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レベル1の秘密

少年は依頼の達成を店主に報告し、窓際の席に着くと、少年の前に座る可憐な少女に目をやった。

「先程はありがとうございました、師団長様。危うく命を落とすところでした。」

2人は今、サレスティア東区にある小さな酒場にいた。

サレスティアは王城や人界軍本部のある中央区、多くの山や森から木材などが多く取れる北区、海と面し、海洋資源が豊富な西区、鉱山に囲まれ多くの鉄鉱石などが取れる南区、そして、人界軍の絶対防衛戦が敷かれ、今や人界軍と魔王軍の最前線が目と鼻の先にある、東区の合計5つの区で構成されている。

はるか昔に人類の最後の国をこの場所に作った人々はかなりの切れ者だったに違いない。

明らかに不利な戦争で、今もなお人類が滅ぼされていないのは、三方を山や海に囲まれ、サレスティア周辺から多くの資源を手に入れることの出来る、この恵まれた立地のおかげと言っても過言ではない。

北、西、南、東の四つの区は、その周囲を高さ十メートルの巨大な壁で覆われており、その外側をクリミナル・ウォールが、さらに外側を山や海などの大自然の防壁に囲まれ、サレスティアは三重構造の強固な壁によって守られていた。

三年前の全面戦争の時も、さすがの魔王軍にも大自然の防壁を超えることは出来ず、東区に全軍を進め、クリミナル・ウォールを破るも、多くの志願兵と人界軍のほとんどの勢力が集まる、人界軍東門部隊の決死の防衛により、最後の壁を破るには至らなかった。

そして今、少年の目の前には、その人界軍東門部隊の現師団長であるアリシア・シュバルツ・フォン・フリーデンが座っていた。

なぜ、彼女がこんなところにいるのかと言うと、簡単に言えば事情聴取のためだ。

やはり、今までクラール平原にビックグリズリーが現れた事はないらしく、その為、その場にいた少年にその時の状況の説明と、なにかビックグリズリーが現れるきっかけに思い当たる点がないか一応聞いておきたいとのことだった。

少年としてはすぐにでも人界軍とは離れてしまいたかったため、クラール平原から戻り、東門をくぐった時点で手短に説明し、少女とは別れてしまおうとしたのだが、ゆっくり詳しく話を聞きたいと師団長様にお願いされてしまい、仕方なく詳しく話をするついでに、依頼の達成の報告もしようと、朝依頼を受けた酒場に来ていたのだった。

「お礼なんていいですよ。国民を守るのが私たちの使命です。それから...そのぉ...師団長様はやめて頂けると...ちょっと恥ずかしいです。私のことは気楽にアリシアと呼んでください。それに、年も近そうですし、敬語も必要ありませんよ?」

少女は師団長様と呼ばれたのが余程恥ずかしかったのか、顔を赤らめ、モジモジしながら下から目線で訴えてくる。

今は昼を大きく過ぎているということもあってほとんど酒場に人はいないのだが、もし今が夜で、酒場に人が集まる時間だったのなら、多くの男性冒険者は少女の仕草にノックアウトされ、彼女の熱狂的な信者になってしまっただろう。

それぐらいには反則的に可愛かった。

(師団長相手に呼び捨てにタメ口は気が引けるが、相手がそう言ってるんだ。少し頑張ってみるとしよう。)

おそらくこの時、少年も自分では気づかないほどとはいえ、彼女の仕草に精神を乱されていたのだろう。

その為、少年は少年らしからぬミスをやらかした。

「分かったよ、アリシア。えぇと自己紹介はしてなかったよな?俺はクロエ。クロエ・マークスだ。まさかあんな所にビックグリズリーが出るなんて思わなったからビックリしたよ。本当にありがとな。」

