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スノースキン  作者: 管澤捻
寄生型人工生命体スノー
17/27

寄生型人工生命体スノー(5)

「久しぶりだな。『左脚』」

『左脚』は伽藍堂な部屋の一室に、座り込んで目を閉じていた。彼は片目を開けると、声のした方に視線を向ける。そこには、ガラスのない窓枠に脚を掛け、彼を見ている白髪の女性がいた。

『左脚』は欠伸一つすると、目を瞬かせながら、その女性に言う。

「あん? お前もしかして『左腕』か? 随分と美人さんになっちまったんだな?」

「……『右腕』が入っていた身体だ。今は私が支配している」

「そいつは残念だ。お前じゃなきゃ、是非ともお付き合い願いたいところなんだが」

「私たちに性別はない」

 にべもなく言う『左腕』に、『左脚』はニヤリと笑う。

「どうかね。確かに俺たちはただの寄生生物だが、寄生する対象によって個人の性格が大きく左右されているとは思わねえか? 俺の予想だが、その身体に入っていた『右腕』は、さぞかしいい女だったんだろうぜ」

「くだらないな。そんな戯言を聞くために、私は来たのではない」

 そう言うと、『左腕』は窓枠から降り、トンっと室内に入った。『左脚』は改めて、『左腕』の身体を無遠慮に眺めた。腰まで伸びた白髪。切れ長の瞳。柔らかい白のワンピース。透き通るような白い肌。文句なしの美人だ。彼女が右手に握る無骨な刀でさえ、その美貌を引き立たせるための、アクセントになっているとすら感じる。

「母上から召集が掛かった」

 前置きなく、『左腕』がそう言った。『左脚』は当然とばかりに頷く。

「だろうな。『右腕』の回収が完了したなら、母上としては、すぐにでも俺たちを食べちまいたいはずだからな」

「要件は伝えた。次はお前に質問がある」

「言いたいことだけ言って今度は一方的に質問があると? 勝手な野郎だな。まあいいや。質問てな何だ?」

『左脚』がそう促すと、『左腕』が目を細め問うてきた。

「ここモースに人間が侵入した可能性が有る。お前は何か知らないか?」

「人間? さあね。なんで俺に聞くんだよ」

「お前は母上の下を離れ、一人で街を散策している。ここモースにおいて、人間を見つける可能性が一番高いのがお前だ」

「その人間を見つけたら、お前さんどうするつもりだ?」

「母上の意向に従い始末する」

 相変わらずお堅い野郎だな。『左脚』はそう思い、苦笑した。同じ母上から切り離された者同士、どうしてこうも性格に差が生まれるのか。面白いと言えばそうなのだが、『左脚』は自身が置かれている現況に対し、あまり笑える気にはなれなかった。

(さて……腹括らねえとな)

『左脚』は慎重に言葉を選びながら、『左腕』に言う。

「さあね……その人間、もうすでにビックフットに食われちまって死んじまっているんじゃねえの?」

「その可能性はあるが、そうでない可能性もある。だからお前に尋ねているのだ」

「悪いけど覚えがねえな。いい女だったら俺は忘れねえはずなんだが」

「容姿は平均的だ」

 さらりと残酷なことを言う『左腕』。『左脚』は内心意地の悪い笑みを浮かべながら、頭を振って答える。

「だったら、忘れちまったのかもな。もし見掛けるようなことがあれば、お前さんに報告してやるよ」

「不要だ。お前がその場で処分しろ」

「へいへい」

『左腕』の命令口調に、特に怒ることもなく、『左脚』は適当に頷いておく。話はこれで終わったはずだった。しかし『左腕』は黙したまま、その場から動こうとしない。『左脚』が目線で問い掛ける。『左腕』は『左脚』を睨めつけながら、静かに言う。

「……お前は私が探している人間を、()()()()()()()、と言ったな。私は探している人間を、女性だと言った覚えはないが?」

 その指摘に、『左脚』は──

「あれ? お前、乳はみ出してんぞ」

「なに?」

 自分の胸元を覗き込んだ『左腕』に、『左脚』は素早く接近した。そして『左腕』を肩に担ぎ上げ、そのまま窓から外に跳躍する。

『左脚』が跳び出した部屋は、地面まで二十メートル弱の高さがあった。『左脚』は空中で態勢を整えると、『左腕』の腕を肩に担ぎ、一本背負の要領で、『左腕』の身体を地面に向かって勢いよく投げつけた。『左腕』は抗う様子を見せることなく、地面に叩きつけられる。『左腕』を中心に地面がひび割れ、粉々に砕け散った。

