傷ついた鳥
獣医とはなかなかいないものだ。
目の前で眠っている鳥を眺めながら思った。
「大丈夫かしら?この子…」
生きているのか心配で、とても見ていられない気持ちだ。
「大丈夫だと思いますよ。息もしていいますし。でも、一応医者にみてもらった方がいいでしょう」
側にたつ召し使いの男は、日が陰ってきた外を見ながら答えた。
廊下からバタバタとかけてくる音が聞こえてくる。
「バンビアナ様!お医者様がいらっしゃいましたよ!」
相変わらず息を切らして、ハアハアしている。
「まあ、ティアンナありがとう!早くこの子をみていただきましょう」
バンビアナとティアンナは急いで、部屋を飛び出していった。
「ん、あの馬車は…まあいいか」
遅れて召し使いの男も駆け出したのだった。
***
痛い、酷く翼が痛む。
意識が朦朧とするなか、人の姿になろうかなるまいか考えた。
薄目を開けて辺りを見回した。
「ど…こだ、ここは……?」
起き上がろうにも、人の姿に変わろうにも苦痛に声を歪ませることしかできない。
なんとか目を凝らしていると、ある家紋が目についた。
「まずいっ…な。ここは」
ラーヴウッド家。
自分が来てはいけないところだ。
ふと人の声や階段を上る音が聞こえてきたので、慌てて逃げ道を探った。
「…そうです。凄まじい戦いでした。獣医様になら治して頂けると思ったのです…」
ドアノブが回り、中に入ってくるー
激痛に耐え体をひねりながら、なんとか起き上がる。
翼を広げ、窓めがけて飛ぼうとした時ードアが開いた。
「きゃあ!貴方、起き上がっては駄目よ!」
女が急いで駆け寄ってきたので、捕まるまいと翼を一層大きく広げ、飛び上がった。
窓ガラスに思いっきり体当たりして、外へ飛び出る。
「くそっ…」
上手く羽ばたけずに、どんどん下へと落下してゆく。
「なんで…?そんな体で」
女の泣きそうな声が聞こえたが、今の自分の状況の方をまず案じた。
羽を広げようとするも、ぱっくりとあいた傷口からドクドクと鮮血が滴るだけでどうしようもない。
ああ、もうどうしようもない。
そう思って降下していく地面の方を見た時、見知った顔と目が合った。
「…ヒース?」
そう口にしたのと同時に何か柔らかい物の上に落ちた。
一瞬何が起こったのか分からず、目をパチクリとさせる。
そして馬車から出てきた男、ヒースは毛布の中にいる鳥に問いかけた。
「バードン君。いい加減にしなさい?」
***
バンビアナは戸惑った。
その原因は2つある。
1つは、ひどく傷付いているのに窓から脱出しようとしたから。
もう1つは、しゃべったからー。
オウムが人間の言葉を覚えて話すのとは違ってさっきの鳥は、はっきりと人間の“男”の声で話した。
それに鳥があの落下する場面でとっさに“くそ”と言うことができるだろうか。
変な鳥だ、と内心思いつつもまったく違うことを言った。
「本当に良かった。また死んでしまうかと思いました!ありがとうございます。感謝いたします…」
頭を深く下げて礼をした。
「いえいえ、お顔を上げてください。私はただ、これを受け止めただけですから」
と言ってヒースは毛布に包まれた鳥を彼女に渡した。
彼女に手渡される時、一瞬この鳥が身震いした気がする。
そこに獣医が遅れてやってきた。
「ああ、ヒース君助かったよ!本当に。紹介が遅れましたが…お嬢さん、この人は僕の連れで名はヒース、僕はミドルっていうんだ」
赤ら顔で、ひょろりと背が高く、60がらみの獣医が言った。
「私はバンビアナ・ラーヴウッドです。以後お見知りおきを…それより早くこの子をみてくださいな」
小さくお辞儀をしてから、部屋へ入るよう促す。
先程、慌てて外へ飛び出してきてしまったため少々顔が火照っている。
「ラーヴウッド伯爵は今もご健在であられますか?」
ふと、ヒースが尋ねてきたので答えるのに少し間があいてしまった。
「…ええ、母ともに。今は旅行に行っている為、不在ですの」
火照った頬を手で仰いで、冷まそうとする。
「そうですか…それにしても素晴らしいお屋敷ですね」
辺りをぐるりと見回しながら、ヒースは言った。
バンビアナは曖昧に頷いて、扉を開ける。
「どうぞお入りになってください。それと、ティアンナお茶をいれてきなさい」