が痛々しい。何時間にも及ぶ大変な手術で、何十針も縫っているに違いなかった。


「そんなに泣くなよ。ほら、俺は生きてる。それで十分だ」

「だって、その腕……」


 至る所に包帯は巻かれていた。左腕も例外ではなく、医師の話だと骨折の度合いが酷く、治りは極端に遅くなる見込みだ。元通りに投げられるようになるかはわからないらしい。

 京子はまだこれから活躍していくであろう一人の野球選手の人生を奪ってしまったのだ。


「幸いな、右は使えるんだ。字も書けるし、箸も持てる」

「そういうことじゃなくて……」

「右でも練習すれば投げられるようになる。きっとできる。こんなことで野球は諦めないさ」


 航大は笑って言った。


「可愛い顔が台無しだぜ。それにな、これだけは言っとく。俺とお前に差はない」


 断言する航大の言葉に対し、そんな馬鹿な、と京子は思った。相手に対するリスペクトは大事だろう。それでも負けたという事実はあるのだから嬉しくはない。


「京子はすげえよ。だって、俺がどんなに頑張っても勝てなかった自分のチームのエースからヒットを打ったり、抑えたりしたんだ。だから互角なんだよ」


 三すくみのようなことを言おうとしているのだろう。色々話を聞いて、自分と京子の大きな差を感じていることを知ったことなど色々話をしてくれた。

 だが、当時の京子は変な言い回しとしか捉えておらず、真剣に話す航大がおかしくて笑った。

 そんな京子を見て航大は、彼女の頭を右腕で軽く撫でる。


「約束だ。中学でも野球を続けてくれ。そしてまた投げ合いをしよう。必ず、俺は復活してみせる!」

「うん。私も頑張る!」


 ライバルとしてだけでなく、航大のことを好きだと感じたのはこの頃からだったのかもしれない。



「ただいま〜」


 航大が帰ってきた。昔を懐かしむあまり、時間があっという間に過ぎていたようだ。

 京子は慌てて写真を元の場所にしまい、玄関に向かって航大を出迎える。


「お、おかえり。アイスは?」

「悪い、売り切れだ。でも代わりのものはあった」


 アイスが売り切れていたことにがっかりする京子。だが、航大が代わりに買ってきたそれを見て、京子は目を大きく見開いた。


「これって……」

「昔お前が好きだったやつだろ?」


 航大が京子を庇った事故から退院してすぐの日。一緒にコンビニ行ったことがあった。

 その時お金を半分ずつ出し合って買ったアーモンドチョコ、「ウィズ・エース」。

 野球ボールの形をしたアーモンドチョコを公園で分け合って食べた、あの日を忘れたことはない。

 かつての思い出の味。甘く、少ししょっぱい恋の味。

 結局伝えることはなかった好意。

 

 あの日の約束も、互いに野球を止めることになった結果、果たされることはなかった。

 それでも、京子にとってはただ、航大のそばに居られるだけで、今は幸せなのだ。


  

 後日、写真の位置がおかしいことに気づかれ、これでもかというほど特大のカミナリが京子に落ち、大変なことになったのは、また別の話である。

大村航大

龍山学院野球部一年。背番号一

ポジション 投手

経歴

新宿リトル→北近畿シニア→???

→龍山学院

「マイ・プレイス」主人公。

かつて十年に一度と呼ばれた幻の天才。

とある理由より野球から離れたが、京子や中村との出会いがきっかけで野球の舞台へと戻ってきた。投球は140キロ台の直球に手元で曲がる変化球を練り混ぜ、打者を打ち取るスタイル。

打者の癖を見て、狙い球を絞る能力を身につけた。

彼がリトルシニアの頃の話は自分からしたがらない。

また、野球を一時辞め、高校入学までは一年ほどの空白があり、その期間彼が何をしていたかは謎に包まれている。


山川京子

龍山学院野球部マネージャー

経歴

秋葉東リトル→秋葉シニア(途中退団)→龍山学院

「マイ・プレイス」のヒロイン。航大に好意を抱く。

かつてはライバルだったが、とある出来事がきっかけで航大のことを気にかけるように。

彼女も野球から離れることがあったのだが、彼女の口からそのことが語られてはいない。

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