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47. 春。桜。これから。この先も。

 明るい月が境内を照らし、夏を感じさせる風が吹き抜ける。

 古い社の屋根の上――人外の者が何やらしている。

 一人は真っ黒の狐。もう一人は銀色の、やたらに体格のいい狐。年を重ねて年季の入ったしっぽや耳がやや金色を帯びているサマは、黙って立っているだけなら威厳を感じさせるのだろうが、いかんせん性格が年の割に落ち着きなくていただけない。そんな狐が黒い狐に向かって声を潜めて問いかける。

「朧、どっちの子や?」

「どっちて……右側は涼子やないか。お父ちゃん忘れたんか」

「涼子? あの赤ちゃんやった涼子か!?」

「あー。お父ちゃん長いこと涼子見てないもんなぁ」

「ほぉー。あの涼子があんなに大きくなって……そりゃわしも年いくわなぁ」

「いやいや、まだ20年もたってないし」

 そんなやり取りをしていたのは、黒い狐と大柄な狐。朧と父親の銀である。

 ようやく蓮太郎と成実が互いの気持ちを理解しあい、そして幸せを実感できるようになった頃に、ふらりと銀が姿を現し朧と屋根の上から成実を見ようとしていた。

 しかし成実と涼子がどちらがどちらなのか分からず、こそこそひそひそ隠れている有様はなんとも情けなく、とても長たる威厳皆無だ。

 朧もなぜそれに付き合っているのかがよく分からないのだが、しかしなんとなく見つかってはいけないような気がするのでひとまず隠れている。

 そして蓮太郎はそんな二人の気配に全く気が付いていないようで、楽し気に成実と涼子と会話している。それもまた跡取りとしてどういうことだろうと思わないでもない。

「お。見えた見えた。うんうん、なかなかかわいい子やないか」

「え。お父ちゃんほんまに言うてるん!?」

 銀の言葉に朧が心底驚き目を丸くする。信じられないものを見るような息子の眼差しに、大きな狐は首を傾げた。

「何をそんなにびっくりしてるんや? かわいい顔してはるやないか」

「ま……まじで。世の中では成実かわいいんか……」

 自分の美的感覚がおかしくなったのかと、朧は何度も成実と銀の顔を見る。

「顔もかわいいけど、蓮太郎が好いた子や。きっと中身もいいに決まってる。大事にしたらんとな」

 かつて朧の母親と結ばれたときは周りに反対されて、結局公に会うことも叶わなかった過去があるだけに、銀の、蓮太郎と成実を見る目は暖かく穏やかに、そして幸せそうだった。

 そんな父親に顔を見て、朧も思わずうれしくなり頬を緩めた。

 二人して屋根の上で腹這いになり、頬杖をついて笑いあう。

「これでほんまに、安泰やな。お父ちゃんもゆっくりできるやろ」

「ほんまやなぁ。蓮太郎が跡継ぎとしてもう少ししっかりしたら、わし隠居になって旅にでも出ようかな」

「あ、そん時は俺もついていく」

「そうか? ほんなら親子旅やな」

 銀が笑い、朧の豊かな黒髪をわしゃわしゃとなで回す。くすぐったそうに笑った朧は、普段以上に子供のように天真爛漫な笑顔を見せた。

 やがてそんな二人の後ろにほんのりと赤い光が生まれたと思ったら、音もなく大きくなり赤い神の姿が露わになった。赤い装束に黒髪、そして冴えわたる月のような瞳。美しくも少しの残酷さをたたえた容貌で、神は隠れるようして腹這いになっている狐の親子を見下ろす。

 そして、銀と朧が小声で何か話している様子をじっと見つめていたサクラの瞳がにんまりと細められ、おもむろに袴の下の小さな足を持ち上げる。

 そのまま大きな振り子のように、足に渾身の力を込めて大柄な狐を蹴り上げた。

「いったああぁぁああっ!!」

 突然後ろから蹴り上げられ、まったくもって油断していた銀は目を白黒させて飛び上がった。そしてバランスを崩したまま立ち上がったところをさらに、サクラは掌から光を弾けさせて銀を吹き飛ばす。

