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夏目綺譚  作者: 夢梅
3/7

白い森のユニコーン

ファンタジー / 恋愛 / 残酷描写あり

 それはそれは、うつくしい出会いだった。

 例えるならば花の蜜、描きかけの絵画や青い波。人を惹きつけるようで突き放す、そういう美しさだった。


 *


 街はもう夢の中。レンガの建物は闇に濡れ、灯りはすべて殺される。夜独特の幻想と本当が、冷たく、太く、この街を覆っていた。風が吹き、白い森を揺らす。街をかこんでいるそこは騒がしく、葉の擦れ合う音でいっぱいだった。静寂を食べつくし、夜はどんどん深くなる。

 「……きらいよ」

 こんな街。ガラス越しの世界は寂れていた。そっと窓を開ける。狭い屋根裏に夜風が舞い込み、ろうそくの火を踊らせた。揺れる光はオレンジに、剥がれた壁や天井を照らしている。私は壊れかけの椅子に座り、引き出しの中から便箋とインク瓶を取り出した。

 「シルリア」

 そのとき、聞き慣れた声が名前を呼んだ。ろうそくの光にそのシルエットが影を落とし、はばたく羽が炎をかすめる。

 「フィディー、今日もご苦労さま」

 いつもの来客ににっこりと微笑んだ。窓際にとまったのは一羽の鳩。真っ白な羽毛をなびかせ、彼は「ああ」と素っ気なく返事をした。短いくちばしで羽を繕い、艶のある体を整えていく。

 「ごめんなさい、まだ書き始めてないの」

 「気にしなくていいさ」

 フィディーの返事に安心した私は、足元にあった植木鉢を窓辺に置いた。鉢からは数本の茎がしなやかに伸びている。その先の白い蕾を横目に見ながら、私はペンの先をインクで染めた。便箋に宛名を書き、今日はどんなことを文字にしようか頭をめぐらせる。フィディーを待たせていることに気を遣いながらも、あせって書きだしたくはなかった。大切な人への、大切な手紙だから。

 「……この前の手紙もすごく喜んでいたよ」

 フィディーの言葉に、私はパッと顔を上げる。

 「ほんと?」

 頷く仕草に感激を覚え、思わず笑顔になる。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 「ああ、早く会いたいなぁ!」

 浮つく気分で便箋を見つめる。今日はこの気持ちをそのまま書こう。浮つく気持ちでペンを進めた。会いたい、話したい、もう一度。なんて、率直すぎていつもは書けないけれど、今日は特別。それにもうすぐ本当に会えるのだし。こんなに楽しみに思っていること、毎日あなたばかり考えていること、素直に綴っても変に思ったりしないだろうか?

 「あいつもシルリアに会うことを楽しみにしているさ」

 私のこころを読んだようにフィディーが言う。そのあとの表情が冷めきっているあたり、目に見えるほど浮かれた私に呆れているようだった。だけどそんなことはまったく気にせず、ひたすらペンを滑らせていく。

 夜は濃かった。街は相変わらず冷たく、外は海のように暗い。風はこの部屋の窓をたたいていった。そのたびにガラスの音が鳴り、遠くで草木の声がする。ふくろうが退屈そうに歌う。人々はとっくに夢の中、今日の出来事なんて忘れて眠っている。世界のすべてを星が見ていた。

 「風が強いな……窓、閉めるか?」

 フィディーが尋ねてくる。私は首を振って断った。いいの。窓を開けている方がいいの。彼と繋がっている気がするから。街の向こうの白い森。誰かを探すように眺めて言った。森は輝いている。きらきらと魔法のように美しく、闇夜の中に白い神秘を放っている。彼はあの中にいるのだ。

