黒髪に夏ばて
恋愛 / 百合
ゆうらり、ゆうらり、川面の真下で水草が揺れています。
青い空が波に映りこんで、川底の黒い石と混ざり合っています。
星のようにチラと光る金雲母が裏表を乱反射させています。
夏が、色濃く影を落とします。
「ともみちゃん、ともみちゃん。スイカ割りしたことある?」
大きな入道雲が煙のように膨れ上がります。青い夏空を隠そうとしているようでした。わたしは高い堤防に腰をかけ、隣には紘子がいます。紘子はわたしの名前を二回も呼び、何やら楽しそうに大口を開けて笑っています。
「ないよ。紘子はあるの?」
わたしは抱えていたスケッチブックをコンクリートの上に寝かせ、微笑む彼女に尋ねました。紘子は「うん」と返事をした後、わたしと同じようにスケッチブックを寝かせて立ち上がりました。真っ白いセーラー服とくれないのスカーフが、見上げた青にそれはそれはまばゆく。
「手拭いで両目を塞がれてね、ほんとーに暗闇なんだよ」
すると紘子は座ったままのわたしの背後に回り、
「ほら、こんなふうに」
そう言ってわたしの両目をその手のひらで隠してみせました。
汗でしっとりとしたやわらかな肌が、視界の中の斜陽を遮ります。けれど彼女の言うように暗闇なんかじゃありませんでした。外から漏れるわずかな光に、わたしは口元を緩めました。
左手で紘子の両手のひらを外し、彼女の顔を見上げて同じように笑います。紘子の長い黒髪がわたしの頬まで垂れて、少し、くすぐったく思いました。
「暑いね」
つぶやきがてらわたしは紘子の笑顔から川面に目線を移します。彼女のあどけなさは嫌いだからです。わたしはくらくらしながら、それを夏の温度のせいだと言い訳しました。暑い暑い夏です。熱射で溶けてしまいそうな夏です。うなじが汗で濡れていました。わたしの体の中は火照りながらうごめき、言葉にできない感情と重なって焦げつきました。
嗚呼、どうして。
知らぬ間に膨れ上がったそれは、まるでさっきの入道雲のようだと思いました。
堤防から眺める川はいつもと同じように流れてゆきます。波々行ったり来たりする動きは、見ていて酔いそうになりました。わたしは深く潜りました。水をこころで感じます。冷たい川底を歩く。
深い緑色の岩に触れながら、透明な水の中を進みました。川面の真下の水草は、地上からのスポットライトを浴びています。黄色い柱が煌めきます。瀬に覆われ、耳に水が入ります。わたしは涼しい気持ちになりました。
「ともみちゃん」
紘子がまたわたしの名前を呼びました。
「なあに」
わたしはこころの川底からズルリと上がり、彼女の不思議そうな表情に首を傾げます。紘子はさっきの場所に座り直し、わたしの肩にもたれかかりました。
「ぼーっとして、どうしたの」
面白おかしくはにかんだ彼女を、瞳の内側に、密かに。
「夏ばて」
蝉が劈くように泣いていました。メラメラと燃えあがる太陽がこの堤防を、アスファルトを熱くあつく焼いています。山は葉を美しく茂らせ、夕立の香りを含んだ風に扇がれてはざわめきました。
夏が、色濃く影を落とします。