宿のものぐさ冒険者、実は最強の冒険者だったー依頼はギルドの受付からお願いしますー
メーヌ王国の城下町にある冒険者ギルド『蒼龍亭』
数多くの冒険者が所属するこのギルドの酒場には、今日も大勢の冒険者が集まっていた。
パーティー同士の親睦を深めていたり、新たな冒険者のパーティーが出来上がったりといった喧騒の中一人の冒険者がカウンターにいた。
「親父、エールをもう一杯頼む」
「おいおいまたか。今日もまた随分と飲んでるなジャン」
カウンターにいる年配のギルド亭主は、席に座っているジャンと呼んだ若い男性に呆れた様子を見せながらジョッキを差し出す。
「お前さんが最後に依頼を受けてからもう3ヶ月は経つぞ。そろそろ依頼の一つでもこなすべきじゃないか?」
「はっはっは、俺がやらなくてもこの宿の誰かがやるって。みーんなやる気に溢れた連中ばっかなんだから」
亭主からの諫言を笑って受け流すジャン。
そしてエールを一気に飲み干すと、再びジョッキを突き出した。
「いやー、今日も美味い! もう一杯だ!」
「やれやれ……、昔は真面目な冒険者だったってのにどうしてこうなったかねぇ」
ジャンの様子に苦笑する亭主が、再びジョッキにエールを注ごうとしたその時だった。
「すみません! 助けてください!」
「あん? なんだぁ?」
ジャンが声の方を振り返ると、若い女性が駆け込んできた。
長く伸びた金の髪に、高級そうな白を貴重とした服を纏うその容姿は荒くれ者の多い宿の酒場の中で異質なものだった。
「ガッハッハ! おい嬢ちゃん、そんなに血相変えてどうしたよ?」
入口近くの席に座っていた筋骨隆々な冒険者が、駆け込んできた女性に声をかける。
「それが私、怪しい人達に狙われていて……。……っ!」
冒険者の質問に答えた女性は後ろに振り返ると、驚愕した様子で目を見開く。
その前には黒い装束に身を包んだ3人の謎の集団が立っていた。
「見つけたぞ、マリア・フォン・ホルト。あまり面倒をかけてくれるな」
中央に立っていた背の高い黒装束の男が女性に声をかける。
背後にいる二人の黒装束は押し黙ってそれを見ていた。
「素直に我らに着いてくるのなら、手荒な真似はしなくて済む」
「いきなり襲ってきておいて何を……!」
黒装束の男の言葉に、マリアと呼ばれた少女は彼を睨みつけながら応えた。
「……なーんか面倒な事になりそうな予感がしてきたぜ」
「マリア・フォン・ホルト? どこかで聞いた名だな……」
ジャンは怪訝な目で入り口の様子をうかがい、亭主は男の言葉に考え込む。
すると先程マリアに声をかけていた屈強な冒険者が仲間とともに黒装束の前に立ち塞がる。
「おうおう、てめえら。ここが『蒼龍亭』だと知って入ってきたのか?」
「……何だ貴様は。邪魔をするな」
「ああ? 『蒼龍亭』の大看板にして、メーヌ期待の若手冒険者ランキング第1位のBランク冒険者であるガドック様を知らないたぁおめぇモグリだな?」
「いつからお前がこの宿の看板になったんだよ……それにそんなランキング聞いたこともねえぞ……」
黒装束に名乗るガドックの言葉に、ジャンはポツリとツッコミを入れる。
「お前らのような怪しい連中を宿に入れるわけにはいかねぇなぁ!」
「……やれやれ、あまり目立つ真似はしたくなかったのだがな。仕方あるまい」
「あん? 何をブツブツ言ってんだ?」
黒装束の男は突如として駆け出すと、目にも留まらぬ速さでガドックの腹に掌底を叩き込む。
するとガドックは言葉もなく2,3歩ほど後ずさるとそのまま倒れ込み、失神していた
「期待の冒険者とやらもあまり大したことはなかったようだな」
黒装束の男はガドックを見下しながらそう発言する。
ガドックが一撃でやられたことに周りの冒険者達は騒然としていた。
「へぇ……ありゃ、中々の手練じゃねぇか。ガドックの奴が一撃でやられるのも頷けるぜ」
「おいおい、感心してる場合じゃないだろう。お前さん、奴らを追っ払ってこいよ」