そう言って少年、クロエはニカッと満面の笑みを浮かべた。

クロエは言葉を発し終わってから、目の前に座っているのがただの少女ではなく、人界軍東門部隊の現師団長だということを思い出した。



俺はクロエ、クロエ・マークス。今はそう名乗っている。元人界軍最高戦力、ブラッドクロウの団長にして、三年前の戦争を生き延びた者だ。

あの戦いは本当に辛く、厳しいものだった。たった一つの小さなミスで簡単に自分の、そして、仲間の命が消し飛ぶ。そんな戦場だった。

故に、俺はあの戦争の間、一つのミスもしなかった。念には念を重ね、作戦の成功率を上げるためにやれることは全てやった。

死にたくないし、死なせたくなかったからだ。

その結果、俺はあの戦争を生き残った。だから今更簡単に失敗などしない。

...ついさっきまでそう思っていた。

目の前には少女が一人。名をアリシアと言う。アリシアは人界軍東門部隊の師団長で、ちょっとした理由から一緒に行動していた。

そして今、彼女は目を見開き、口をぽかんと開け、硬直している。

恐らく、いや確実に先程の俺の言葉が原因だろう。

そんな少女の前で俺は満面の笑顔のまま、冷や汗を垂らし、これまた硬直していた。

(失敗したぁぁぁぁぁ!!)

俺は内心絶叫した。

先程少女から、アリシアと呼んでくれ、敬語もいらないと言われそれを踏まえて自己紹介とクラール平原でもお礼を述べたのだが...

(やり過ぎた、絶対にやりすぎてしまった。)

確かに敬語はいらないと言われたが、今冷静になって先程の自分の言葉を振り返ると、明らかに人界軍の師団長相手に使う言葉遣いではなかった。

(何やってんだよ俺!そう簡単に失敗しないんじゃなかったのかよ!?)

自分の失敗を責めなが、ふと目の前の少女に注意を向ける。

先程までぽかんとしていた少女は今は下を向き、肩をプルプルと震わせている。

(やばい、怒ってる、絶対起こってるよこれ!まずいまずいまずい、師団長を怒られたとなればすぐに名前が広がって俺の正体がバレる。逃げるか?今すぐダッシュで逃げるか?いや、だめだ。今の俺じゃすぐ捕まる。どうする?どうすればなんとか穏便に済ませられるんだ!?)

俺が内心で小さなパニックを起こしていると、

「フフッ」

目の前の少女から小さな笑い声が聞こえた。

アリシアが突然笑い始めたことに驚き、今度は俺がポカンと口を開ける番だった。

「フフフッ、あなたみたいな人は初めてです。私、生まれてこの方そんな口の聞き方されたことありませんよ?」

少女はクスクスと笑いながらからかうように、そして、心底楽しそうにそう言った。

俺は戸惑いながらも、少女の言葉と表情に、少し落ちと着きを取り戻し、苦笑いをする。

「悪かった、あんまり人と話さないからこういう時、どう話せばいいかわからなくってな。」

「いいですよ、気にしていません。むしろ、少し嬉しかったです。」

どうやらさっきの事を気にしていたのは俺だけだったらしい。

まぁ、結果オーライってやつだろう。

良かった、本当に良かった。

しかし、嬉かったというのはどういう事だろう。

その疑問にはアリシア自身が答えてくれた。

「先程も言いましたが、私、そのように話されたのは本当に初めてだったんです。幼い頃からずっと稽古ばっかりで友達なんて作っている暇もありませんでしたし、師団長になってからなんてそれこそ対等に接してくれる人はいませんでしたから。」

そう、少し悲しそうに言い、アリシアは笑った。

アリシアもある意味では1人だったのだろう。周りに自分を慕ってくれる人がいたとしても、対等に心を許し会える人がいないのなら、それは一人でいるのと大して変わらないと思う。

「だからでしょうか?ただ普通に話しかけてくれたことがこんなに嬉しく思えるのは。さっき会ったばかりの人にこんなことを言うのは変なのかも知れませんが、クロエ、こちらこそありがとうございます。」

そう言ってアリシアはまた笑う。しかし、今度の笑顔はさっきのものとは違い、心からの笑顔なのだと、そう思えた。

「...どういたしまして、それより本来の目的忘れてないよな?事情聴取するんだろ?」

俺はとっさに話を変えた。

俺はこの時既に、この少女から早く離れたいとは思っていなかったのだと思う。

それでも話を変えたのは、人から素直な感謝の言葉を貰うのが何だか少し、むずがゆかったからだ。

俺のそんな気を知ってか知らずかアリシアは「そうでした、すっかり忘れていました。」なんて言っている。

(えっ、忘れてたの?)

