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第2話 氷の棺と冬が続く理由

「なんか小屋が見えるニャ!」


 アメショが嬉しそうにハクマに告げる。


「ああ、薄っすらと魔力が漏れているのを感じて、その方向に向かってきたからな。温かな優しい魔力を感じるし、悪い人ではないと思うよ」


 ハクマは辺り一面の雪景色の中、灯台を目指す船のように、魔力を目指して歩みを進めてきたようだ。

 少し先に見えるのは木でできた小屋。ログハウス風といったところだろうか。

 周囲に他の小屋が無い所を見ると、休憩所のようにも見える。


「ハクマの勘は当てにならないからね。大体どの世界でもトラブルに巻き込まれるニャ……」


 アメショはそう言って、再びハクマの懐に潜り込んでしまった。



◇◇◇



「ごめんくださーい」


 ハクマは小屋の扉をコンコンと叩く。


 返事は無い。

 しかし、ハクマは魔力の気配から、小屋の中に誰かが一人居ることは確信している。


「居留守ってやつかニャ」


 ハクマの胸元から顔だけを出す猫。


「うーん、魔力の感じから悪い人ではなさそうなんだけどなあ……。弱ってるとか、動けないとかそんな感じでもないし……」


 ハクマはある程度近くによれば、魔力の様子で大体のことは分かるようだ。

 さらにブツブツと呟く。


「ここを逃すと次の小屋は暫く無さそうだし、背に腹は代えられないよね……」


 アメショに呼びかけるでもなく、ハクマの独り言のようだ。

 アメショが扉を壊すの? 壊せるの? みたいな目をハクマに向けたところで。


「もうダメだー! 俺の命はどうやらここまでのようだ! せめて最後は暖かい所で死にたかったなあ!! うわー!!」


 ハクマが大根役者も真っ青な、大声棒読みセリフを叫び始めた。

 雪世界にポツンとログハウス。その扉の前で叫ぶ青年、懐に猫を忍ばせてである。


「ついに狂ったかニャ」


 アメショが呟いた所で、ガタッと扉のカンヌキを外す音。続いてギイっと扉が開いた。


 叫ぶのを止めたハクマとアメショの視線が、自然と小屋の中から現れた女性に向かった。

 中から現れたのは、金髪碧眼の妙齢の女性。黄金色の髪は背中まであり、その容姿は女神が降臨したかと思わせるものだった。


「…………」


「…………」


「…………」


 固まる三者。女性はしまった騙された、という風な表情をしている。


「こんにちは、遭難してるのは当たらずとも遠からずです。どうか中に入れてください」


 ハクマはすかさず女性に話しかける。

 女性は観念したのか、溜め息をついてから「どうぞ」と小屋の中に上がることを許可してくれた。


 小屋の中は二十畳くらいの広さだろうか。テーブル、調理器具、家具等があり、とても生活感のある雰囲気になっている。


 ただ一点、部屋の隅に部屋の雰囲気に似つかわしくない「異物」というべきものがある。


 ハクマは小屋の中に入ってすぐに、その存在(・・)に気づいたが、女性の振舞い方があまりにも自然な感じなので、それについて聞くタイミングを逸してしまった。


 今は女性が紅茶を入れてくれるということで、テーブルの所で椅子に座って待っている状態だ。もちろん猫は懐から顔ヒョイである。


 ただハクマは落ち着かない。気分はまるで殺人鬼に食事をご馳走になるかのようだ。


「ねえ、ハクマ。あれって?」


 アメショが部屋の隅にある「異物」を鼻で指して問いかけてくる。


「ああ、魔力がまるで感じられない。死んでいるか、人形か……。あまり良いものではない気がするな」


 女性に聞こえないように、ハクマは小声でアメショに答える。


 部屋の隅にあるもの、氷の棺と言うと分かりやすいだろうか。鎧を装備した男性が一人、完全に氷に覆われた状態で、部屋の隅に鎮座している。よく見ると男性は身体中のあちこちが傷だらけで、瀕死の重傷の状態で凍らされたというのがイメージに近いだろう。