 「ねえ聞いて。この花ね、彼から貰った種を植えて育てたのよ」

 ペンを動かしつつ、私は言った。

 「花? ――キラが?」

 「そうなの。手紙を書きだしてすぐのとき、これが咲く頃にまた会えるからって。あの森に咲く、一番きれいな花なんですって」

 植木鉢のことだった。フィディーは興味なさそうに相槌をうち、短いくちばしで蕾をつつく。

 「どうりで純白なもんだ」

 その言葉にペンをとめた。私の動きが止まったことに気付いたのか、フィディーは少しあわてて言った。

 「ごめんシルリア、気に障ったのなら謝るよ。だけど俺は良いと思ってるからさ、その――」

 ろうそくの火が風にゆらめく。

 ――――黒い瞳と、黒い髪。

 私の長髪が宙を泳いだ。月光を浴びても輝くことはなく、ただただ夜に溶けていくばかり。

 「……そんなこと言ってくれるの、あなたとキラだけだわ」

 この街で、私だけ。黒い瞳と髪を持っているのは、私だけ。だから、白い髪を持つここの人々に、いつだって馴染めずにいた。道を歩くと行く人行く人に指をさされ、走って帰ると笑われる。私だって好きで黒髪なわけじゃない、あなたたちみたいな髪と碧眼が欲しかったのに。何度唱えてもわかってくれる人はいなかった。それでも両親が生きていた頃は良くて、誰に何を言われても、父と母がこの髪をなでてくれればしあわせだった。だけどふたりとも急にいなくなってしまうのだから、もうどうしようもない。私は叔父の家に引き取られ、屋根裏部屋で暮らすことになったのだ。

 「キラと出会っていなかったら、私はどうなってたんだろうって、時々思うの」

 家事すべてを担っていた私は、あの日も市場に出掛けていた。毎日外へ出るのは苦痛だったけれど、住むところがないよりはマシ。生きていけないよりはマシだと、そう言い聞かせて魚を買う。毎度のことだが、どこの店も私を見ると顔をしかめて嫌がった。ふつうよりも値をつり上げて品を売る商人もいた。だから、もう疲れていたのかもしれない。私はふらふらと街の外れを目指し、危ないから近付かないよう、幼いころから言われていた森の入り口へ向かっていた。

 この森には、ユニコーンがいる。

 ひとりぼっちで暮らす、とても乱暴なユニコーン。まだ若いうちから動物を殺し、人を殺し、生き延びてきた猛獣だった。何人もの猟師が討伐を挑み、戻ってきたのは数えるほどしかいない。私はすべてを投げ出そうとしていた。彼は凶悪な獣。こんな真っ黒な人間を見れば、一息に殺してくれるに違いない。そうして私と彼は、本当に森の入り口で出会うことになる。

 夢中でペンを走らせた。思いのままに書き連ね、インク瓶がまた少し軽くなった頃、私は便箋を丁寧に折ってフィディーに渡す。

 「お待たせ」

 手紙をくわえ、翼を広げるフィディー。彼は伝書鳩だった。しかし細いあしで窓の枠をつかみ、しばらくしても飛び立とうとしない。しまいには振り向いて、私の顔を見つめる。

 「どうしたの?」

 首を傾げて尋ねると、「いや、なんでもない」とフィディーは窓から飛び降りた。一瞬見えなくなった彼の姿がまた浮上し、夜の暗闇へとその白い姿を消していった。

 「……はあ」

 インク瓶を片付ける。ため息をつき、そのせいで炎が揺れた。フィディーが去った後の空気は、さっきよりも寂れてしまった気がする。けれど月明かりはまぶしい。夜は幻想を掻き乱し、本当だけの夜で完成されようとしていた。ろうそくの灯りを吹き消して、細い煙を手で払う。部屋は真っ暗になった。私の白い肌も黒い髪も、見わけがつかないほど黒く沈んでいく。窓を閉め、ベッドに潜ろうとした、そのとき。

 「おい! まだ起きてるのか!」

 怒号が耳につんざいた。階段を上がる足音がどんどん大きくなり、誰かが部屋裏へ向かってきているのがわかった。私は震え上がる。こんなのいつものことなのに、震える体はおさまらない。

 「シルリア!」

 勢いよく開けられた扉。凄い形相で立っていたのは叔父だった。顎に髭を生やし、大きな図体をした彼は、ずんずんとこちらまで詰め寄ってくる。怯える私の顔をまじまじと眺めると、にやりと嬉しそうに笑った。酒臭い。

 「今日も可愛いなぁ」

 そして、思い切りぶった。

 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 頬が一気に腫れあがるのを感じる。ぶたれたところを手で押さえ、必死に謝った。しかし叔父は殴る力をゆるめない。大男の拳が、小さく丸まった私の体に下ろされる。

 「痛いい!」

 消えない痣をつけられて、昨日や一昨日の痣と重なっていく。私が叫べば叫ぶほど叔父は楽しそうに笑い、激しい蹴りを入れたり何度も叩いたりした。吐き気と痛みで気を失いそうになるが、絶えずやってくる痛みのせいで気を失うことができない。私は狂ったように謝り続けた。