もしかしたらアリシアってちょっとおっちょこちょいなのかもしれない。

「えぇと、それではまずはレベルと職業を教えて下さい。」

俺はアリシアの言葉にを聞き、その意味を理解し、硬直した。

レベルとは人界軍本部や、東西南北の人界軍駐屯所、街のあちこちの酒場などに配備されている測定器によって数値化されるその人の"強さ"の値だ。筋力や、知力、素早さ、魔力量などから算出され、レベルが高ければ高いほどその人の能力は高いものとなる。ちなみにレベルに上限は無いらしいが、俺は今まででレベル100を超えたという人間は見たことが無い。

ジョブというのはその人の戦闘スタイルのようなものだ。実に多くの種類があり、誰にでもなれる冒険者から、曲芸者や、吟遊詩人のように才能のある人しかなれないようなものまで本当に多くの種類がある。

この両方を合わせてステータスと呼び、この世界では名前とステータスで個人を特定する事が多い。

俺がアリシアの言葉に硬直したのは他でもない。俺のステータスは特徴的すぎる。流石に、人界軍の最高戦力である俺達のステータスが世間一般に知られている訳などないが、俺のステータスが国王などにでも知られれば、流石に俺が生きているとバレてしまうだろう。

アリシアはいつまでも答えようとしない俺を見て首をかしげている。

俺は目を閉じ、一つ深呼吸を入れ、真剣な表情で、アリシアを見つめる。

「アリシア?俺のレベルやジョブの事なんだが、絶対に他の人には言わないって約束してくれないか?」

不思議そうに首を傾げていたアリシアは、なにか納得が言ったのか、なるほどという表情になる。

「勿論です。レベルやジョブは個人情報なので、師団長の名にかけて絶対に他人には教えません。」

「国王にお願いされてもか?」

「こ、国王様ですか?まぁ、クロエが望むのならよっぽどのことでもない限り言ったりはしませんよ?」

アリシアは俺の言葉に少し驚いていたようだが、俺を安心させるように優しく言った。

アリシアのその表情を見て俺は決めた。

俺はアリシアを信じることにした。

何故と聞かれると返事に困ってしまうが、何故か信じてみたいと思ったのだ。

冷静に考えれば素直にステータスを教えるよりも、適当なレベルやジョブをでっち上げてこの場をやり過ごすのがベストだろう。実際俺ならば確実にバレることなくその場を切り抜けることが出来ただろう。しかし、その時の俺にはアリシアに嘘をつくという選択肢は存在しなかった。

「俺のレベルは1だ。」

俺は意を決して告げた。この3年間一度も誰にも言ったことのない俺の秘密を。

「1...ですか?冗談...ではなさそうですね、最近初めてクリミナル・ウォールの外に出たということですか?」

流石師団長と言うべきだろうか。俺の表情を見て俺の言葉が嘘ではないと信じてくれたようだ。

レベルは基本的にモンスターと戦うことで上がる。モンスターとの戦闘が大きな経験となり、急激にその人物を成長させるからだ。しかし、モンスターと戦うことのない、一般市民たちはそれこそレベル1や2が大半だ。

「いや、違う。最近外に出たばっかりとかじゃなくてレベルが上がらないんだ。上がりにくいとかそういうわけじゃなくて全く上がらない。」

俺の言葉を聞いてアリシアは驚きをあらわにした。

先程も述べたが、この世界でレベルは強さの基準だ。それが全く上がらないということは、実質どんなにモンスターと戦おうとも、どんなに訓練しようとも一生強くなることは出来ない、ということだ。

「そんな事が...レベルが上がらないなど聞いたことがありません。それより、レベル1でクラール平原に出るなど自殺行為です。何故そんなことをしたのですか。」

アリシアの言う通りだ、普通ならレベル1でクラール平原に出るなど自殺行為だ。サレスティアから近い平原だといえ、すぐそこには人界軍と魔王軍の最前線が広がっているのだ。その為、出現する魔物自体はあまり強くはないが、魔王軍の斥候部隊などによって襲われる兵士や商人たちがあとを絶たない。

