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9.神社にてクリスマス、神様には内緒。

 ――――クリスマスイブ。

 狭いワンルームの自宅で格闘することどれくらいだろうか。独り暮らし自体は短くはないが、料理は基本的に苦手な成実の、人生初体験であるケーキ作りは大いに難航した。

 まず、材料を揃えるのはいいのだが、その前にろくな道具がなかった。それだけでもう戦意喪失しかけたが、一応決めたことはやり遂げる性格なので、道具を揃えてみる。しかしそれも涼子と一緒に買い物に行かなければ分からない有り様だったのだが。

 そんな成実が凝ったものを作れるはずもなく、出来上がったのはシンプルなイチゴのケーキ。一応クリスマスらしくサンタの砂糖菓子をのっけてはいるが、自分でも言うのもなんだけど可愛くは見えない。と、出来上がったケーキを目の前に、独り悩む。

 スポンジはなんとかふんわりしているし、生クリームも上手くできたはず。飾るというセンスは壊滅的だけど、気持ちだけは溢れるほど入れ込んだ。

「でも、あんまりにもシンプルすぎない? サンタだけだし……」

 狭い部屋の中で床にぺたりと座り込んでテーブルの上のケーキを睨みながら、成実はしばらく考えた。そして。

「……あ、トナカイだ」

 不意に口をついで出た自分の言葉に、頭の中で大正解だというピンポンが鳴り響く。

「サンタの相方ってトナカイじゃない。なんでそんなこと気付かなかったの私」

 サンタだけの寂しげなケーキをまじまじと見つめながらそんなことを言ってはみたが、壁にかけてある時計は既に昼の三時を回っている。今から何かを買いにいくのも時間をかけることになるし、既に頼みの涼子は彼と会っているだろうしまさかこんなことで邪魔をするわけにもいかない。じゃあどうすればいいのか。

 せっかく出た答えに出口が見つからず、ケーキをとりあえず冷蔵庫の中に入れて成実はまた床に座り込んだ。気に入りのクッションをきゅっと抱き締めてころりと寝転び天井を見つめる。

 日々の料理は何とかできるが、お菓子作りなんてものは学生時代に何度かしかやったことがない。しかもクッキーとかドーナツなんかの本当に簡単なもので、手作りのチョコレートすらない自分を少し恨めしく思ってしまいながら寝返りを打つ――――でも。

「クッキーくらいならできるんじゃないの?」

 と、思い至る。

「ちょっと自信はないけど、やるしかなくない? これ」

 抱き締めていたクッションを勢い良く放り出した成実が、よっ、と起き上がる。そのまま部屋着の上からコートを羽織り財布を手に飛び出した。すぐ近くのスーパーへ。

 少しでもあの狐が喜んでくれるなら。

 そう思うだけで、寒い中の買い物も慣れないケーキ作りも、苦にならない自分を少しだけ照れくさいと思いながら。




 結局神社に着いたのは日もすっかり暮れた頃だった。いや冬はすぐに暗くなってしまうのだが、それでもたかがクッキーにも時間を要して、体力も気力もかなり消費してしまった成実は、白い息を吐きながら大き目のバッグを持ち、大切そうにケーキの入った箱を抱えて目印の赤い鳥居をくぐる。

 澄み渡った夜空には、小さく星が瞬き、丸くなり始めた月が浮かんでいる。色づいていた葉がなくなった寂しそうな木と、殺風景な境内をぐるりと見渡したが、狐たちの気配はない。

「蓮太郎? 朧?」

 独りでいると、なんとなくどころではなく寂しさを感じる成実がキョロキョロしながら二つの名前を呼ぶ。時折吹く風がとても冷たい。

「なんですか?」

 しきりに視線を泳がせていた成実のすぐ後ろで聞き覚えのある穏やかな声がして、しかしそれに驚いた成実が小さく飛び上がり弾かれたように振り返ると、その視界に入り込んできた白い姿に安堵して大きく息を吐き出した。

「びっくりしたぁ……」

「あ、すみません」

 思わず脱力した成実に蓮太郎が慌てて頭を下げた。月光を柔らかく纏う蓮太郎の長い髪が端整な顔を隠すように肩を滑り落ちる。それだけなのに息を呑むほどに綺麗な所作で、成実は思わずぽかんとして見入ってしまった。

「成実さん? どうかしました?」

 顔を上げた蓮太郎が金色の瞳をきょとんとして問いかけた。機嫌良さそうに尻尾をゆらゆらさせている様子に我に返った成実は、見とれてしまっていたことに恥ずかしさを感じずにはいられずぱっと顔を俯けた。