『左脚』は華麗に着地すると、腰に手を当てながら、首をぐるりと回す。そして油断することなく、地面に横たわる『左腕』を睨みつけた。地面に直径一メートルほどのクレーターを作った『左腕』は、特にどうということもなく、むくりと上半身を起こした。

「……これは──」

『左腕』が何か言おうと口を開いた時、近くのビルの脇道から、突然、黒い影が飛び出してきた。その影は道路を猛スピードで走り、瞬く間に二人から離れていく。『左腕』が呆然とした面持ちでその影を見つめている。そして、その影が視界から消えると、『左腕』は立ち上がり、『左脚』に詰問する。

「あれはなんだ?」

「ん? いいだろアレ。俺が偶然見つけたバイクなんだけどよ、ちと手直ししたらちゃんと動くようになったんだぜ。道路にはゴロゴロと乗り捨てられた車が転がっちゃいるが、やっぱ街を走り回るなら、車よかバイクに限るよな。気持ちいいぜ? なんなら今度、ケツに乗せてやろうか?」

「そんなことは聞いていない」

 珍しく苛立ちを露わにする『左腕』。そんな彼──いまは女の格好だが──の姿を見て、『左脚』はちょっとした小気味良さを感じる。

「バイクに乗っていたのは、モースに侵入した人間だった。なぜお前が人間の味方をしている。お前が母上から承った役割は、モースに侵入した者を始末することのはずだ」

『左脚』はニヤリと笑うと、右足を引いて半身になり、腰を落とし、両手を鉤爪のように鋭く尖らせた。そして、その指を鉄よりも硬く柔軟な合金へと変化させる。人体の改変。スノーにより支配されたこの身体を、彼は意のままに操ることができる。

『左脚』は『左腕』に対する敵意を隠そうともせず、獰猛に笑って答えた。

「理由は単純だぜ。俺はもうこんなカビ生えた所で過ごすのは御免なんだよ。もっと広い所に出て、色々楽しみてえ。じゃねえと、生きている意味なんざねえだろ」

「私たちは母上のために存在している」

「糞食らえだ。母上に従う人生も、最後に食われちまう運命もな。そんな時に、面白え人間が空から降って来た。こりゃあ、いい機会だと思ったね。彼女の目的も俺の目的も、いわば母上から逃げ切ること。だから手を貸してやることにした」