アリシアは俺の言葉に驚いたものの、直ぐにレベル1でクラール平原に行ったことを叱る。

俺のことを心配してくれているからこそだろう。彼女は本当に優しい心の持ち主だ。

「いや、クラール平原ぐらいなら平気だよ。俺、レベルは上がらないけど、ジョブレベルがめちゃくちゃ上がりやすいんだ。だから、レベル1でも生き延びられるスキルはたくさん持っている。」

ジョブレベルとは、ジョブ版のレベルだ。ジョブレベルが高ければ高いほどそのジョブに沿ったスキルを覚えることが出来、ステータスにも多少ではあるか、ボーナスがつく。簡単に言えばこのレベルが高いほど、その人はそのジョブの達人だということだ。

普通のレベルと違うのは上限があるということぐらいだろう。

ジョブは人それぞれに相性があり、相性の良いジョブはジョブレベルも上がりやすく、ジョブレベルの上限も高くなる。

その反面、誰にでもなれるジョブや相性の悪いジョブは、ジョブレベルの上限が低くなり、どんなに努力をしても、一定以上は強くなれない。

一般的な相性の良いジョブのジョブレベルの上限が90ぐらいなのに対し、誰にでもなれる冒険者や、相性の悪いジョブのジョブレベルの上限は20から30ぐらいだ。

「いえ、そういう事ではなくて、まぁクロエがそうしたいというのなら私に止める権限はありません。ですがくれぐれも気をつけてくださいね。絶対ですよ?」

アリシアはお姉ちゃんが年下の弟に注意をするように、席を立ち、前かがみになりながら、右手の人差し指を俺の目の前に突き立て言った。

「それにしても、ジョブレベルが上がりやすいですか、それも聞いたことがありません。クロエ、あなた一体何者ですか?」

アリシアは自分の席に座り、俺を見ながら不思議そうに聞いてきた。その言葉には疑いや嫌悪ではなく、純粋な好奇心が感じられた。

しかし、俺にその好奇心に答えられる知識はなかった。

「分からん。むしろ俺が聞きたい。生まれた時からこうだった。」

俺は特に特別何かをしたという訳でもなく、生まれた時からこの体質だった。人界軍にいた時もいろいろと調べられたが、結局何もわからなかった。人界の長い歴史の中でもこのようなことは無かったとのことだった。

「まぁ、いいです。それより、クロエのジョブは何なのですか?」

アリシアは俺の答えに苦笑いしながら、ようやく本題だと言わんばかりに身を乗り出して聞いてきた。

「俺のジョブは冒険者だ。」

冒険者は、『冒険者の心得』という、ジョブレベルに対してスキルの威力が上がる便利なスキルを覚えることが出来、更にあらゆる初歩的なスキルから、極めれば実戦でも充分使える便利なスキルを覚えることも出来る。他のジョブのスキルも威力や性能は本職に遠く及ばないが覚えることが可能という、凄いジョブなのだが、さきほど述べたように、冒険者の一般的なジョブレベル上限は20から30程度なので、使えるようなスキルを覚えられるようになる前に大抵はレベル上限が来てしまう。また、ジョブレベルを上げることによるステータスのボーナスも他のジョブに比べて極端に少ない為、好んで冒険者になるものはほとんどいない。

「せっかくジョブレベルが上がりやすいのに冒険者ですか、少し勿体ない気もしますね。」

アリシアは俺の特性を聞いて、もっとすごいジョブに付いていることを想像していたのだろう。苦笑いしながらそう言った。

「冒険者しか相性のいいジョブがなくてな、それに、レベルが上がらないなら、いろんなスキルを覚えられる冒険者の方が何かと便利なんだよな。」

「なるほど、それは一理あるかもしれません。」

アリシアはそう言い、楽しそうにクスリと笑うのだった。

今までで自分のステータスを話してこんなふうにに笑ってくれた人はいなかった。

レベルの上がらない体質とその代わりジョブレベルが異常なまでに上がりやすいということを聞いて、誰もが嘲り、嫉妬、嫌悪などの感情を向けてきた。

しかし、目の前の少女は違った。

俺のステータスを聞いても優しく笑ってくれた。

俺の体質を聞いても変わらず接してくれた。

(嘘をつかないでよかった)

俺は心の底からそう思った。

俺とアリシアの事情聴取(?)は続いていく。

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