ふた葉ちゃん、がんばる!!!
「村正嬢、貴君との婚約これらの醜悪なる悪行にて破談とさせて貰う!!!憲兵諸君、彼女を取り押さえてくれたまえ、私自らこの国賊を処断する、せめてもの手向けだ、誇りに思うがいいよ」
そう言い放ち、目の前の美丈夫は腰に飾る無骨ながらその機能美に映える人殺目一級兵器「如月」を抜きはなった。皇国陸軍標準装備に指定されているそれの刀身は飾り気はないが彼の艶やかな黒髪に良く映えて輝き兵器に要求されるすべからく性能の発揮をどこまでも率直に語っていた。
すなわち、殺人。
愚直なまでにそれはただ一つそれだけを目的として鍛えられたモノだった。
ましてや人殺目一級兵器、「大陸」との大戦のなかで火線鮮やかなる戦場を刀一つで駆け抜けて狂い咲き、万民総じて剣を持ち赤子におけるまで例外なく死ぬまで闘える戦闘国家「ホウライ」における主力兵器、たとえ目の前にいるのが生きているのが信じられないほど白く、細く、今にも手折れてしまいそうなほどに生命を感じられない車椅子にのる落陽の人だったとしても躊躇いもせずに役目を果たすだろう。
ただ
惜しむらくはこれが、人違い
「殿下、妾は村正ではありませぬ、村雨が一族の末子、村雨一葉にござりまする…」
昔からそうだ、人前に姿を見せぬ彼女と名も、姿も人づてに聞けば似ているばかりにこれだ、いい加減にしてほしい
「なに…?しかして処女雪のように白き髪、闇に映える赤眼とまさにこれ君のことじゃないか、まさか…」
殿下の額にひと筋の汗が走る、現実を認めたくないのはわかる、意気揚々と戦勝祝いの席にて、いと高き方、われらが帝の前にて婚約破棄をせまったのだ、これに至るまでそれは途轍もない苦労があっただろう、諸華族にいたる根回し、村正嬢の悪行に対する証拠集め、その工作、この日全てを断罪してすべからく清算してあとを濁さないための全て。
殿下はこれで政において華々しく才能のある御方で、もしここで村正嬢を仕留められていればなべて世はこともなしとばかりに全てが殿下の思惑どおりに運んでいただろう。
もし、村正嬢を仕留められていれば
そんな世の理不尽全てをなくすようなことができていれば
「妾はおのこにありますれば、たとえこの股座にあてがう逸物がひとりを除いて役立たずになるよう仕向けられどもこの身は確かにおのこにございます、それが証になろうかと」
言い放つが早いか股ぐらをしかりと掴まれる、やるな、殿下、まさかじかに確かめてくるとは…この場には諸華族や帝だけならずこの事態の発端ともいうべき殿下の寵姫、傾国とも言うべき彼女、一文字家の令嬢、菊もいるというのに。
「た、たしかに…間違いなく君は男子、これは失礼した…」
暴虐とも言える騒動、卑しくも華族の一員たる僕にたいしての非道、生半可な皇子ならばこれでもはやお役ご免とばかりに打ち首だろう
ましてや男と女を勘違い、臣たる者の人違い、たとえそれがそう仕向けられた、偏った情報を与えられた末の行動だったとしても
が、これでやはり殿下は才人、たとえ失敗しようともそれで終わりではなく失態程度で済ませるがごとき根回しをしている、冷静さを失わず言を続けた。
「私としたことがとんだ珍事でお騒がせてしまったようだ、臣たる君たちには笑い話の一つとしてでもこれを許してほしい」
「しかし、しかしだ…!」
「どこに隠れているのか知らないが、村正嬢!、君の悪行はすべからくこれにて暴かれた、覚悟してほしい、君の御首がつながっていられるのもあとわずかだということをな…!」
悲しい
悲しくてたまらない、これでまた彼女の被害者がひとり増えるのだ、たまらず、僕は殿下にしなだれかかり許しを請うた
悲しい、彼にこれから待ち受ける運命が、たとえ全てを仕組んだのが僕だとしても
悲しい、けれど仕方ない、あれでもふた葉はおんななのだ、僕の、この、僕の、おんなだ
ゆえに、手を取り、媚びる、匂いつけはこれで十分か
「殿下、殿下…さしつかえなければこの哀れな妾に一言だけでも戯言を放つ御許しを」
なぜか殿下の頰が赤くなる、先ほど思う存分おのこであることは確かめただろうに
「あ、あぁ…許そう、村雨君、君にもすまないことをした、君にも私に言いたいことがあるだろう、どんな罵詈雑言だろうがここでは許そう、たとえこの頰を打たれようとしても文句はないよ」
器が大きい、やはり一国の皇子、それもこの物騒極まりないホウライの後継者、今回は私欲のためにこれだけのことを仕出かしけれどそれでもその傷は最小限になるよう謀を四方八方に仕向けている、それだけに、辛い
生きていれば、この僕の手足となって、どれだけ役に立ってくれたことだろう
「殿下、あぁ、殿下…」
「妾の従姉妹たる村正ふた葉は、皇国陸軍元帥村正ふた葉は、今も、昔も、いつも、大陸でその暴腕を哀れなる夷人に対して奮っているのでございます、それもひとりで一軍と成して」
「村正ふた葉には殿下が言ひたる数々の悪行を成すことは地理と日程上の理由をもって仕出かすことが出来ませぬ」
「しかし、しかし…」
「それは村正ふた葉が無実無根なる清らかなる身の証でもありませぬ」
「なぜなら…」
「あぁ、殿下、申し訳ございませぬ、もう、終わりでございます、これにて終い、穏やかなる日々のお終い…」
僕の言が終うがはやいか、突如この絢爛たる皇国典雅祭祀場の壁が、大陸が誇る極大爆破弾による直撃を受けてもぴくりともしないはずの壁が、裂けた
壊れたのでも、割れたのでもない、裂けたのだ
「ひとぉ〜つ」
ひとつ、袈裟斬りで
「ふたぁ〜つ」
ふたつ、逆袈裟に
「みっつ!」
みっつ、横一文字
三角、壁が斬り裂かれ
「どっ、、、こいしょっ!!!」
ひと蹴りそれを弾き飛ばした
それが人を巻き込んで鮮やかな赤をそこらに撒き散らしていく
いったい今の一撃で何人の華族が死んだのだろう
後始末がめんどくさい
「浮気かよ、いっちゃん、許さねーぜ俺は」
燃えるような赤髪とどこまでも獲物を捉えて離さない三白眼
「間男はオメーか、クソ皇子、いっちゃんに触れたその幸運を、噛み締めてくたばれ、クソァ!!!」
狂い獅子のごとく鍛え抜かれたそれを隠す、淫らに揺れるおんなとしてのカラダ
「これがわーったら、今日も布団でエビバディプッチンだぜいっちゃん、げへへ」
情欲を隠しきれず下衆にゆるむ凛々しくも野性味に溢れた美しい顔、わけがわからないよ
「とぅりお!!!」
その手に持つ「むらまさロッドすぺしゃる」を一閃、単なる棒で斬撃を飛ばしあっけなく殿下の首もまた、窓を破りどこかに飛んでいく
「いつ見てもどうやって汝はそのなんの変哲もない棒で人斬りを行使しているのか妾はわけがわからないよ、おかえり、ふた葉」
「これが愛の力だぜ、ただいま、いっちゃん」
僕の悪役令嬢が、帰ってきた。