「愚かしいな。母上に産んでもらった恩を仇で返すとは」

「そういうもんさ。子供ってな」

『左脚』は鋭く眼を光らせて言う。

「母上に産んでもらって十一年。ちと早いが、俺の反抗期ってやつさ」


『左腕』がリディたちのいる建物に乗り込んでくる少し前。

「……なんか、すごく気持ち悪いですね」

「そう言うな。俺だって別に気分がいいもんじゃないんだぜ」

 リディは暫く躊躇うも、意を決してそっと口を開く。『左脚』が右手の人差し指をリディの口の中に入れ、彼女はその指をパクリと口に咥える。

「お……おおお」

 気色悪い声を上げながら、ビクビクと身体を震わせる『左脚』。リディが『左脚』を半眼で睨み付けると、彼は「冗談だ」と犬歯を見せて笑った。

「さてと……うし。もう離してもいいぜ」

「……これで、その精神感応(テレパシー)って言うのが使えるようになったんです?」

 リディは口を開き、『左脚』の指を離すと、唇を袖で拭った。その彼女の態度に、『左脚』が「別に汚くねえよ」と不満げに呟き、リディが咥えていた指をパンツで拭う。

「おお。今、リディちゃんの身体の中に、俺のモノをぶち込んでやったからよ」

「明らかに意図的に、如何わしい表現をしているように思えますが」

 ジトリと『左脚』を睨み付け、リディが言う。だが、『左脚』はカラカラと笑うだけで特に謝罪もなく、話を続けた。

「俺の一部を溶かしてリディちゃんの身体に寄生させた。これを中継点にすることで、俺とリディちゃんはある程度の距離なら、心で会話や簡単な意思伝達が可能になる」

「大丈夫なんですか? 副作用とかないんですかね?」

「心配するな。五十年前にモースにいた人間どもが当たり前に使っていた手法さ」

「その人達って、ビックフットになったんじゃなかったでしたっけ?」

「そりや寄生したスノーの暴走だな。今回リディちゃんに寄生させたのは、暴走したりリディちゃんの身体を支配したり、それができるだけの濃度じゃねえ。心配すんなって」

 そうは言われても、何となく良い気分はしない。リディは腹の辺りをさすりながら、『左脚』に問い掛けた。

「『左脚』さんはあたしの手助けをしてくれると言うことですが、大丈夫です?」

「おう。俺も母上の圧政には辟易していたからな。お互い協力し合おうじゃねえか」

「あ……そうじゃなくて、マリナを助けることが大丈夫か聞きたいんですが」

「ん……ああ。なるほどね。そいつの確約は難しいな。先に話した通り、俺たちは母上から切り離された『四肢』だ。んで、マリナってのはその一つ、『右腕』だと思われる。だが、リディちゃんの話から察するに、いま『右腕』の身体には『左腕』が入り込んでいやがる。野郎は戦闘こそ不得手だが、そういう小細工は抜群にうめえ。その子の身体は、『左腕』に支配されていると考えて、ほぼ間違いないだろうな」

 マリナの身体が他人に操られている。その想像は、リディに驚くほどの嫌悪感を与えた。それは、マリナが友人だからなのか。それとも、マリナに母の面影があるからなのか。そのどちらなのかは、リディにも分からない。

「マリナから『左腕』を出す方法はあるんですよね?」

 期待を込めて、リディは『左脚』に問い掛ける。彼は「難しいな」と呟くと、その言葉通り難しい顔をしてみせた。

「身体を出る出ないは『左腕』の気分次第だ。だからよ、野郎がその身体を出たがるように仕向けるしかねえな」

「どうやるんです?」

「めちゃくちゃにぶん殴ってみるとか」

 あまりに突飛で物騒な『左脚』の発言に、リディは慌てて制止を掛けた。

「ちょっと、冗談はやめてください!」

「冗談じゃねえさ。身体が使い物にならなくなれば、別の身体に移動するかも知れねえ。例えば、モースを彷徨いているビックフットとかにな」

「た……確かですか?」

「だから言ったろ。確約はできねえ。やるだけやってみるさ。これでも喧嘩には自信がある……と」

『左脚』は話を中断すると、素早くと窓に近寄り、外から姿が見えないよう、陰に隠れた。リディが「どうしたんです?」と問い掛けると、彼は声を潜めて答えた。

「いま、窓の外に女の姿がちらりと見えた。白髪の白い服着た奴だ」

「マリナ!」

 思わず窓に駆け寄ろうとするリディを、『左脚』が掌を向け制止する。

「あれがマリナだってなら、今は『左腕』の野郎が支配しているはずだ。んで、こっちに向かってきてやがる」

「こっちに? どうして」

「ここが俺の住処だってのは奴も知っているからな。恐らく、『右腕』を回収したんで、母上から召集が掛かったんだ。こいつはウカウカしてらんねえぞ」

 言うが早いか、『左脚』はリディの下に駆け寄り、彼女の背中を押して、部屋の出入口前に誘導する。目を丸くするリディに、彼が今後の行動を口早に告げる。

「野郎は俺が叩きのめす。ただ、リディちゃんが近くにいると、ちと戦い辛い。野郎がリディちゃんを人質にすっかも知れねえし、何よりリディちゃんも友人がボコられる姿なんざ見たくねえだろ?」

「どうすればいいんです?」

「この建物の脇に俺のバイクを止めてっから、そいつでことが済むまで街の中を逃げ回っていてくれ。時速四十キロほど出せば、街に彷徨くビックフットからも逃げられっからよ」

「ばいく? 何ですかそれ? 馬みたいな物なんですか?」

「電気で動く二輪……ああ、何でもいい! 乗り方とかは、さっき話した精神感応(テレパシー)で伝えっから、ここをすぐ離れてくれ! 野郎に見つかっちまうぞ!」

 リディは背中を押され、部屋から廊下に出された。彼女は『左脚』に振り返ると、戸惑いつつも、彼に声を掛ける。

「あの……色々ありがとうございます。『左脚』さんも気を付けて下さい」

 リディに背を向けた『左脚』が、右手だけ上げて彼女の声に応える。リディはそれを確認すると、踵を返し、廊下を走った。


(いいぜ、リディちゃん! 初めてにしては運転うまいじゃねえの!)

