プロローグ
あの夏の日、私は死んだ。
「死んだ」という表現は間違っている。
正確には「殺された」と言った方が正しい。
私は確実に「誰かに」「意思を持って」殺されたのだ。
私はまだなにも成していない。やりたいこと、やり残したことがある。だというのに殺された。
だから今この場に残ってしまったのだろう。いわゆる地縛霊というやつだ。
殺された瞬間のことは覚えていない。それどころか、「殺された事実」と「殺されたときの気候」以外のことは私の死体とともに置き去りにしてしまったみたいだ。
自分の名前、年齢、住所や家族構成、そして私を殺した者さえも。
やりのこしたことも今ココに留まっているからそうなのだろうという私の憶測に過ぎない。
体型や声から、自分が女性だということはわかる。
街行く人々や風景を見やる。望める景色や人々の服装を見るに、おそらく秋口だと推測する。
木々は紅葉に色づきはじめ、歩いている人々は半袖だったり、長袖だったりしている。
だが、気温を感じなくなっていた私には関係ない。
それより、私が死んでからどれだけ経ってしまったかが気にかかる。
秋口と言っても私が死んでからすぐの季節なのか、それとも数年経っているのか。
しかし知る術が見当たらない。ふぅと溜息をつき、私は立っていたビルの屋上の縁に腰掛ける。
「ここから落ちたら間違いなく死ぬな。」
自分で言った言葉に苦笑する。私は死んでいるのに。
そう思うと少し胸が締め付けられる思いがした。ここで下を見ていても仕方ない。
私は腰をあげ、ビル内を捜索する。
これで何度目だろうか。ビル内部全体をどれだけ探してみてもなにも見つからない。
全ての階層の全ての部屋を調べてもなにもない。
一度外に出ようとしてみたが、ビルから1mほど出ただけで全身をなにかに引っ張られる感覚でそれ以上は進むことができなかった。
それに、なにかを見つけたとしてもそれが私に関係するものかわからない。
誰かを見つけたとしても、それが私を殺した犯人かわからないし、仮に犯人だとしても復讐する手段がない。だけどなにかを見つけたい。でも今日もなにも見つからない。
「屋上に戻ろう。」
屋上へと歩を進める。
屋上で朝を迎え、ビル内を捜索、そして屋上に戻る。日々をそうやって過ごしている。というより、そうする以外ないのだ。
「今日は星がキレイだといいな。」
霊体だからか、疲れることがなければ眠気が襲ってくることもない。
だから私は夜、星を見ることにしている。時折くる流れ星を見逃さないように。
屋上へ近づく。扉を抜けた時、私は自分の目を疑った。
「見つけた。」