 「兄貴が死んだせいだよシルリア。こんな黒い容姿の小娘なんかおいていって」

 叔父は一旦手を止めた。咳き込んで横たわる私の髪をぐいっと掴み、紫に腫れた顔を満足げに眺める。

 「お前のことは、死なないように可愛がってやるよ」

 そう言って私を床に叩きつけると、叔父は鼻歌を歌いながら下の階へ戻っていった。毎日のことだった。こんなことが一体いつまで続くのだろう。もしかしたら、終わりなんてないのかもしれない。

 朦朧とする意識の中、夜の行方を探していた。

 このまま目を覚まさなかったら、どれだけ楽か。だけどいつも思い出すのだ。こんなとき、彼のことを思い出す。白い森の、ひとりぼっちのユニコーン。

 ああ、キラ。早くあなたに会いたい。


 *


 森は白くきらめく。この場所はおかしいほどに純白だった。草木も花もぜんぶ真っ白。景色だけでなく、ここで暮らしている虫や動物たちもまるで雪のように白かった。

 僕はユニコーン。この森でいちばん真っ白な猛獣。

 山羊の毛並みに長い脚、その爪先に固いひづめ。ライオンの尻尾を生やし、けれど白馬によく似ていた。しかしそれは下半分だけ。半身半馬というやつで、僕の体は人間だった。白い肌や癖のある髪、顔の作りも人そっくり。ただひとつだけ、ひたいに角がある以外。

 今日も日差しがやわかった。ここ最近、雨は全然降っていない。森のこもれびは乾き、川の水は減るばかり。僕はそっと水をすくい、その温かさに驚いた。

 「そうか、もう春なのか」

 地面に咲く花も実も、そうだよ。そうなのよ。と返事をしていた。まだ少し寒い風。僕の髪をなで、どこか遠くへ走り去ってしまう。かたちのないものが羨ましかった。触れるもの感じるものすべてが白いこの中で、見上げた空だけが青い。顔を下ろしてあたりを見渡すと、木の裏や草の陰に、他の動物たちが隠れているのがわかった。

 「……」

 黙って川辺を後にする。なにも見てないふりをした。みんな、僕がいるから水が飲めないのだ。

 生まれたときからそうだった。

 この長く鋭い角のせいで恐れられ、いや、こわがられることに嫌気がさして、暴れてしまった僕が悪いのか。どちらにしても友達なんていなかった。ひとりぼっちで、寂しさのあまり何度も暴れた。苛立つたびにいくつもの命を奪ってきた。森でも、街でも。僕には名前がつけられた。

 嫌われものの、キラ。

 そんな獣でも最近は静かに暮らせていると思う。彼女と出会って、ほんの少しだけ優しくなれた気がする。

 彼女との出会いは冬だった。雪の降るあの日、僕はまた人を食べるために街へ降りようとしていた。

 「ユニコーン?」

 森の入り口に来たとき、か細い声がふと、小さく尋ねてきた。顔を上げると、廃墟小屋の壁から誰かが覗いている。女の子だ。僕は目を疑った。

 「黒髪……」

 思わず口にする。彼女はそれにびくりと怯え、固まったまま動かずにいた。その髪は黒い。よく見ると大きな瞳も真っ黒だ。白い髪に碧眼のこの街の人々には似つかない、初めて見る人間の姿だった。完全に空腹を忘れ、物珍しさに脚を進める。彼女は変わらず怯えていた。僕は顔を近付ける。角があたらないよう、ゆっくりと。

 「……殺すの」

 彼女が言った。

 「殺して食べるんでしょ。私のこと……その角で切り裂いて食べるんでしょ」

 怯えたままではあるけれど、とても強い口調だった。そう思うのなら逃げればいいのに。不思議な人だと思った。そのまなざしは美しく真っ直ぐで、夜のような深い黒に吸い込まれそうだった。

 「きれいな目」

 僕は言った。

 「やめてよ。殺せばいいじゃない、早く私を殺してよ!」

 すると突然、彼女は叫んだ。驚いて後ずさる。

 「馬鹿にしているのね、他の人みたいに。どうせ自分が食べた人のことなんて覚えてないんでしょ。それなら早く殺して、あなたの一部にして、私のことを真っ白にしてよ……」

 彼女は泣いていた。その場へついにしゃがみこみ、黒い瞳から大粒の涙を流していた。僕はどうすればいいかわからず立ちすくんだまま。

 街と森との境界に、冷たい雪が降り続く。彼女は泣きやまなかった。吐く息は白く、日の光は弱くなる。すたれた空き地の低木の、枯れた葉っぱが雪をのせていた。冬はどこまでも寂しく、僕たちはいつまでも凍えている気がした。

