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1.茂木敏彦

 ぼくはひたすら眠かった。

 最近、眠りが浅い。一日に二時間も眠れればいいほうだ。

 視界が霞んでいる。地面を踏んでいる感触がない。

 原因は分かっている。

 枕だ。

 電車を乗り継いで三時間。今日は都会の枕専門店にまで足を運んだが、自分に快眠を提供するような枕は見つからなかった。

 今日もまた、寝心地の悪い枕で夜を明かすことになるのだろう。

 憂鬱だ。

 疲れがたまる一方で、一向に癒されることがない。

 最近の枕業界はだめだ。大衆に媚びてしまい、無難な性質のものしか生産しなくなっている。ぼくの好みである、後頭部を適度に支えてくれる固めの枕なんて作る気がしないのだろう。

 その時、足に何かがぶつかった。

 堅い。重い。

 レンガだった。ぼくの靴よりも一回りほど大きい、赤茶けたレンガだった。

 ぼくは惹きつけられるように道の上に屈みこんだ。周囲に人通りはなく、この道を通る車も一日に数えるほどしかない。誰かの邪魔になることはないはずだった。

 まるで柔肌で優しく撫でられているかのように、甘い吐息が吹きかけられているかのように、くすぐったいような、恥ずかしいような、不思議な感覚がぼくの後頭部を襲った。

 気付けば、ぼくは地面に横になって、レンガにそっと頭を載せていた。

 その瞬間、ぼくの全身に電流が走った。

 ぼやけていた景色が、強烈な勢いではっきりとしてきた。遠のいていた五感が急速に蘇ってきた。

 これだ。このレンガだ。

 胸の奥から甘酸っぱい鼓動が鳴り響く。色を増した世界がぼくを輝かしく祝福している。

 さまざまな枕を試した。ペットボトルや広辞苑――枕以外のものも試した。しかし頭を何に載せても、ぼくの心は休まらなかった。ぼくを癒してくれるものはなかった。

 やっと出会えた。

 このレンガこそ、ぼくに相応しい――ぼくだけの、枕なんだ。

 ぼくはありあまるほどの喜びを胸に、いつの間にか意識を失っていた。

 夢を見ないほどの、深い眠りだった。

 冬空に、静かな風が吹きぬけていった。


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