「こそこそしてんとちゃんと挨拶して来いや。うちの狐はいつから挨拶もできん子になったんや」

 どん! と、光は銀のみぞおちに命中し、まともに加減のないそれを受け止めた銀は重力に任せるがまま屋根から転げ落ちるしかなかった。

 派手な音と数枚の瓦とともに、銀は蓮太郎のほんの2メートル手前に落ちる。もちろんその音と振動に三人が振り返り、蓮太郎はなぜいきなり父親が落ちてくるのかで驚き、成実と涼子は白い狐が誰なのかもわからないままびっくりして悲鳴を上げた。

「お父ちゃん大丈夫かぁ?」

 朧も慌てて屋根から飛び降りて父親のそばでしゃがみ込む。転がり落ちた銀は腰から落ちたようで大の字で玉砂利の上で半分伸びていた。

「れ、蓮太郎……誰?」

 成実と涼子は蓮太郎の背中に隠れるようにして顔だけを覗かせ様子を伺う。

 蓮太郎はそんな二人を交互に見ながら、ばつが悪そうに頭を下げた。

「僕の……お父様です」

 成美にとってはこんな初対面でいいのかと、蓮太郎でさえ頭を抱えたくなる父親の登場にため息をつく。しかし何故屋根から落ちてきたのか、そしてケガはないのか心配にもなる。

 色の違う兄弟の瞳が見守る中、銀はその大きな体をむくりと起こす。そして頭を振り腰を摩った。

「いたたたた……ほんま姉さん無茶しよる……」

 情けなく眉を下げた銀はよたよたと立ち上がると、蓮太郎の後ろに隠れている涼子と成実に視線を移す。

「涼子……べっぴんさんになったなぁ」

 まるで孫にでもあったかのように、のほほんと幸せそうな顔つきでそんなことを言い、次いで成実に、

「初めまして、蓮太郎がいつもお世話になってます。父親の銀ですわ」

 とにっこりと笑った。

 その笑った顔が、特に目許が蓮太郎にも朧にもよく似ていた。確かにこの狐は兄弟の父親なのだと確信できるくらいに。

「いやぁ、これでお父ちゃんほんまに安心やわぁ。蓮太郎にこんなかわいい嫁さんが来てくれるとはなぁ」

 豪快に笑いながら銀がそんなことを言う。

 すぐそばに立っている朧の肩を引き寄せ、さらに言い重ねる。

「朧にも妹ができたな。大事にしたってや」

 一瞬の間の後、言われた朧がはっと気づいたように目を瞬かせた。

「ほんまや! 成実俺の妹になるやないかありえへん!」

「なんでや? かわいいお嬢さんやないか」

「いやいやいや! ないないないない!! 俺こんな失礼で騒がしい妹いらんて!」

「騒がしいって失礼な言い方したらあかん。元気があるってことや」

「物は言いようやけど、ほんまに成実うるさいねんって、めっさ喋るんやで」

「しゃべることに関して……お前が人様のこというたらあかんように思うのはお父ちゃんだけか?」

「……なんでや、俺普通に無口やんけ」

「い、いやいやいやいやっ」

 と、やいのやいの言い合いを始めた親子の前で、涼子は次第に笑いを誘われ、蓮太郎は穴があったら入りたいくらい小さくなり、成実は顔を真っ赤にしてそんな蓮太郎を見上げる。

