レベル1の仲間
名前、レベル、ジョブを聞き終え、いよいよ事情聴取(?)は本題へと移ろうとしていた。
「それでは、なぜあそこにクロエがいたのかと、当時の詳しい状況、それからビックグリズリーか現れたことになにか心当たりがあれば教えてください。」
アリシアはどこから取り出したのか、小さな手帳を持ちながら質問してくる。
これは俺が東門の前で簡単に説明したものだ。あの時は大分掻い摘んで説明したため、もう一度詳しく聞いておこうという事だろう。
「俺がクラール平原にいたのはあそこの店主の依頼を受けてだ。」
俺は後ろのバーカウンターで料理の下ごしらえをしていたこの店の店主を指で指しながら言った。
「クラール平原に最近急に増え始めたグレイファングを十体討伐してくれって依頼で、難易度的にも報酬的にも美味しい依頼だったからそれを受けたんだ。」
「グレイファングとの戦闘中になにか普段と違ったことはありましたか?」
俺はアリシアの言葉に数十分のグレイファングとの戦闘を思い出しながら答える。
「違うって言うか、違和感があったな、なんだかいつもよりも焦っていたように思えた。なんかこう、なりふり構ってられないって感じだった。」
グレイファングは本来群れで狩りをする魔物だ。五、六体で獲物を囲み、逃げ場をなくして確実に捕らえるというのが奴らの主な狩りの仕方だ。しかし、常に一緒というわけではなく、一体で行動している時に獲物を見つけ、そのまま襲いかかるということも少ないながらある。
しかし、今日はそれが異常なまでに多かった。俺がクラール平原で討伐したグレイファングの殆どは俺を見つけるなり直ぐにたった一体で襲い掛かってきた。
「そう言えば珍しいことにあのビックグリズリー、何だかめっちゃ腹減ってそうだったな。俺に向かって全力疾走してきてたぞ。」
ビックグリズリーは本来クラール平原の奥にある、暗がりの森という所に生息しており、そこに生息する魔物の中では最も強く、餌などには困らないはずだが、俺を襲ったビックグリズリーはとてもお腹がすいていたようだった。
「焦っていた...お腹がすいていた...」
アリシアは、俺の話を聞きながら書いていた、手元の手帳を見つめ、おとがいに手を当てなにやら考えているようだった。
そんなアリシアに構わず、俺はクラール平原で助けられた時から気になっていたことを質問した。
「そう言えばさ、どうしてアリシアはクラール平原になんかにいたんだ?」
何度も言うように、アリシアは人界軍東門部隊の師団長だ。本来なら一般市民である俺なんかと酒場で話をすることは愚か、一人でクラール平原にいることもあり得ない。
俺の言葉でアリシアは手帳から顔を上げて、恥ずかしそうに目をそらした。
「実はこれにはちょっとした事情がありまして...」
アリシアの話によると、彼女はここ最近、休みをもらっていたらしい。(自分から申し出たというより、働きすぎを心配した東門部隊の人達に無理矢理休みを入れられたそうだ。)しかし、ずっと何もしないのが落ち着かなかったらしく、東門部隊に寄せられる依頼の一つを勝手に受けて、黙ってクラール平原に行っていたらしい。
本人は「師団長たる私が無断でだなんて...」と恥じていたが、休日まで国民の為にとは、流石師団長様だと思った。
...東門部隊の人達が心配するのも少し分かる気がする。
「ところで、その依頼って何なんだ?」
俺の言葉にアリシアは、真剣な表情になると俺を見て依頼の内容を告げる。
「ジャイアントタイガーの捜索です。」
「ジャイアントタイガー?そんなのがクラール平原にいるのか?」
ジャイアントタイガーは特徴的な黄色と黒の毛皮を持ち、左右に二つずつの合計四つの目玉、六本の足、二本の尻尾を持つ巨大な虎型の魔物だ。大きな図体の割に素早く動き、鋭い爪や牙でひと撫でされれば生身の人間はひとたまりもない。それだけでも厄介なのに、多少の知能を持ち、ひとりで孤立した冒険者を狙ったり、不意打ちを仕掛けたりなどをするため、冒険者たちからは、かなり危険視されているモンスターだ。
しかし、普段はその知性から魔物にとっては、近くに行くだけで有害となるクリミナル・ウォールに近づく事など無いはずだ。
「私も不思議に思い、依頼者に話を聞きに行ったところこんな物を貰いました。」
そう言ってアリシアは胸ポケットから一枚の紙を取り出して机の上に置いた。
俺はその紙を手に取った。
それは写真だった。そこには広大な平原に小さく黒と黄色の毛皮の虎型の魔物が写っていた。
「なっ!これは!?」
「これは依頼人である彼がクラール平原に出た時にたまたま持っていた射影石で撮ったものだそうです。」
射影石とは青い色をした、手の平サイズの小さな宝石のような魔道具である。
魔力を流すことで、その周辺の景色を"記録"として残すことが出来る。その"記録"は専門の店などで、今、目の前にある様に写真として現像する事も出来る。
射影石一つ一つはなかなか高価だが、景色を"記録"する際に必要な魔力はほんの僅かで良いため、一般人にも扱えるのと、他にそのような道具が無いのとで射影石は一家に一つの必需品となっている。
かくいう俺も腰のベルトポーチに射影石を入れて、いつも持ち歩いている。
「だいぶぼやけてはいますが、この色、このシルエット間違いなくジャイアントタイガーでしょう。」
俺はアリシアから渡された写真をもう一度のぞき込む。
確かにぼやけてはいるが、俺はこのような姿をした魔物はジャイアントタイガーしか知らない。
どこをどう見てもジャイアントタイガーにしか見えない。見えないもだが...
