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水妖の涙  作者: 蒼野理人
4/9

04

「はあ?」


 ラウラは驚いたようにエンジュを見る。


「何いってんのよ、さっきまでへこへこしてたくせに」


 むっとしたようにエンジュはラウラを睨む。


「誰がへこへこしてたって?」

「してたじゃん」


 でなければさっきのはなんだったんだ。

 自分には仏頂面だったくせに、アルマントにはめったにみせない笑顔すらみせていた。

 そもそもエンジュはアルマントとはタイプこそ違うが、顔立ちは普通より上。いや、かなり上等な部類に入る。そのせいか仏頂面であっても美しさは損なわれるものではないが、笑顔となるとまた別格。ラウラにはめったに見せてくれないけど――むっつりと返すラウラに、エンジュは頭を横に振り馬鹿が、と呟いた。


「さっきの話しを聞いてなかったのか」

「え? 部屋を二つにしなくていいかってこと?」

「違う。そんなことじゃない」

「じゃあ何よ」


 顔をしかめたまま首をかしげるラウラに、エンジュは馬鹿にしたように鼻をならした。


「お前、ここに三月いたらどうなる」

「は?」


 答えろよ。そう見つめるエンジュに、ラウラはむうと口をとがらせ腕をくんだ。


「ここでしょー? あたしだったらここで好き勝手できるなら別にいいけどなー」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった」


 やれやれというようにエンジュはため息をつく。


「だって、ここだよ? あたしたちの家とは雲泥の差じゃない。雨漏りだってしないしさ」

「そう言う意味じゃない」


 小さく笑い、エンジュはのそりと半身を起こす。


「じゃあ例えを変えよう。もし、俺たちの家に三月閉じ込められてしまったらどうする?」

「そりゃ焦るよ!」


 報償の大半は右から左に流れてしまい、貯金といったものはほんのわずかだ。一月閉じ込められてしまっただけで干上がってしまうだろう。

 それ以前にあんな狭いところに押し込められたら気のほうがまいってしまうだろう。


「ここならいいけどさぁ」


 エンジュはうなずく。


「まあ、そうだろうな。そう考えてみるとあいつの態度はおかしい」

「あいつ?」

「アルマント」


 ラウラはああ、とうなずく。

 たしかに彼からは伯爵のように慌てている様子はなかった。

 むしろ落ちつきはらっている彼の態度は、こんなおかしな怪異によって閉じ込められている人とは到底思えない。


「そういや、気がつかなかった」

「お前な……ま、あいつがお前のようなのんき者ならば話はいいが、どうもそうではない」

「どういうことよ」


 ラウラはエンジュの寝ころんでいる寝台に腰を下ろす。エンジュは唇をゆがめた。


「結婚するって言ってただろ。それも相手は王妹ときた……なかなかどうして、奴はやるな」

「え?」

「王妹の結婚相手といえば、通常は他国の王族だ。伯爵、子爵程度では相手どころか、話にすらならない」

「どうしてよ! 貴族っていえば偉い人にかわりはないんじゃない? 結婚ぐらいしたって」


 エンジュはゆるゆると首をふった。


「王族の結婚というものは庶民のそれとは全然違う。彼らの結婚はいわば国の外交、軍事にかかわることだからだ。結婚というカードを使い、たがいの結束を強めていく。王族の婚姻とは通常そうあるべきなんだ」

「じゃあ、アルマントの結婚は」


 エンジュは薄く笑う。


「王族に生まれた者がそれらを理解してないはずもない。それを知ってもなお、奴と結婚したいと王に願いでた。それがどういう意味かわかるか?」

「すごく好きだった?」


 ラウラの答えに満足したのか。笑みをたたえたまま、エンジュは深くうなずいた。


「ま、そんなところだろう」


 あの容姿ならな。続くように呟いたエンジュに、ラウラは気の抜けた声をあげた。


「つまり……あのう、アルマントは」

「容姿をつかい王妹をたらしこんだ。そこに心があろうとなかろうと俺のしったことではないが、これっぽっちも計算がなかったとは到底信じられんな。そんな男が、この三か月こんな場所にとらわれていても平然としていられるのはどうしてだ?」


 そういい黙り込んだエンジュに、ラウラは頭をふるともう片方にある寝台に腰を下ろす。


「そりゃ、好きで結婚するんだから待つでしょうよ。三か月ぐらい」

「ラウラ……お前なぁ」


 エンジュはやれやれというように頭を振り、そしてため息をつく。


「まあ、いい。今までの話が本当ならそろそろ出てくるだろうよ。三か月もあの色男をこんな僻地に閉じ込めておいた奴がさ」


 がたり、と窓がしなる。

 風がまた強くなったのだろう。五月蠅いほど揺れる窓を、ラウラは見る。

 この様子では湖はさぞ荒れていることだろう。ラウラは寝台から立ち上がり、窓辺へと寄った。

 もうあたりはすっかり闇に覆われ、明るい部屋からは外の様子をうかがうことはひどく難しかった。ラウラは眼を凝らし、湖を見る。月が出ていればここからでも水面の様子はうかがえることだろう。だが、