 そこに、屋根の上からことの成り行きを見ていたサクラがふわりと降りてきて、漫才のような言い合いをしている親子に言葉を投げる。

「お前ら勝手に話進めてるけど、成実に了承もらったんか?」

 サクラの言葉に、ぴたりと親子の動きが止まる。そして色の違う瞳をじっと成実に注ぐ。とてつもなく真剣なその瞳は、親子の整った顔を際立たせるほどだ。

「……えっと……」

 了承っていったい何のことだろうと成実が一歩後ずさる。

「成実さんはどうお考えですか」

 銀の真剣なまなざしで更に成実の足が後ろに下がる。

「どう、とは……?」

「正直に言うてくれたらええ。わしかて無理強いしたいわけでも何でもない」

「あの……だから、ですね」

「成実、心は決まってるんやろ?」

 朧までが言い重ねてきて、成実がますますたじろぐ。その様子をサクラは面白そうに眺め、涼子は成実同様迫力に押されて言葉をはさむこともできないようだ。

 そんな中、一人震えていた蓮太郎が意を決したように発した。顔を真っ赤にしているが目はとても真剣に成実を見る。

「成実さんっ」

「っ、はい!」

 普段声を荒げない蓮太郎の思わぬ声に、思わず成実が背を正し返事をした。それに銀も朧もきょとんと眼を瞬いた。

「あのっ、僕っ。まだまだ至らんし、怖がりで度胸もないし、何ができるって自分でもわからんのですけど……でもっ」

 視線を外すことはないが、明らかに蓮太郎は言葉に悩んでいるように声を震わせる。いつもは優し気な金色の瞳が緊張し、決意した何かをちらつかせるものだから、成実まで緊張し、こくりと息をのんだ。

 そんな二人を見る神と二匹の狐と少女は、誰も何も言わずに暖かく見守っている。外野がいることすら今の蓮太郎には気にならないのか忘れてしまっているのか、大きく息を吸い込んだ後、成実への言葉を贈った。

「成実さんのことは絶対幸せにしますから、僕のそばに……ずっといてくださいっ。僕の……お嫁さんになってくれますか?」

 一言一言を宝物のように成実へと告げ、蓮太郎はさらに顔を赤らめた。いたたまれないように顔を伏せてしまい、成実の返事を待つ。

 そして、まさかそんなことを言われるだなんて思っていなかった成実は、信じられないように蓮太郎を見つめた。

 やっと想いが通じて、これから先も高望みなんてしないつもりだったし、今の関係だけでもきっととても幸せなんだと思っていた。

 アヤカシと人間がこうして出会うことだけでも奇跡で、その中で先の関係を築くことができたのはさらなる奇跡の結果だろう。

 しかし蓮太郎はもう1つ、成実に幸せを与えようとしてくれている。結婚願望はもともとなかったほうだが、こうして言葉にされると嬉しさがじわりと湧き上がってくるのは当たり前のことだった。

 自然と涙があふれてきて、視界に映る蓮太郎が滲んでいく。せっかく蓮太郎が言葉にしてくれたのだから答えなくてはいけないのだが、涙で言葉にできない。

 みんなが見守る中、長い時間をかけて涙を収めた成実が、かみしめるように言葉を返した。

「私も、蓮太郎のそばにいたい。でも……私のほうが先に死んじゃうけど、それでもいいなら、蓮太郎のお嫁さんになりたい」

 長寿の狐の本当の寿命なんて、人間の成実には想像もできない。だからこんなことは軽々しく口にしてはいけないのかもしれない。だけど、思いは止まらない。

 初めて、本当に好きになることを教えてくれた狐の姿は夜風に洗われる。結い上げた長い髪と優しく涙をたたえた瞳がとても印象的に記憶に残った。


  ◇◇◇


「芙蓉、そっちへ行くなって言うてるやろが! 紫苑も、ほらコケるって!」

 うれしくてならないように走り回る幼子たちの後ろを、黒い狐が追いかける。銀髪に白い頭の三角と白い尻尾は父親譲りで、頼りなげな月の下でも輝くように美しかった。

 春、桜が満開になった境内の夜は、いつもに比べると少しだけ華やかに月が照らし出す。

 けれどこの季節はまだ肌寒い、成実は二人の幼子を目で追いかけながらふるりと肩を震わせた。

「寒いですか?」

 その様子を見た蓮太郎が、成実の肩をそっと抱き寄せて心配そうに見つめる。いつの時も変わらない優しい狐に、成実はほっこりと頬を緩めた。

「大丈夫、ありがとう」

 そのまま視線を、朧と、ちょこまかと動き回る白い子狐に移す。そしてふと、蓮太郎に問いかけた。

「あの子たちが大きくなっていつか人間に恋をしたら、蓮太郎は許してあげる?」

 その質問に白い狐がきょとんとしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

「もちろん、許します。僕が成実さんに出会ったように、あの子たちが誰かと出会ったんやったら……それはたぶん運命やないかと思うんです。だから反対する理由なんてありません」