「アリシア、今回の依頼は"搜索"であって"討伐"じゃないんだよな?」
何かが引っかかった。何が、かは分からないが、どうにも引っかかる。
「はい、確かに依頼は搜索ですが、本当にジャイアントタイガーがいるとなればクラール平原は大変危険になりますし、ジャイアントタイガー位なら私一人で討伐できるので、見つけた際は討伐までしようと思っています。」
アリシアの言う通りだ。
本当にジャイアントタイガーがいたなら早急に討伐する必要があるし、人界軍東門部隊の師団長であるアリシアであればジャイアントタイガーなど相手にならないだろう。
しかし、俺の勘が、彼女を一人で行かせてはいけないと言っている。
「...その依頼なんだけど、やっぱり人界軍とかに協力してもらった方がいいんじゃないか?」
俺の言葉にアリシアの表情が厳しくなる。
「何故ですか?まさか、私の実力を疑っているのですか?」
「いや、そういう事じゃなくてな、アリシアが強いってのはさっき助けられた時に充分わかってるんだけどな?...なんか嫌な予感がするんだよ。」
アリシアの青い瞳が俺の目をのぞき込む。恐らく俺の言葉の真偽を確かめようとしているのだろう。
お互いに見つめ合ったまましばらく経って、アリシアが「はぁ〜」と息を吐いた。
「分かりました。ですが、先程言ったようにこの依頼、人界軍に内緒で受けてきてしまったのです。」
どうやらアリシアに俺の意思が伝わってくれたようだ。しかし、そう言えばアリシアは内緒で依頼を受けてきていたのだった。
どうしたもんかなぁ〜と考えていたのだが、続くアリシアの言葉でそんな悩みは二つの意味で吹き飛んだ。
「なので、クロエ、あなたが一緒に来て下さい。」
アリシアは満面の笑みでそう言った。
「...!?俺?なんで俺なんだ!?もっと強そうな人とか沢山いるだろ?」
「私、あなたに少し興味が湧きました。勿論ジャイアントタイガーとなんて絶対に戦わせたりなんてしません。ですが、どのようにレベル1でクラール平原で魔物を倒したのか見てみたくなりました。それに、もし、少しでも危なくなったらクロエだけでも絶対に逃がしてみせます、この命に変えても。」
まぁ、今の俺でもジャイアントタイガーに遭ったぐらいでは死んだりはしない程度には鍛えてはいるから、彼女のいう様なもしも、は起こらないだろう。それに...
俺は目の前の少女を見つめる。彼女の目には固い意志が宿っていた。あなたのことは守ってみせる、と。それこそ命に変えてでも、と。
そんな顔されて断れる奴なんているなら見てみたい。
「分かったよ。言い出しっぺは俺だし、付いていくよ。」
アリシアは俺の言葉を聞くとニッコリと笑った
「ありがとうございます。それでは今日はもうクラール平原に行くには遅い時間ですし、明日から捜索開始という事で良いでしょうか?」
「あぁ、それでいい。それじゃあ今日はそろそろ帰ってもいいか?明日の準備がしたい。」
「おや?クロエ、なんだかんだ言って乗り気ですね?」
「まぁ、こんな可愛い子とパーティー組めるならそりゃ少しぐらいはな。」
アリシアが、一瞬キョトンとしたと思ったら真っ赤になった。
「か、かわいい...」
アリシアは俺の言葉に赤くなってはいたが、実際のところは、今から徹夜で準備をするぐらいしないと本当に死んでしまう程には今の俺は貧弱だというだけだ。
俺とアリシアは酒場を出た。
「それじゃあ明日の朝またこの酒場前でいいか?」
「わ、分かりました。それではまた明日。」
アリシアはまだ顔を染めている。女の子にとって、かわいいと言われることとはそんなに恥ずかしいことなのだろうか?うん、次からは気を付けよう。
「あぁ、また明日な。」
とりあえず今日は明日死なないように死にものぐるいで準備をするとしよう。
そうして俺とアリシアはその場で別れ、別々の方向へと歩き出した。
なんだか変な一日だった。この三年間、誰との関わらず、静かに生きてきたのに、明日は今日知り合ったばかりの少女と一緒にパーティーを組んでジャイアントタイガーを探しに行くことになっている。しかも、ただの少女じゃない。俺があれだけ関わる事を拒んできた人界軍の師団長様だ。
俺はふと空を見上げた。太陽が沈み始めてはいるが、まだまだ夜は遠そうだ。しかし、空には一つだけ輝く、小さな星が確かに光を放っていた。