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夏目綺譚  作者: 夢梅
1/7

黒髪に夏ばて

恋愛 / 百合


 ゆうらり、ゆうらり、川面の真下で水草が揺れています。

 青い空が波に映りこんで、川底の黒い石と混ざり合っています。

 星のようにチラと光る金雲母が裏表を乱反射させています。

 夏が、色濃く影を落とします。


 「ともみちゃん、ともみちゃん。スイカ割りしたことある?」


 大きな入道雲が煙のように膨れ上がります。青い夏空を隠そうとしているようでした。わたしは高い堤防に腰をかけ、隣には紘子がいます。紘子はわたしの名前を二回も呼び、何やら楽しそうに大口を開けて笑っています。

 「ないよ。紘子はあるの?」

 わたしは抱えていたスケッチブックをコンクリートの上に寝かせ、微笑む彼女に尋ねました。紘子は「うん」と返事をした後、わたしと同じようにスケッチブックを寝かせて立ち上がりました。真っ白いセーラー服とくれないのスカーフが、見上げた青にそれはそれはまばゆく。

 「手拭いで両目を塞がれてね、ほんとーに暗闇なんだよ」

 すると紘子は座ったままのわたしの背後に回り、

 「ほら、こんなふうに」

 そう言ってわたしの両目をその手のひらで隠してみせました。

 汗でしっとりとしたやわらかな肌が、視界の中の斜陽を遮ります。けれど彼女の言うように暗闇なんかじゃありませんでした。外から漏れるわずかな光に、わたしは口元を緩めました。

 左手で紘子の両手のひらを外し、彼女の顔を見上げて同じように笑います。紘子の長い黒髪がわたしの頬まで垂れて、少し、くすぐったく思いました。

 「暑いね」

 つぶやきがてらわたしは紘子の笑顔から川面に目線を移します。彼女のあどけなさは嫌いだからです。わたしはくらくらしながら、それを夏の温度のせいだと言い訳しました。暑い暑い夏です。熱射で溶けてしまいそうな夏です。うなじが汗で濡れていました。わたしの体の中は火照りながらうごめき、言葉にできない感情と重なって焦げつきました。


 嗚呼、どうして。


 知らぬ間に膨れ上がったそれは、まるでさっきの入道雲のようだと思いました。

 堤防から眺める川はいつもと同じように流れてゆきます。波々行ったり来たりする動きは、見ていて酔いそうになりました。わたしは深く潜りました。水をこころで感じます。冷たい川底を歩く。

 深い緑色の岩に触れながら、透明な水の中を進みました。川面の真下の水草は、地上からのスポットライトを浴びています。黄色い柱が煌めきます。瀬に覆われ、耳に水が入ります。わたしは涼しい気持ちになりました。

 「ともみちゃん」

 紘子がまたわたしの名前を呼びました。

 「なあに」

 わたしはこころの川底からズルリと上がり、彼女の不思議そうな表情に首を傾げます。紘子はさっきの場所に座り直し、わたしの肩にもたれかかりました。

 「ぼーっとして、どうしたの」

 面白おかしくはにかんだ彼女を、瞳の内側に、密かに。

 「夏ばて」

 蝉が劈くように泣いていました。メラメラと燃えあがる太陽がこの堤防を、アスファルトを熱くあつく焼いています。山は葉を美しく茂らせ、夕立の香りを含んだ風に扇がれてはざわめきました。

 夏が、色濃く影を落とします。



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