 彼女の黒髪に雪が積もる。震える肩を見るに堪えず、僕はその雪をはらおうとする。

 「触らないで!」

 瞬間、彼女はひどく拒絶した。ああ、そりゃそうか。僕なんかに優しくされたって満たされるわけがない。今まで散々人を殺してきたやつにきれいだと言われても、信じられるわけがない。

 「だけど、本当にきれいだと思ったから……」

 僕は彼女を見つめて言った。こんな気持ちは初めてで、その瞳になら吸い込まれてもいいと思ったんだ。何よりも深く、何よりも澄んで、何よりも美しい。君はその目で何を見てきた? 知りたいと思った。彼女は黙って泣いていた。けれどふと顔を上げ、僕の姿を見つめた後、手を伸ばして触れてくる。

 「あなたの方がきれいよ」

 その一言で、僕は。

 「こら! 何をしている!」

 返事をする暇もなく、どこからか男の声がとんできた。僕は慌てて森へ逃げ出す。振り向くと、廃墟の陰で、彼女が小さく手を振っていた。また会えると思った。手紙が届いたのは数日後。僕はすぐに返事を書いて、彼女との文通が始まった。

 小鳥のさえずり。川辺で踵を返した僕は、白い花の咲く湖に来ていた。また風が吹き、髪からうなじ、背中にかけて、僕のたてがみが白く燃えていく。湖の水を、ひとくち飲んだ。水面に映る自分の姿、相変わらずの異形。すぐに魚が跳ね、その姿はうねりとなって揺れていく。泡をのせながら元に戻り、再び現れた自分の姿に思わず目をそらした。

 「きれい、なんて……どこが」

 彼女の言葉を思い出して苦笑する。人の顔をした、ただの獣なのに、と。

 水面から離れ、そばにある切り株を見やった。白い土に根を下ろし、苔を生やした立派な切り株だった。僕はその根とその根の隙間に彼女からの手紙を仕舞っていて、落ち着かないときや寂しいとき、それを読み返したりしていた。そして今日も株の根を覗きこむ。そのときだった。小さな影がいくつか、サッとちりぢりに動いて逃げるのがわかった。

 「誰だ!」

 そう叫ぶと彼らは立ち止まる。見つかったことに怯えているのか震えだし、ゆっくりと振り向いた。ウサギ、ネズミ、イタチにリス。当然のようにみんな真っ白な耳をたれ、僕の目を見つめている。彼女の手紙をあさっていたのか、たくさんの封筒や便箋が散らばっていた。

 「何をしていた?」

 僕は睨んだ。大切なものを勝手にこんな、乱雑に扱われて気が立たないわけがない。

 「ご、ごめんなさい」

 「だから何をしていたのか聞いてるんだ」

 「ごめんなさい……」

 しかし彼らは謝るばかり。細いひげを上下させ、尻尾をだらんとさせていた。小さな瞳は木の実のようで、瞬きをするたびくりくり動く。僕は苛立っていた。こめかみを熱くし、青い目を見開く。

 「答えろ!」

 バサバサと鳥が飛んだ。すると長い耳をびくつかせ、ウサギがあわててくちを開いた。

 「東洋人が来たんだ!」

 それを境に他の動物たちもとうとう話に参加する。

 「そう、世界樹の下に!」

 「東洋人は東洋の字を書くから!」

 「キラの文通相手が黒髪だって聞いて!」

 「確かめたくなって!」

 動物たちはそれだけ言うと一目散に逃げていってしまった。

 「黒髪……?」

 湖で、魚が跳ねた。

 また水面に波紋を残し、広がりながら消えていく。この森のすべてが、真っ白なままでそこにある気がした。同じ色に染め上げて、まるで他と違うものはここにいてはいけないみたいに、世界を受け入れ、そして拒んでいる。

 気付けば走り出していた。

 シルリアだ! 彼女が僕に会いに来たんだ!

 体は羽のように軽かった。周りの景色は白を超え、銀に光りなびいている。びゅうびゅうと空気を切り裂く音がして、かけてゆく、かけてゆく。脚が地面を強く踏みつけ、ちぎれた芝生が散っていく。まるで砂糖のようだった。

 「早く、もっと走れ僕!」

 僕の体は風になる。嬉々として走り抜けるその姿に、動物たちは奇妙な顔を浮かべていた。まぶたの裏がじわりと滲み、たくさんの部品を持った混血生物だ、パッチワークだ。そう言われたことを思い出す。美しい角は誰もを怯えさせた。どんなに白くきれいでも、この希望の森にはふさわしくないと罵られた。なんで、どうして。僕だって好きで角をつけているわけじゃないのに。暴れだすとたくさんの生き物が死んだ。泣きながらその肉を食べ、キラはいつだって嫌われものだった。

