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レベル1の出会い

世界は闇に包まれていた。

はるか昔から続く人間と魔王の戦いは終わることを知らず、今もなお互いの種の存続をかけて争い続けていた。

三年前の魔王軍の総攻撃を多大な被害を出しながらどうにか退けることに成功した人類は、一時的な平和を享受していた。

しかし、その間にも、魔王軍は総攻撃によって失った戦力を着々と整え、次にクリミナル・ウォールを破り、人界に攻め込む時を今か今かと待ち構えている状態だった。



ここは人類最後の国、サレスティアの外側。サレスティアの中心にそびえ立つ王城、グラントリー城を中心に半径10キロメートル内の全人界領土を囲う超巨大魔法結界、クリミナル・ウォールのさらに外側。

結界に阻まれることなく、魔物達が跋扈し活動する、人間にとって、いつ魔物の餌になってもおかしくない危険な世界。

そんな世界で一人、安物の片手剣を手に、狼のような魔物と戦う少年がいた。


「グアァルル!」

目の前には鋭い牙をむきだしにし、爛々と輝く赤い瞳で、少年を凝視する灰色の毛並みをした、四速歩行の魔物、グレイファングが、少年を今晩の飯にするため立ち塞がっていた。

少年は両足を開き、腰を下げ、右手に持った片手剣を振りかぶり、スキルを発動させる。

「...スラスト」

少年の踏み込みにより、地面がへこみ、少年の姿が一瞬霞む。

すると次の瞬間にはグレイファングは真っ二つに両断され、物言わぬ屍となっていた。

少年は剣を左右に払い、剣に付いた魔物の血を払うと、剣の損耗が深刻なものではないことを確認し、背中にかけた鞘に収める。

「これでちょうど10匹か。」

黒い少し長めの髪に、黒い瞳。あの日、心が折れ、戦うことを拒んだ少年は、皮肉なことに今日という日を生きるためにまた戦っていた。

しかし、今回は魔王軍相手などではなく、少年がいるサレスティアの東側にある、クラール平原に住み着く弱い狼型の魔物を相手としての戦いだった。

少年は、目の前に横たわるグレイファングだったものから採取用のナイフでグレイファングの一番大きな牙を抜き取り、腰に下げた袋の中のものと合わせて10個あることを確認した。

あの夜のあと、少年の予想通り総司令官をなくした魔王軍はすぐに撤退し、人界軍はギリギリの所でなんとか持ちこたえたらしい。少年の所属していた部隊、ブラッドクロウは、部隊長であり、最後の隊員であった少年から連絡が途絶えたため、全滅したということになったのだそうだ。

その後少年は争いに巻き込まれないため、名前を偽り、性格を偽り、自分の正体がばれないようにサレスティアの端でひっそりと暮らしていた。

しかし、例え国の隅っこだとしても、生きるためにはお金が必要になる。その為少年は、時々酒場などに行っては適当な依頼を受けてそれをこなし、日々の生活費を稼いでいた。

今日は酒場の店主から、クラール平原の増えすぎたグレイファングを10体討伐するという依頼を受けてきたのだ。剥ぎ取ったグレイファングの牙はしっかり討伐したという証拠だった。

少年は、依頼を達成したことを確認し、サレスティアの酒場に戻ろうと立ち上がろうとし、足をもつれさせその場に倒れた。

別に少年がおっちょこちょいな訳では無い。

ただ、今はとある理由から先程のスキルに体が耐えられなかったのだ。

「ちょっと無茶しすぎたか?仕方ない。少しここで休憩してからサレスティアに戻るとするか。」

少年は『索敵』スキルを発動させてから、その場に寝そべった。

少年の頬を暖かな風が通り過ぎてゆく。

一歩間違えればすぐに命を落としてしまう、人間にとって危険な世界なのに、そこにはクリミナル・ウォールという壁のないどこまでも自由な大地が広がっていた。

あの日から3年が経った今、少年は17歳になっていた。つまり少年はたった14歳であの戦争に参加していたということだ。それと同時に少年の部隊であるブラッドクロウのメンバーの中では少年が最年長だった為、少年よりも幼い子供たちがあの戦場の最前線で戦っていたということだ。

なぜそんな幼い子達が、と思うだろうか。

勿論普通の少年少女たちではそんな歳に戦争の最前線に送られることなどまず有り得ない。しかし、彼らは普通の少年少女などでは無かった。

彼らは、誰もが生まれついた時から特殊な才能を持ち、その年で既に人界軍の兵士達よりも遥かに強く、強力な戦力になり得たのだ。

しかし、それ以前に、幼い少年少女に頼らなければならないほど人界軍が追い詰められていたというのが大きな理由だったのだろう。

人間と魔王が戦い始めてから一体どれほどの年月が経ったのか分からない。しかし、人類の保有する領土はクリミナル・ウォールに囲まれた半径10kmとその周辺のみ。それに対して魔王はそれ以外のすべての領土を自由に使うことが出来るのだ。

既に人類は満身創痍だった。

少ない領土では生産される食料も、訓練することの出来る兵士の数も限られている。それでも今まで持ちこたえられていたのはひとえにクリミナル・ウォールの絶対的な守りによるところが大きかった。しかし、それさえも魔王軍の総攻撃には耐えられないと思い知らされてしまった。そんな絶望的状態で使える戦力を幼いという理由だけで使わないなどということは出来なかったのだ。