「あ……」


 ラウラの声が震える。大きく見開いた眼が窓の向こうに注がれた。

 寝台の上で再び体を横たえていたエンジュは、彼女の声に飛び起き、窓辺による。そして窓から外へと視線をむけた瞬間


「やはり、な」


 闇に覆われここからは見えるはずもない水面がほのかに光を帯びはじめた。

 まるで湖底からわきあがるように放つ光は、水面で一つのまとまりになり、やがて何かの形になった。


「あれ……は」


 女だ。


「あれが、そうか」


 青白い光を放ちながら、女の形になった光は水面をすべるように歩く。湖畔に近づくと、女は足をとめゆっくりと顔をあげた。瞬間、エンジュは感嘆の声をあげた。


「ふうん、なかなか美人だな」

「はあ? あんたねぇ……」


 どこをどうみたらあれが綺麗とかそんな話になるのだ。たしかに顔形は整ってはいるが、光っているのだ。目も、顔も、ぴかぴかと。

 大体、人が光ることなどありえない。というか、ありえないから幽霊とかそういう話なのだろうが。がくがくと震えるラウラに、エンジュは馬鹿にしたように笑う。


「まさかラウラ、お前、怖いのか?」

「あたりまえじゃない! だって、幽霊だよ!」


 はあ? とエンジュは声をあげる。


「なんで怖いんだよ。何もしてないぞ」

「え?」


 エンジュの言葉につられ、ラウラはあらためて女を見る。たしかに彼の言葉通り、幽霊は湖畔までくると足をとめそれ以上こちらに近づいてくる気配はない。ただこちらを見ているだけだ。


「本当だ……何もしてこない……でも、どうして」

「さあな」


 エンジュは肩をすくめる。

 幽霊はこちらをむいたまま、ゆっくりと唇を動かす。そして


「消えた!」


 女の体がぐにゃりと歪み、まるで煙のように掻き消えてしまった。水面はあいかわらずちらちらと揺れている。

 ラウラはぐしぐしと目をこすりあらてめて湖を見るが、やはり幽霊の姿はない。


「……え、ええ、エンジュ、あの、いいいい、今のは」

「つまらんな」


 鼻をならし、再び自らの寝台に戻るとエンジュはごろりと寝ころんだ。


「何もしないとは。根性無しめ」

「はああああ!?」


 ラウラはエンジュにかけより、思わず胸倉をつかむ。


「ななな、何いってんのよ! 充分ビビらせてもらったわよ! これ以上何しろって言うのよ!」

「なんだよ。ただ、見てただけだろ。別に殴り飛ばしにきてるわけでもあるまいし、あれのどこにびびるっていうんだ。だからお前はいつも肝心なところでヘマをするんだ」

「悪かったわね、あたしはエンジュみたいに鋼の心臓してないわよ!」

「耳元でどなるな五月蠅い」


 目を散らば知らせがなるラウラをエンジュはうっとうしそうに見る。


「それに、見ていたのは俺たちじゃない」

「え? 俺たちじゃないって、じゃあ……」


 ラウラは再び窓を見る。この位置からは湖は見ることができない。


「じゃあ、何でこっちみてたんだろ」

「そりゃ、見たいものがあるんだろ。こっちにな」

「こっち?」


 この屋敷に今いるのはあたしとエンジュ、あとはあのビビリの伯爵とそして


「まさか、アルマント……!?」


 エンジュはフンと鼻をならし、胸倉をつかむラウラの手を振り払うと再びごろりと横になった。


「大方男女のもつれとかだろう。やれやれ、意外性のかけらもなくて逆に驚くな」

「ねえ、エンジュ」


 寝ころぶエンジュの脇にラウラは肘をつく。薄眼をあけたエンジュに、ラウラは窓を見つめたまま口をとがらせる。


「だったらさっさとやっつけようよ。つまんないんでしょ。さっさと片付けて家賃払いにいこうよ」

「やっつける? 何をだ」

「だからあのゆ……、ゆう、幽霊をさ」


 言葉にするだけで震えがよみがえってくる。怯えたように見るラウラに、エンジュは小馬鹿にしたように笑う。


「いいな、お前は。考え方が単純で」

「なによそれ」


 眉をつりあげるラウラに、エンジュは両手を頭の後ろに回す。


「俺たちに依頼するまでどのぐらいあったと思うんだ」

「さ、三か月?」


 ラウラは小さく声をあげた。


「まさか、いろんな人がやったけど無駄だったってこと?」

「そんなところだろ。思いつきそうなところはすべて頼んだが、取り除くことがまったくできなかったというところだろう。でなければ俺たちのようなところになど依頼するものか」

「はは……は」


 やっぱりそうか。そんなことだろうと思った。

 有名どころに片っ端から依頼していて、それでもダメだとなると先行きはひどく暗い。何もしないで見ているだけの幽霊だ。さっさと終わらせて帰れるとばかり思っていたが……。がっくりと肩をおとすラウラに、エンジュはごろりと背をむけた。


「ま、どうせ今日は終わりだろ。とりあええず、寝ろ」

「あ、ははは……」


 肩をおとしたまま、ラウラはエンジュの隣にある寝台によじ登る。

 美味しい仕事だと思ったのに。幽霊なんて出ないと思ったのに。大きくため息を落とし、ずりずりと上掛けの中へと潜り込んだ。

 どんよりと重い気持ちのまま、ラウラはゆっくりと眠りの中へと落ちていった。


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