「やだよ、面倒くさい。それに俺がやんなくても、他のみんながやる気いっぱいみたいだぜ」
店の様子を見ながら、ジャンはそう呟く。
先程まで騒いでいた冒険者達が武器を取り立ち上がっていた。
「ガドックがやられただと!?」
「ギルドの仲間がやられて黙ってられるかよ!」
「『蒼龍亭』なめんじゃねぇぞ!」
様子をうかがっていた冒険者達だったが、仲間のがドックがやられたことでギルドの誇りを守ろうと黒装束の男達に対して臨戦態勢をとった。
「ローナン様、始末していいので?」
「構わんが衛兵がくると面倒なことになる。殺しはせず気絶させるだけにしておけ」
「了解しました」
背の高い男……ローナンに反撃の許可をもらった左右の黒装束達は、構えを取ると襲いかかる冒険者達を次々と返り討ちにしていく。
「おうおう、こりゃいい酒の肴だなぁ……」
そういってジャンがジョッキを手に、再びエールを飲もうとしたその時だった。
「うわぁっ!」
「うおっとぉ!?」
黒装束に倒された冒険者がジャンのところまで吹き飛んできて、そのまま衝突したのだ。
その衝撃で彼は手に持っていたジョッキを落としてしまい、中身のエールがこぼれ彼のズボンを水浸しにする。
「ふん冒険者と言っても所詮はこの程度か。……さあマリア、我らと共に来ていただこうか」
「あっ、ああっ……!」
一歩ずつ迫ってくるローナンへの恐怖に、マリアは思わずその場にへたり込む。
そしてローナンが彼女の腕をつかもうとしたその時だった。
「待ちな、変態野郎」
「……まだ立ち向かおうとする冒険者がいるとはな」
ローナンがうんざりしたように振り向くと、そこにはジャンが立っていた。
「先程の者達のように、ギルドの名を守るためやられた仲間の敵討ちが目的か」
「んなこたぁ興味はねぇよ。やられたのはそいつらの力の無さが原因だ」
「ほう……ではレディを助けるナイトでも気取るつもりか?」
「そんなつもりも一切ねぇ。ただな、今お前達は俺の怒りの琴線に触れたんだよ……!」
ジャンは先程落としたエールを指差しながら、ローナン達に叫ぶ。
「俺の毎日の楽しみであるエールを台無しにしやがったことが何よりも許せねぇのさ!」
「たかが一杯のエールで、怪我を負うつもりとは。呆れたものだ」
「お前にとってはたかが一杯でも、俺にとっては大事な一杯だったんだよ!」
そう言うとジャンは、背中に携えた剣を構える。
「ローナン様、あれもやってしまっていいので?」
「かまわん、やってしまえ」
そしてローナンからの指示を得た二人の黒装束も、ジャンに恐るべき速さでせまり同時に攻撃を仕掛けた。
「……おせぇよ」
「何ッ!?」
だが黒装束の攻撃は空を切り、ジャンを捉えることはなかった。
「こいつはお返しだぜ……っと!」
そして即座に剣を構え、剣の腹で二人を気絶させるのであった。
「なんと……! あの二人を同時に倒すとは……!」
「峰打ちだ。こいつら連れてさっさとこの宿から出ていきな」
ジャンのあまりの攻撃の速さに、ローナンは驚きを隠せずにいた。
だがそれも一瞬のことで、すぐに気持ちを切り替えると背中から短刀を取り出す。
「どうやら本気でかからねばならぬようだな……!」
「……やれやれ、見逃してやろうってのに退く気はねぇか」
応戦の構えを見せるローナンに、ジャンは面倒くさそうに頭をかく。
そして武器を構えると、一言呟く。
「悪いが一瞬で終わらせてもらうぜ」
「戯言を……!」
閃光のように二人の剣閃が煌めくと、勝負は宣言どおりに一瞬でついた。
「グハッ……!」
ローナンは思い切り胃液を嘔吐し、その場に倒れ伏した。
「三人まとめてこってりと衛兵に絞られてきな」
ジャンはそう言うと、剣を鞘に収める。
「あのジャンという殿方、とてつもなくお強いのですね……!」
「奴こそ『蒼龍の剣士』ジャン……『宵闇の蒼龍亭』最強の『S級』冒険者ですよ」
「あの方がメーヌにおいても10人しかいないとされるS級の冒険者……!」
ジャンの剣技に見惚れるマリアに、宿の亭主はジャンの素性を説明する。