結果、幼い少年少女達が集められた人界軍最強の部隊は少年が行方をくらませたため、実質全滅してしまったが、それと引換にギリギリの所でどうにか魔王軍を追い返すことには成功したのだった。

「そろそろ髪を切らなきゃかな。」

少し伸びすぎた前髪を指で弄りながら、少年は誰へともなくつぶやいた。

それに答える者は誰もいなかったが、少年はそれでいいと思う。

あの日以来少年は、誰かと関わるということを極端に避けた。勿論生きていくために必要な場合はある程度、人と関わらざる負えなかったが、それでもあれから3年経った今でも少年には仲間や、親友と呼べる者は一人もいなかった。

少年はあの戦争で多くの大切な人を失った。そして、その度にひどく傷つき、自分を責めたのだ。

あんな思いをするぐらいならもう、誰とも関わりたくない。

少年は自分を守るために一人になることを選んだのだった。時には寂しいと思う時もあるが、そんなものは少年が経験した失う辛さとは比べるに値しない小さなものだった。

だから、今も少年は命の保証のない危険な世界にたった1人で寝そべっているのだ。


ぽかぽかと少年を照らす太陽と、頬を撫でる暖かな風の、あまりの気持ちよさに少年がうとうとし始めていた時、少年の『索敵』スキルに何かが引っかかった。

少年は直ぐに『索敵』スキルを解くと『遠見』スキルで反応のした方向に目を向けた。

わざわざ『索敵』スキルを解いたのは今の少年にスキルの同時併用は少し負担が大きいからだ。

少年は『遠見』スキルで捉えたその姿に思わず目を疑った。

少年の目に写ったのは茶色の毛並みをした四速歩行で猛然とこちらに向かってくる体長3mはあろうかという巨大な熊のようなモンスターだった。

そいつの名はビックグリズリー。本来こんな平原に現れることなどないそこそこ凶悪なモンスターだった。

ビックグリズリーの目は完全に獲物を見つけた時のそれであり、その全力疾走っぷりから相当お腹が減っているであろうことがわかる。

少年は状況を判断すると近くの草むらに隠れビックグリズリーをやり過ごすため、とっさに体を起こし、後方の草むらに飛び込もうとした。

既に敵に見つかっているとはいえ、少年の『潜伏』スキルならビックグリズリー程度なら見つからず隠れられると確信していたからだ。

しかし、少年は立ち上がった途端に足をもつれさせその場に倒れてしまった。

先ほどの戦闘での疲労がまだ抜けていなかったのである。

そうこうしているうちに、ビックグリズリーは既にスキルなしでも目に見えるほど近づいており、、今から草むらに向かっても既に手遅れなのは確実だった。

「クソッどうする?あれを使うか?」

少年は右手をそっと太股に伸ばした。少年の指に冷たい金属の感触が伝わる。

それは、少年が戦争中に愛用し、この3年間一度も使わなかった、自分の素性がバレかねない武器だった。

(確かにさっき『索敵』で反応があったのはコイツだけだったはずだ。しかし、この数十秒の間に誰かが近づいてきていないとは限らない。)

そう考えてるうちにもビックグリズリーはどんどん近づいており、直ぐに少年に致死の一撃を叩きつけられる距離まで来てしまうだろう。

(クソッ、時間がない、やるしかないか。)

そう少年が決断し、太股の武器を抜き取ろうとしたその時、

「セイントソード!」

後方から透き通るような少女の声が聞こえたと思うと、

スパン

少年の横を何かがとてつもないスピードで駆け抜け、一瞬視界が白く塗りつぶされると、次の瞬間には目の前にいたビックグリズリーは遠くへ吹き飛ばされ、動かなくなっていた。

そして、目の前には両手で持ったきめ細やかな装飾をほどこされた細剣を、振り抜いたままの姿勢でこちらに背を向けて立つ少年と同い年ぐらいの少女の姿があった。

ほかから見れば突然ビックグリズリーが吹き飛び、何も無いところに突然少女が現れたように見えただろう。

しかし、少年の目は確かに、今自分の目の前にいる少女が自分の体長の2倍はあろうかという巨大なモンスターを細剣の一撃で吹き飛ばした瞬間を捉えていた。

「あなた、大丈夫ですか?」

少女はビックグリズリーが動かなくなったのを確認すると、くるりと少年に振り返り、心配そうに聞いてきた。

少年は少女の顔や服装を見た瞬間にすぐにピンと来た。背中に届くほど長く伸ばした美しい金色の髪、人類には珍しい青い瞳、白と青を基調とした人界軍の制服、そして何より、その胸に付けられた人界軍東門部隊師団長を示す、銀色の、鷹の前に2本の剣を交差させた特徴的なエンブレム

(これは...とんでもない人に助けられてしまったようだ。)

「大丈夫です。ありがとうございました。」

その言葉を聞くと、少女はほっとしたように息を吐く。

「人界軍東門部隊師団長、アリシア・シュバルツ・フォン・フリーデンです。あなたをサレスティアまで送ります。」

そう言うと少女は少年に手を差しのべる。

少年としてはあまり人界軍には近づきたくはないのだが、相手が師団長ともなれば、わざわざその誘いを断る方が目立ってしまうだろう。

瞬時にそう判断した少年は、顔に人当たりの良い笑顔を貼り付けると、少女の手を取り立ち上がった。

「ありがとうございます。ぜひ、お願いします。」


これがこれから世界を救うことになる、勇者の運命の出会いだったのだ。


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