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8.クリスマス計画。

「クリスマスぅ?」

 涼子に言われて、成実は年頃の女の子とは思えないほどのんきに問い返す。師走に入ったばかりのこの日、もうすっかりなじみの神社に向かいながら、成実は涼子と他愛もない話を帰り道で展開しているところだった。

「成実さん何もしないんですか?」

 淡い桜色のマフラーを巻いた制服姿の涼子が、可愛らしく首をかしげて成実に聞く。駅から住宅街の方に向かっているせいか人の姿はあまりなく静かだ。

「んー。彼氏がいるわけでもないし、家族と一緒に暮らしてるわけでもないしなぁ」

 まったくもって寂しいことであるが、特に本当に予定などない。少し前にはやった「干物女」の仲間入り寸前の自分を、のんきな性格が幸いして何も思っていないので成実自身はさして気にもしていない。

 しかし青春の真っ只中にいる涼子としては当然彼氏がいて、楽しいイベントであるクリスマスなのだから、時期的に話題になるのも当然と言えば当然だった。

 涼子は手作りのケーキとプレゼントを準備するのだと嬉しそうに話をしている。見た目も、素直な性格も愛らしい涼子のことだから相手がいてもおかしくもないし、幸せそうに話してくれる姿でさえ、いくらかではあるが年上の成実からすれば可愛らしくて、幸せを分けてもらっている気持ちになる。にこにこと顔の綻ぶままに話を聞きながら、成実は神社のまでたどり着いた。

 相変わらず神社は吹きっさらしの寒々しいもので、駅前や個人宅でもクリスマスデコレーションが当たり前の世の中から隔絶されたかとまで思ってしまうほどだった。

 まぁ、神社だし、まさかデコるわけにもいかないよね。サクラさん絶対怒りそうだし。と、簡素な瓦屋根の社を見上げて成実はなんとなく考える。クリスマスなんてほんとただの一日だよねとも。

「おー、さむさむっ」

 そんな成実と涼子の目の前で、青いものがふわりと現れて、あっという間に形を成していく。それは黒い髪と耳と尻尾を持つ狐だった。真冬に見るには寒すぎる濃紺の甚平姿の朧が、長身の身をぷるぷるさせて尻尾を丸めている。

「寒いって言うならもっと何か着なさいよ。見てるほうがよっぽど寒いわよ」

 成実が自分の身体を抱きしめるようにして身をすくませて睨むと、朧の赤い瞳がじとっと睨み返した。

「あほか。冗談に決まってるやろ。俺らはこっちの世界の気候に左右されてへんわ」

「じゃあなんで寒いとか言うのよ」

「お前があんまりにも丸まって歩いてたから真似してみただけや。おばあちゃんみたいやったで」

 けらけらと笑いながら、朧は成実の真似だと背中を丸めて言う。それに成実が真っ赤になって朧に文句を言い、そこから狐と人間の口げんかが始まる。まぁ、いつものことだよねと涼子がこちらもいつものように苦笑した。

 しかしそんな光景も、数ヶ月前に出会ったばかりとは思えないほど仲が良くなったということだろう。

 この間の朧や蓮太郎の世界に成実が迷い込んだ時から、狐たちと成実の距離は確実に縮まったように、涼子を含めて全員が感じていることであった。憎まれ口を叩きながらの朧に、穏やかに会話をする蓮太郎。そして時々現れるサクラを交えて、人種間どころではない、差を感じさせない交流がこの小さな神社で繰り広げられている。

 ぎゃーぎゃーと言いあいをする一人と一匹、そしてそれを温かく見守る女子高生の前に、今度は白いものがふわりと現れ、蓮太郎が姿を見せた。こちらもいつもと変わらない白い日本古来の装束だが、朧に比べるとかっちりとした印象があるせいか、それほど寒そうには見えない。

「あ、蓮太郎! このばか何とかしてよ!」

「あぁ!? ばかってなんやねんっ。お前にだけは言われたないわこの酔っ払い!」

「よ、酔っ払ってないもん! ちょっと飲んだだけじゃないのっ」

「ちょっと飲んだくらいであの有り様かいっ。やっぱあほやろお前!」

「はぁ!? ざるみたいに呑めるあんたなんてよっぽど脳みそ足りない体力馬鹿なんでしょうよ!」

「お前ええぇ……アヤカシつかまえて体力馬鹿ってどういうことやねん。ええ加減にしとかなほんましばくぞっ」

「あの、成実さんも朧も……そろそろ落ち着いたほうが……。またサクラさんに怒られますから、ね?」

 成実が蓮太郎の後ろに隠れるようにして負けじと朧に言い返すものだから、蓮太郎は出てきて早々間に挟まれ、白銀の眉を困ったように寄せて金色の瞳をおろおろと泳がせる。黙って立っていれば相当に綺麗な白い狐のこんな表情が、見ていてひそかに可愛いと成実は思ってしまい、ついつい朧と喧嘩をすると蓮太郎の後ろに逃げ込んでしまう。あの不思議な空間に迷い込んでから、成実のなかで少しづつ蓮太郎の場所ができているのだが、本人はほぼ気付いていない。ただこの穏やかな狐が笑うと嬉しいし、関わることが嬉しいと思える。そしてこうして困らせてしまっているのですら、申し訳ないが楽しい。

