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4.茂木由蔵

 若い女性が足早に去っていく。

 事情はなんとなく察することができる。私は彼等の一部始終を見ていた。

 私は彼女の座っていたテーブルに近寄り、残された紙袋を手に取る。

 紙袋には我が社のロゴマークが刻まれていた。経営が傾き、余命いくばくもない小さな枕会社だ。

 おそらくどこかで間違えて持ってきてしまったのだろう。これのせいで、彼女らは破局したのだ。

「枕がどうとか言っていたな」

 私はほとんど客のいないカフェを見回し、自分の行いが窃盗として見られないかを確認した。幸いなことに、誰も私の姿に気付いていなかった。

 息子と同じくらいの年齢だったな。席に戻りながら、思い返す。

 喧嘩別れ気味に息子が家を飛び出してからもう三年が経った。今頃どうしているのだろうか。

 いや、感傷はやめよう。

 私は紙袋の中身を覗いた。

「これが枕?」

 さすがの私も目を疑った。仕事上、様々な枕を扱ってはきたが、まさかレンガを枕として扱うことなんて考えもしなかった。

「どういうことだ?」

 そのまま紙袋に入っていた企画書に目を通す。

 なかなか悪くないアイディアだ。うまくことが運べば、飽和状態にある枕市場に新たな風を起こすことができるだろう。

 ひょっとしたら倒産寸前の我が社を救える力を持っているかもしれない。

 しかし、こんな奇抜な企画は採用できない。

「こんな前例のない枕、通るわけがないだろう」

 家出した息子が考えそうな企画だ。

 息子は高校生の頃から、奇抜な枕ばかりを考案してきた。枕会社の社長である私に、商品化してくれないかと何度もしつこく持ちかけてきていた。

 私はそのすべてを却下してきた。息子とは枕に対する方針を一度として共有することができなかった。

 このレンガ。実にあいつらしい企画だ。

 考えていくうちに、そうとしか思えなくなった。

 懐かしさすら覚える奇抜な枕。

 たとえば、息子が家出をせずに会社を継いでいて、私が息子の奇抜さを認めていたとしたら……。

 私はレンガを後頭部に当ててみた。冷たくて堅い。しかし新鮮な感触だ。

 目を閉じ、想像する。この枕を使ってくれる人の姿を考える。

「……いいじゃないか」

 ふと、久しぶりに息子の声が聞きたくなった。

 そうだ。今夜にでも電話してみよう。

 あいつの考える枕について、じっくりと腹を割って聞いてみようじゃないか。

 


 後日談


 もうとっくに日が落ちている。酔いつぶれて丸一日寝過ごしたことになる。

 目が覚めるとすぐに、ケンがレンガを勝手に持ち出したことに気付いた。

 理由はわかる。昨晩のあいつは疲れた顔をしていた。就職活動がうまくいっていないことは痛いほど伝わってきた。

 ぼくは諦めまじりで、ケンの部屋を後にした。あのレンガが枕として世に出るなら、それが自分の手柄じゃなくてもいいじゃないかと言い聞かせる。

 諦めきれるとは言えない。それでも諦めようと思うことはできる。

 その時、電話が鳴った。見知らぬ番号だ。

「もしもし?」

「……敏彦か?」

「父さん?」

 突然だった。

 三年前、ほとんど喧嘩当然に別れたはずの父さんが、なんでいまさら……。

「実はな、敏彦。お前に聞いてもらいたい枕の企画があるんだが」

 

 

 終わり 


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