「な、なんでもないよ」

 なんで、蓮太郎に見とれるの。なんか、おかしくない? 私……。

 頬に集まる熱がますます成実の鼓動を早める。それが落ち着かなくて更に顔を上げていられなくなった成実の前に、次に朧が音もなく姿を現した。

「人呼んどいてなに俯いてんねや?」

「いたっ」

 現れるなり頭をはたいてきた朧の手に、成実は驚いて顔を上げた。黒い狐は相変わらず意地悪そうに笑って蓮太郎の隣に立っている。

「あんたねぇ、私一応人間なんだし加減くらいしてよね!?」

「別に思い切り叩いてないやんけ。いちいち大袈裟やなぁ」

 悪びれる様子もない朧の言葉に、また言い返そうと大きく息を吸い込んだ成実だったが、ここに来た目的をふと思い出し、悔しいがぐっと言葉を飲み込んだ。世の中では祝い事の日なのだから、今日くらいは穏やかに過ごしたいとも、少しは思う。

「んで、どないしてん?」

 腕を組み見下ろしてくる朧と、先ほどからニコニコと笑っている蓮太郎の視線を受けて、成実が両手で持っている箱を差し出した。

「これ、一緒に食べようかと思って」

「え?」

「へ?」

 差し出された箱の中身を勿論知らない狐たちは、揃って気の抜けた声を出す。だいたいクリスマスを知っているかすら謎なのに、ケーキって。と今更ながらになんとなく場違いな気持ちになってくる自分をなんとか落ち着かせて、成実は言葉を唇に載せた。

「蓮太郎たちの家にお邪魔したときにお世話になったし、その、お礼って言うか……クリスマスだし、ケーキ……作ってみたの」

「けーき?」

「くりすますぅ?」

 何のことだかさっぱりだと言わんばかりに首を傾げる蓮太郎と朧に、成実はいたたまれなくなってくる。やっぱり狐にケーキはだめだったみたいだよ涼子ちゃん! 心の中で幸せにデートをしているだろう女子高生に向かって叫ばずにはいられない。

 再び顔を上げていられなくなった成実が黙り込んでしまうと、狐たちは互いの顔を見合わせて、それから同時によく似た目許を和らげた。

 クリスマスとかケーキとか言うものはイマイチ分からないが、成実が自分たちのために何かを作ってくれて、それを持ってきてくれたのは理解できた。そしてそれは狐たちには素直にうれしい事でもある。

 すっかり肩を落として俯いている成実に、蓮太郎がすいと近づき、顔を覗き込むようにして長身の身体を折り曲げた。

「成実さん?」

 下ろしたままの自分の髪の毛が視界を遮っているため、よくは見えないが、金色の瞳が自分を見つめてくれていることを感じて、成実は少し顔を上げた。

「……蓮太郎?」

「はい。成実さん」

「……なに?」

「ありがとうございます」

「え?」

 穏やかに柔らかく告げられた感謝の言葉が飲み込めなくて、成実の瞳がぱちぱちと瞬き持ち上がる。顔を上げて視線を止めた先には、にっこりと微笑む蓮太郎がいた。嬉しそうに頬さえ上気させながら笑っている白い狐の後ろには、成実が今まで散々口げんかをしてきたとは思えないほどに優しく笑っている朧もいる。そんな顔もできるのあんた。と、思ってしまうほどに優しい笑顔だ。

「一生懸命作ってくれはったんでしょう? 僕と朧のために」

「う、うん……でも、蓮太郎たちがケーキ食べるとか分からなかったし、でもクリスマスだし……でも、でも私こんなの作ったことないから、その……上手くできてるか分からないけど……」

 しどろもどろになってしまうのを止められない成実の言葉を聞いていた蓮太郎が、その手から白い箱を受け取り、朧は成実の横に歩み寄り、いつもとは違う優しい手つきで成実の頭を撫でた。

「おおきになぁ。お前もなかなかいいとこあるやんけ」

「ほんまありがとうございます。ケーキなんて食べたことないから嬉しいです」

 自分の両側に立つ背の高い狐たちに重なるように言われ、成実は何事かとキョロキョロと見やる。自分の手の中から蓮太郎の手の中に移ったケーキの箱と、笑顔の二人を見ているうちにやっと理解が及ぶと、緊張から解き放たれたかのように成実の顔が朱をはき嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あ。あのね、簡単なのだけど、食器とか温かい飲み物も持ってきたの。一緒に食べよ?」

 嬉しくて嬉しくて、にやけてしまう顔をどうにもできなくて、成実は蓮太郎の白い装束の裾をくいと引き、反対側の手で朧の大きな背中をばん! とたたいた。

「ほら、あんたにも分けてあげるからどっか風の通らない所ないの? 私このままじゃ寒くて死んじゃう」

「いった!……おまえ、今なんかへこたれてたんとちゃうんかいっ。なんやその態度!」

 人間でしかも女の子の成実からとはいえ、油断しきっていたところに与えられた衝撃に、朧の顔がきゅっと歪み赤い眼がむっとした。それを見て成実はおかしくて嬉しくてますます顔をほころばせた。

 わいわいと言い合い笑いながら、そのままクリスマスとはかけ離れた神社の中で三人は時間を分け合う。

 初めて食べるケーキの評判はまずまず良かったが、成実の作ったクッキーのトナカイは、どう見ても牛にしか見えないと、優しい蓮太郎でさえ申し訳なさそうに言う出来だった。

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