 しばらくやいやい言い合っていたが、次第に寒くて仕方がなくなってきた成実と涼子が身体を震えさせたので、日課である狐と人間の攻防戦は終了となった。

 そしてそんなにぎやかな様子をこの神社の神であるサクラが、姿を消したまま社の中から半ば呆れながら見つめていることは、勿論誰も知らないのだが。




 女の子らしい涼子の部屋の中は温かく、入った途端に成実はほっと息を吐き出して柔らかなラグの上に腰を下ろした。すぐに温かい飲み物が涼子によって運ばれて、それを口にして更に気の抜けた顔でため息を落とす。狐たちはそのまま社のほうに残っている。基本的に人間には深く関わらない狐たちは、家の中にまでは入ってこないようだと成実は理解していた。

「ほんとに朧って口悪いし態度悪いし……なんなのもう」

「成実さんも負けてないと思いますけど……」

 真剣な顔で独りごちっている成実に、涼子は苦笑するしかなく、両手でマグカップを持って温かいココアをこくりと飲んだ。そしてテーブルの上に置いてある雑誌に視線を落とすと、しばらく黙り込んだ。その雑誌にはクリスマスに関することが色々書かれているようだった。

「涼子ちゃん? どうかした?」 

 じっと視線を落としたままの涼子に、成実が首をかしげて問いかけると、愛らしい大きな瞳が不意に持ち上がり、成実とぶつかる。

「ケーキ、作ってみませんか?」

「…………へ?」

 思わず持っていたクッキーを落としそうになりながら、成実がぽかんと口を開けたまま固まった。しかし涼子は楽しいことを見つけた子供のようににっこりと笑う。

「私も彼にケーキを作るし、成実さんも一緒に作りませんか?」

「いやいや……それ作るのはまぁいいとしてよ、私一人で食べるの? さすがにそれはちょっと寂しいものが……」

 別に恋人との甘いクリスマスを望んでいるわけではない。負け惜しみでもなんでもなく。でもだからといって自分で作ったケーキを独りで食べるなんて、いくらなんでも遠慮したい。それなら家で普通に過ごしているほうがどれだけましか。困惑しかない眼差しで見返している成実に、涼子はクスクス笑って否定した。

「違いますよ。蓮太郎と朧に食べさせてあげればいいんじゃないかなって思ったんです」

「…………は?」

 出てきた名前に成実はまたもやぽかんとする。

「蓮太郎? 朧?」

 蓮太郎はともかくなんであの性悪狐に? と眉間によってしまう皺を隠さず考え込む成実に向かって、涼子は楽しそうに続けた。

「蓮太郎のせいだとは言え、迷い込んだときに助けてもらったって言ってたし、お礼しないとってこの前も言ってから、いい機会かなって思ったんですけどだめですか?」

「あ……」

 言われて思い出した成実が小さく声を零した。

 確かに異世界というべき蓮太郎たちの世界に迷い込んだときに倒れて、しかも勝手に飲んだアヤカシのお酒でへべれけになった自分を看病してくれたのは白と黒の狐たちだった。元気になってこちらに戻してくれた後、なにかお礼をしなくてはいけないと思いつつ、会えばじゃれあってしまうのでタイミングを逃したと言うか、いつの間にか時間も少し経っている。いやそれもこれもあの黒い狐のせいもあるが、しかし恩はきちんと返しておきたいと思う。それなら、まだ少し先ではあるがクリスマスにケーキも悪くないかもと、なんだかその気になってしまえるのが自分でも流されやすい性格だと少し呆れるが。でも、いい機会には確実になるかも知れない。

「……って、狐ってケーキ食べるの?」

 ふと、素朴な疑問が生まれる。そもそも狐たちは普段何を食べているのだろうか。なんか妖しげな蟲とか生き物を食べるのかな。あ、胡瓜とか……もしかして油とか嘗めるのかかなっていうか狐と言えば油揚げ?

 と、心の中でぶつぶつ言っているつもりが、すっかり声に出して悩んでいることを成実は自分では気付かず、それをすべて聞いていた涼子が笑いをかみ殺しているのも気付かないほど、既に真剣にケーキ作りのことを考え始めていた。

 因みに狐たちはいたって普通の日本食と言われるものを食している。


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