 「……ああ、」

 息を切らして立ち止まる。世界樹、それは壮麗にそびえ立ち、いつもより希望に満ちていた。太い幹から枝が伸び、葉っぱをたくさんつけている。差しこむこもれびが網目を描いて揺れていた。

 「……キラ?」

 僕は動けない。脚が痺れて立ちすくみ、体の奥がだんだん熱くなってくるのがわかる。

 だって、そこに彼女がいるのだ。

 黒い瞳に黒い髪、彼女は白い森の中で何よりも深く濃く輝いていた。森のきらめきを身にまとい、こっちを、僕を見ている。彼女の手には白く咲いた花の束。あれは、僕が届けた種の花。

 「会いたかった!」

 彼女が笑う。花を持ったままの手を広げたと同時に、僕はたまらなくなって走り出した。

 会いたかった、会いたかったんだ。君に。僕には君しかいなかった。孤独だった僕に愛を教えてくれたんだ。

 純白の毛並みは日の光に照らされ、美しく輝いた。と、

 銃声。

 一瞬何が起こったのかわからなかった。気付けば地面に倒れていた。鈍くも確かな音だった。すぐに押し寄せたのは酷く重たい胸の痛みで、息が、息ができない。

 「本当に会いたかったわ、キラ」

 僕の心臓からは血が流れていた。白よりも白いこの場所を、何よりも赤く染め上げていく。傾きぼんやりとする視界の中で、僕は彼女のパンプスを見つめていた。こちらへ寄ってくるその足取りは軽やかで、とても嬉しそうだ。

 「この日をずっと待ってたの」

 朦朧としながらも涙のあふれる瞳で天を仰いだ。彼女の笑顔が空を遮る。そして持っていた純白の花を、バッと僕の上に撒き散らした。花びらに可憐な赤が染み渡る。

 「ご協力ありがとう」

 世界樹の陰からひとりの男が顔を出した。その手には大きなライフル。男に丁寧にお辞儀をした彼女は、あっさりと森の出口へ去っていく。

 待って、どうして、僕は君を――

 「愛、して」

 もう何もできなかった。体は重く息もできない。

 遠くの街で、冬が続いている気がした。


 *


 それはそれは、うつくしい出会いだった。

 らしい。

 おはよう、世界が目を覚ます。朝日の黄色を帯びながら、この夜明けの一瞬だけ、街も森も同じ色に染まる。フライパンでこんがり焼いたたまごみたいに、ほんの一瞬だけ。俺はその中を泳ぎ、たなびく雲を切っていく。空から見える街は小さく、まるでパズルのようだった。

 ――彼を殺したいの、フィディー。

 少女の声がよみがえる。馬鹿馬鹿しいと思った。しかたないとも思った。最初はそうだった。自分のくちばしにあるこの手紙で、本当に彼女と街を救うことができるのか、半信半疑だった。だけどそれは杞憂に終わる。だってあいつ、シルリアに夢中なんだぜ。

 「……悪く思うなよ」

 俺の立ち位置は傍観者だった。ただの伝書鳩だし。翼を大きく広げ、森の湖を目指して下降する。

 この街をかこむ森には、ユニコーンがいた。

 たくさんの生き物を殺す、キラというユニコーン。嫌われものさ。彼が街におり、数え切れないほどの命を奪ったとき、街のお偉いさんたちがついにこの計画を実行することに決めた。そのときちょうど出会ったのがシルリア。森の入り口でキラと話していたらしい。

 ユニコーンは古来から乙女の懐でだけ穏やかになるといわれている。そこで、ユニコーンを喜ばせる手紙を書き、親しくなったところで対面する。そうして油断させたユニコーンを撃ち殺すという計画だった。いわゆる、おとり作戦ってやつ。万が一失敗しても、黒髪の人間なんてどうでもいいって考えらしい。それをわかっていてかは知らないが、シルリアは進んで協力に同意した。

 ああ、キラよ。

 今日も楽しみに待っているのだろう、彼女の手紙が届くのを。自分だけに当てられた、この憎しみの文字たちを。シルリアは君と会える日を本当に楽しみにしているよ。君が死ぬ日を、心待ちにしている。それを生き甲斐にして、毎日長い夜を越えているのさ。彼女の両親はいない。死んだんだ。君に殺されて。

 絵画のような美しさは、君のこころを救ったかい?

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