 何このシチュエーション?とハクマ達が戦々恐々としていると、女性が湯気の立つコップを持ってテーブルに戻ってきた。

 猫舌のアメショは置いておいて、自身の回復魔法に絶対の自信を持つハクマは、毒でも何でも来いと、目の前に置かれたコップに手を伸ばす。


「あなた達、アレについて何も聞かないのね」


 女性の方から切り出してきた。


「俺達は通りすがりの旅人です。他所様の事情に土足で踏み込むようなことはしないつもりです」


 ハクマはなんとなく丁寧な言葉づかいになってしまう。目の前の女性が美しいだけに、より恐ろしさを感じているかのようだ。


「ふぅ……、しょうがないけど、あなた達は色々勘違いしているよ。氷漬けにしたの、私じゃないからね。それに彼は私のとても大切な人なのよ」


 女性は氷の棺に視線を向けた。その視線は、寂しさと悲しみをたたえていた。


 一瞬ハクマは、『あまりにも大切すぎて、永遠に傍に置くために凍らせたのか!?』と猟奇的なことを考えたりしたが、どうもそんな感じではないようだ。凍らせたのは彼女ではないようだし。


「俺の名前はハクマで、このネコはアメショです。口は堅いつもりです。俺達に話すことで、少しでもあなたの気が楽になるなら事情を話してください」


 小屋で休ませてもらったお礼では無いが、ハクマは自分にできることなら何かしてあげたいという気持ちになっていた。


「そうね……、ずっと一人でもう限界も近かったし、聞くだけでも聞いていってよ」


 そう言って女性は語り始めた――。


 この女性は「春の女王」、「冬の女王」と「氷の棺の中の男」と三人は幼馴染だった。

 成人を迎えた春の女王と、冬の女王は季節を廻らせる役割を受け継いだ。

 幼馴染の男は、女王達の愛したこの世界を守るために過酷な修練を乗り越え、その強さは伝説の英雄に比肩するものだった。三人はこれからもずっと世界は穏やかにと願っていた。


 そんな冬のある日、巨大な熊の姿をした悪魔が塔に向かってやってきた。


 その悪魔は塔を破壊し世界を混乱に陥れようとしていた。季節の理を乱し、世界が絶望に包まれることこそ悪魔の目的。

 悪魔の膨大な魔力を持ってすれば、塔のバリアも破られてしまう。


 塔の季節の間に居た、冬の女王はもちろん、コマメに連絡を取り合っていた春の女王と幼馴染の男は、悪魔がやってきたことに気づいた。


 悪魔の力を普通の人間では歯が立たない程で、唯一まともに戦えるのは幼馴染の男だけだった。季節の女王達は魔力こそ常人を遥かに超えるが、魔法に強い耐性を持つ悪魔を相手するには無理があった。


 人知れず世界の平和を背負い、幼馴染の男は一人悪魔に立ち向かった。


 壮絶な戦いの末、手傷を負った悪魔は「必ず再びやって来る」という言葉を残し、退いていった。

 悪魔を撃退した男であったが、瀕死の重傷を追ってしまい、もはや死を待つのみの状況。


 男の傍で涙を流す「冬」と「春」の二人の女王。

 彼の死を前にして、彼を愛していたことに二人は気づいた。


 そして、「彼」を失ったら、人類は悪魔に対抗する術を失ってしまう。


 二人の女王は話し合い、冬の女王の氷魔法で幼馴染の男を氷漬けの仮死状態にすることにした。

 ここまでの瀕死の重傷は回復魔法で治すこともできず、仮死状態を再び解くこともできない。


 先の解決策は無いが、そうするしか無かった苦肉の策だった。


 春の女王がシーズン・タワーの季節の間に住むと季節が春になり、男の凍結が解けて死んでしまう。

 男が死んでしまったら、人類は悪魔に勝てない。

 悪魔は傷が癒えたらまたやって来ることを考えると、時間はあまり無いかもしれない。


 解決策の無いまま、冬の女王は冬を続けた。

 春の女王は、人々に見つかれば悪魔の強大さ、幼馴染の男の強さを知らない人々は、彼を犠牲にしてでも季節を廻すことを望むことが分かっていた。


 頼みにできる人もいないまま、小屋で悲嘆に暮れていたのだった――――。



「なんてことだニャー……。ハクマー、手助けするよ。僕はもう決めたニャー」


 いつの間にかテーブルの上に飛び出していた猫は涙をダラダラと流している。


「ありがとう、猫さん。でも、彼を助けることも、悪魔を倒すことも無理だって分かってるの。話を聞いてくれてありがとね」


 悲しげにニコリと微笑む春の女王。この数ヶ月、どうにかする方法がないかを探していた春の女王は、心が折れかけ諦めの気持ちに支配されている。


「アメショ、また勝手に先走って……。けど、手助けするのは俺も賛成だ。一宿一飯の恩義は返さないとな」


 まだ食べてないし泊まっていないが、その辺は言葉のアヤだ。


 目をパチクリさせる女王を残して、やる気を見せる青年と猫だった――。

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