「うん。じゃあ、今でも……私と出会ったこと、よかったと思ってくれてるかな?」

「当たり前ですよ。成実さんがいてくれるから僕頑張れるし、芙蓉と紫苑が生まれて、幸せでいっぱいです」

「ありがとう。私も幸せだからね。これからもよろしく」

 アヤカシの存在すら知らなかった昔のことを思えば、今がとても不思議に感じて仕方がない。だからこそ、出会いに感謝してもしきれない。

 互いを必要として大切だからこそ、助け合ってこれからも過ごしていきたいと思う。

「おとうさま、おかあさま!」

 双子の片割れの芙蓉が走り寄ってきて、じゃれつくように蓮太郎と成実の手を取る。女の子なのにやんちゃで困るほど元気だ。肩で切りそろえた銀色の髪を撫でながら、成実が問いかける。

「どうしたの?」

「あのね、ふうね」

「うん」

「大きくなったら朧のおよめさんになる!」

 キラキラと輝く大きな瞳で両親を見上げて、芙蓉は大きな声で宣言した。

「……は?お嫁さん?」

「朧と……結婚?」

 まさかそんなことを言い出すとは思ってもいなくて、二人とも言葉をなくす。確かにこの双子たちが一番懐いているのは、いつも遊んでくれて世話をしてくれている朧に間違いない。いやしかし。

 返事に迷っていると、今度は息子の紫苑が戻ってきた。芙蓉に比べるとややおとなしく、しかしとても優しい性格をしている

 息子は、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、

「僕は、おかあさまとけっこんしたいです」

 そう言ってはにかんだ。

「紫苑がお母様と結婚したら、お父様はどうしたらええんやろうかねぇ」

 クスクス笑いながら、蓮太郎が紫苑を抱き上げる。大きな蓮太郎の肩に乗せられた紫苑は少し考えて、名案を思い付いたように言う。

「おとうさまと僕でおかあさまを守ってあげたらいいんでしょう?」

「はは。そうやねぇ。そうしようか」

「じゃあ、ふうも朧のおよめさんになってもおかあさまのお手伝いする!」

 芙蓉は朧に抱っこをせがみながらそんなことを言って笑った。朧は芙蓉を蓮太郎と同じように肩に乗せながら、呆れたように溜息をこぼした。

「俺は成実がおかんとか絶対いややからな」

「む。私だって可愛い娘をあんたになんかあげたくないわよ」

「なんか、ってなんやねん。俺めっさいい男やないか」

「いい男がいつまでも売れ残ってるわけないじゃない」

「売れ残ってるんちゃうわ。残ってやってるんじゃボケっ」

「ボケって何よっ」

「まぁまぁまぁまぁ」

 いつまでも変わらない二人のやり取りに、いい加減耐性もできてきた蓮太郎が笑いながら間に入る。

「結婚はさておき……朧がいないと、僕は何もできません。それに成実さんも芙蓉も紫苑も、一族のみんながいないと、だれ一人かけても僕はダメなんです。だから、みんな……いつまでも僕と一緒に頑張ってくれたらありがたいです」

 そこまで言って言葉を切り、成実を金色の瞳に映し出す。その中にはあふれんばかりの愛情が満たされている。

「成実さん、前に言うてましたよね。私の方が先に死んじゃうって。でも……たとえ、別れの時間が来たとしても、この気持ちは変わりません。だから、いつまでもよろしくお願いします」

「……はい」

 桜の花びらが、境内を通り抜ける風にふんわりと踊るように舞い上がった。

 

 了






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