06
「幽霊の正体ですか?」
驚いたように声をあげたラウラに、アルマントは小さく笑う。
「……あなたがこちらに来たのは、それを訪ねたかったからでしょう?」
戸惑ったようにあたりを見つめていたラウラは、おずおずとうなずく。
「知っているの?」
「いえ。残念ながら」
がくり、と肩を落とすラウラに、アルマントはははと笑う。
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「い……いいって。別に」
はあとため息を落とし、ラウラは手近にあった椅子にどっかと腰を下ろした。その時に腰にさげた剣ががちりと床に音を立てた。
その音にアルマントはようやく意識を戻したようで、はっと振り返った。
「君は……剣士なのかい?」
「あ、うん。まあね」
ラウラは照れたように笑いながらがりがりと頭を掻く。
「あたし、頭悪いから、体使うしかできないんだ」
「でも、君は女の子だろう。彼は止めないのかい?」
ラウラはおかしそうに笑う。
「エンジュが!? ないない」
「どうして」
「決まってるじゃない。生きていくためだからだよ」
「でも、君はまだ十六、七ぐらいだろう」
やれやれとラウラは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「あんたってホント心底のおぼっちゃんなのね。……まあ、こんな豪邸に住んでいるんだから、当たり前っていえば当たり前なんだろうけどさ」
「はは、あ、ありがとう……っていっていいのかな?」
「別に、ほめてないわよ」
そっけないラウラの言葉に、アルマントは再びはは、と笑う。
「エンジュは術師なの。結構腕はいいのよ。あと頭もね。ただ、性格は全然良くないけど」
「でも一緒に居る」
アルマントの言葉に、ラウラはうっと声を詰まらせそしてしぶしぶ頷いた。
「しょうがないじゃない。あいつとあたしは兄弟みたいなものだからさ」
「兄弟、みたいな?」
アルマントは首をかしげた。
「それにしては、あんまり似てないように見えるけど」
「あんまりどころじゃないでしょ。全然似てないよ」
何しろエンジュの髪は黒で瞳は榛色。ラウラはというと白に近い金髪で瞳は蒼だ。顔かたちもエンジュのほうは美形という言葉で方がつくが、ラウラはというとお世辞にも綺麗ではない。ひょうきんといわれたことならなんどもある。
「あたし、赤ん坊の頃森でエンジュの両親に拾われたの。で、それからずっと兄弟のように育ててもらったの。だからあたしにとってエンジュたちは家族なの。でも育ててくれたエンジュのお父さんたちが死んじゃって、その後エンジュがこの仕事をやるっていった時に、あたしも何か一緒にやれるものをとおもったんだけど」
ラウラは照れたように笑う
「あたし、頭悪いから。術師にはなれなかったの。だから剣士を選んだんだ」
「ご、ごめん……」
あわてて頭をさげるアルマントにラウラはからからと笑った。
「やだ、謝らないでよ。こんな話、下町じゃあザラだよ。いちいち気にしたらダメだって」
「そ……そうなのかい?」
「まあね。アルマントの父さんは……あの人か。ってゴメン」
「いいよ、私もそう思っているからね」
アルマントは笑う。
「しかし、あんな人でも一応父親だからね」
「あ、えっと、他の家族は?」
「母は五年前に亡くなったよ」
アルマントの顔に一抹の寂しさがよぎる。
「優しい母だったよ。でも、私以外には子どもができなくてね。亡くなるまでそのことをずっと気にしていたな」
この時代、子供が大きくなるのは運が大きく左右する。
そう考えるとラウラはとても幸運だったと考えても良い。普通ならば親のない子。それも赤子の運命など考えるまでもない。良くて数日。悪ければその日のうちに両親の元へと旅立つ。
しかしそれは、何もラウラたちに限った話ではない。
国の中心にある王都にあっても、さらに特権階級だとしても未だ子供の生存率はまだまだ高くない。流行り病気などは体力のない子供に真っ先に襲いかかる。だから貴族などは子供を多く作る。彼らには育てられる財力があるから。
そう考えると伯爵家なのに子供がアルマントのみというのはかなり珍しいことだ。大抵の場合、母親が子を成せない時は、外に子どもをつくることを大っぴらに奨励しているほどだ。
あんな伯爵でも妻を愛していたのだろうか。
「……アルマントはお母さん似なのね」
「え?」
アルマントの顔がわずかにこわばる。
「どうして……そう、思うんだい?」
「え、だって……」
あの伯爵はお世辞にも美形には程遠い。迫力ある顔と言った方が近い気がする。
思わず口ごもったラウラに、アルマントはわずかに目を伏せた。
「似ていたらよかったんだけどね。残念ながら、母にも似ていないんだよ」
「え……」
ラウラは声を詰まらせる。それはどういう意味だろう。
ひどく困った様子のラウラに、アルマントはひとの良い笑みを浮かべた。
「ああ、すまない。どうやら母の祖父の若い頃に似ているらしいんだ。まあ、噂だけどね」
「ふうん。そうなんだ」
ならばアルマントの祖父はそうとうな美形だったのだろう。
エンジュもそこそこ根性の入った美形だが、アルマントはそれ以上。ただそこにいるだけで人を惹きつける魅力がある。
「……おじいちゃんもその顔か……なかなか根性入ってるわね」
「え?」
「ああ、いや、こっちの話し」
あはは、とラウラは笑う。そしてぴょんと椅子から立ち上がった。
「さてと、仕事に戻らなくちゃ」
「仕事……ああ、幽霊か」
ぎこちなく笑うアルマントに、ラウラは微笑んだ。
「エンジュが戻ってくるあいだに、ある程度やっておかないと本気で怒られるからね」
幽霊を退治したらアルマントは王都に戻らなければいけない。望まない結婚を強いられている彼にとってはこの結末は決して嬉しいものではないはずだ。
だとしたら自分たちがやっているのは一体何なのか。
一瞬よぎった考えを、ラウラは振り払うように首を振った。
エンジュが戻ってきたのは次の日の夕方のことだった。