 モースの街を、バイク──前後に一つずつ、計二つの車輪が付いた鉄の乗り物で、革の座席に跨るように座り、前方に突き出たハンドルを操作して、動きを制御する──で走っている時、リディの頭の中に陽気な声が聞こえてきた。マリナと対峙している『左脚』の声だ。リディはガチガチに震えながら、全く余裕なく、その声に返事をする。

「ここここ怖い……はは速い……ささ寒い……なな何なんですか……これ……馬が引いている訳でもないのに……こんなに速く動いている……」

 モースの街並みが、次々と視界の端に流れて消えていく。その速度たるや、恐怖で身が縮こまるほどだ。しかも、それを生み出す動力がまるで見当もつかない。最近になって大陸で稼働を始めた、蒸気機関車と同じ仕組みなのかとも考えたが、咽せ返るような蒸気がこの乗り物から出ていないところを見ると、恐らく、異なる動力で動いているのだろう。

 顔面を叩く寒風に表情を凍らせつつ──ニット帽をなくしたことが悔やまれる──、リディは声に出しながら、頭の中にいる『左脚』に話し掛ける。

「けけけ結局……ああああたし……この後……どうすればいいんです?」

(言ったろ? このまま街を逃げ回ってくれ。そのバイクには自動姿勢制御(オートバランサー)の機能があっから、かなり荒っぽくハンドル切っても転ぶ心配はねえぜ。余裕があるならよ、ツーリング気分で街を観光して構わねえ)

「よよよ余裕なんてありません。手袋をしているのに……手がかじかんで……うまく操作することが──うっきゃあ!」

 リディの進行方向にビックフットがいた。彼女は、慌ててハンドルを左に切りビックフットの横をすり抜けると、すぐにハンドルを右に切り直し、態勢を整える。リディは肩で息をしながら、極度の緊張で早鐘を打つ心臓を必死に宥めた。すると、頭の中で『左脚』が口笛を吹いた。

(お見事。意外に運動神経あるじゃねえの。リディちゃんよ)

「ししし死ぬかと思いました……てか、この道路……すごく危険ですよ……ビックフットはそこら中にいるし……変な鉄の箱がいっぱい転がっていますし……」

(鉄の箱? ああ、そりゃあ車だよ)

「くくく……くるま?」

(まあ、何だっていいさ。兎に角、その調子で頼むぜ。俺もリディちゃんとお喋りする余裕はなくなると思うからよ、あとは適宜、リディちゃんの判断で動いてくれな)

「ががが……頑張ります」

 そして頭の中から『左脚』の声が聞こえなくなる。リディは大きく深呼吸をすると、恐怖を振り払うように強く首を振り、表情を引き締めバイクの操作に集中する。余裕など欠片もないが、それでも恐怖には慣れたせいか、自身の視野が広がるのを感じる。だからなのか、ハンドルに付けられた鏡に、人影が写り込んでいたことに、リディは気が付いた。

(あれ?)

 その人影はすぐに鏡の死角へと消える。そして鏡から目を離したリディは、彼女のすぐ横を並走する女性を見つけた。

 垂れ気味の大きな瞳。厚みのある唇。肩口で切り揃えた緩やかにカーブする髪。タートルネックのセータに、柔らかい生地のロングスカート。どこにでも居そうな、特徴のない女性だった。

 その雪のように白い髪と、黄金に輝く瞳を除いては──

 バイクと並走するその女性が、リディに向かってニッコリと微笑み掛けた。

「バイクに乗って逃げるってのは想定外だったから、追いつくのに時間掛かっちゃった。だからさ、これ以上の面倒は止めてよね」

 そう言うと、女性は右腕を巨大な鈍器(ハンマー)に変形させて、「ほい」と気の抜けた掛け声とともに、それをリディに叩きつけた。

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