それを聞いて彼女は驚嘆した様子でジャンを見つめるのであった。
「いよっ、終わったぜおやっさん」
話をする亭主とマリアの元に、ジャンが近づいてくる。
「おう、お疲れさん。最初からお前さんが戦ってれば騒動にならず済んだんじゃないか?」
「そりゃそうだけど俺にも事情があったんだって」
「何が事情だ。面倒くさいから傍観を決め込んでいただけだろう」
「へっへっへ、やっぱりバレてたか」
軽口を叩くジャンに、亭主は呆れたようにそう応える。
「マリアさんだったか? あんたも無事でよかったな」
「ええ、助けていただきありがとうございますジャン様」
「何あいつらが俺のエールの邪魔をしたのをとっちめただけだ。礼はいらないよ」
マリアの言葉にジャンは気にするなというようにそう応える。
そして数十分後報告を受けた衛兵たちが黒装束の集団を連行し、怪我人となった冒険者達は病院へと運ばれたのであった。
「そういやマリアさん、なんであんた襲われてたんだ?」
「話すと長くなるのですが……」
マリアの話によると、彼女の実家は王国の中でも屈指の大貴族だった。
そんな彼女の父が大病を患って病床に伏せ、現在は彼女の母が代理として家中をまとめているという。
だが水面下でマリアの兄弟達による後継者争いが勃発し、彼女の命が狙われるということになったのである。
「そういうことで叔父様の元に避難しようとしていたのですが……」
「他の兄弟に雇われたあの集団に襲われたってことか」
「はい……。側に付いてくれた護衛の者もやられてしまって……」
「それでここに駆け込んできたってわけね。……ったくお家争いで妹まで殺そうとは、貴族の連中の考えることはわかんねぇなぁ」
マリアの話を聞いたジャンは呆れたよう様子でそう呟く。
「それでジャン様、お願いがあるのですが……」
「ん?どうしたんだ?」
「私の護衛をしていただけませんか? 報酬は弾みますから……」
「護衛だって!?」
マリアからの突然の提案にジャンは驚き困ったように眉をひそめて口を開く。
「悪いけど依頼はギルドの受付から申込みを……」
ジャンがそう言いかけたところで、背後から突然宿の亭主が話に入り込んでくる。
「承知しました。その依頼、受けましょう」
「本当ですか?」
「ええ、このジャンに護衛はお任せください」
「おいおいおい、おやっさん。何を勝手に話を進めてるんだよ」
突然話に割って入ってきた宿の亭主に抗議するようにジャンが言葉を告げるが、亭主はそれを無視して依頼を締結してしまった。
そして酒場のスタッフにマリアを空部屋へと案内させると、真剣な顔でジャンに話しかける。
「……お前さん、これまでのツケがどれだけ溜まってるかは把握してるか?」
「ツケだって? そうだな……10万Gくらい?」
「そんなもんじゃないぞ」
「えぇっ? じゃ、じゃあ20万とか……?」
「……100万だ」
「……は?」
宿の亭主の発言した金額にジャンは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「今回の乱闘で壊れたインテリアとこれまでのツケでそれくらいにはなる」
「ちょ、ちょっと待てって! ツケはともかくインテリアはあの黒装束達のせいだろ!?」
「言い訳無用。ギルドの長であるワシの判断には従ってもらうぞ。いいな? ジャン」
「……はぁ、しゃあないなわかったよ」
亭主の言葉にジャンは渋々納得し、依頼を引き受けた。
「美女と二人旅なんてシチュエーションより、俺は日々の安穏を謳歌したかったのになぁ……」
ジャンの心からの嘆きは宙に消え、そして夜が明けた。
「それではお願いいたしますね、ジャン様」
「まぁ受けちまった以上はしっかりあんたを守りきってみせるさ」
「気をつけていってこい。戻ってきたら極上のエールを用意してやる」
「そうかい。じゃあそれを楽しみに出発しますかね」
こうしてジャンの久しぶりの仕事が始まるのであった。






