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33.月夜に思う。


「で? 蓮太郎は?」

 長い睫毛の下の銀色の瞳を眇めて、神は恐ろしいまでに整った顔で問いかけた。色白の顔にぽってりとした赤い唇が妖艶だ。

「それがやなぁ。どうも本家には帰ったみたいなんやけど……」 

 赤い瞳をこちらも眇めながら、いつものような歯切れのいい答えができないことを自身も不本意だといわんばかりに朧が言葉を濁した。

「みたいてなんやねんな。お前らいつもニコイチやのに分からんのか」

 サクラが雅な眉を片方くいと上げて、身長差な分だけ突き上げるように睨む。それに思わずびくつき、防御の姿勢をとった朧が慌てて言い返した。

「ニコイチてそれこそなんやねん。俺ら別に双子でもコンビでもないわ」

「そのたとえがもう分からんわ。ていうかお前の溢るる蓮太郎愛がニコイチやなくてなんや言うねん」

 朧がむっとしたように返した言葉に神、サクラはふんと鼻で笑う。

 今夜も月が綺麗に夜空を飾っている。しんとした古い神社の境内で、人外のものが互いに向き合い、最近のことを振り返っていた。

 蓮太郎が本家である生家に帰ってから、消息が全く掴めなくなってしまったという、なんともおかしなことがおこっている。

成実が蓮太郎に会うために神社を訪れたとき、すでにあちら――狐たちの本当の世界――では蓮太郎が屋敷から姿を消していた。どこに向かったのかも全く誰にも、楓たちでさえ知らないので屋敷中が大変なことになった。そして朧が行き先が本家ではないかと気付き、向かったのがそれから丸一日たったあと。

そのとき既に蓮太郎が、今度は本家から姿を消してしまっていた。

 更にそれから一週間は過ぎた。人間と狐たちの時間は少し違うので、こちらの感覚で言うと十日以上時間が過ぎている。これほどまでに何の連絡もなく、蓮太郎が家を空けるなんて初めてだ。行き先の見当すら誰も、父親でさえもつかず、さすがにこれはやばくないかとざわめきばかりが際立っている状態であった。

 そして自分に仕える蓮太郎が姿を消したことに、サクラは何も言わなかったが案じているのは同じだった。できるだけ狐たちのことには口を出さないと決めているのだが、朧ならともかく生真面目な蓮太郎がここまで家と神社を空けることがやはりこの神にとっても居心地が悪い。今夜になってとうとう我慢がきかず、現れるなり朧の頭を一発はたき飛ばして先ほどのような言葉を投げかけた。

 空気の澄んだ月夜は二人の黒髪を優しく洗い、赤と銀色の瞳の中に星を落とす。身長差の分だけサクラが朧を見上げる形でじっと唇を引き締めた。それから少し時間を置いて、独り言のように言葉を零す。

「私は、もうええねんけどなぁ」

「ん? なんか言うたか?」

 声が小さくて聞き取れなかった朧が、足元を見つめていた視線を上げてサクラに問う。足元で、落ち着かなげに玉砂利を遊びながら聞いた狐に、サクラは口を開きかけたが首を横に振った。

「いや。なんもない。蓮太郎の行動次第で考えるわ」

「は? お前さっきからなに言うてんねん」

 自己完結したサクラに朧は怪訝そうに視線を投げかけたままだったが、サクラはそれ以上何も言うことはなかった。ゆるりと風が二人分の黒髪を撫でていき、それをうっとうしそうに手で押さえたサクラは、ふわりと身体を宙に浮かせる。朧よりも高い位置になった銀色の瞳を、見上げている赤いそれに結ぶと、らしくないほど優しさを滲ませて微笑した。

「なんかあったら教えてや。私も出るときは出るで」

「へ?」

 何のことかわからない朧が聞き返そうとしたが、サクラは軽やかに笑ってその場から姿を消した。サクラの輪郭がまだ残る中、朧は最近癖のようになっているため息を落として、ふわりと屋根の上に身体を浮かせる。

 周囲の住宅に比べると高さのある屋根の上で、どっかりと腰を下ろして長い腕で足を緩く抱き締める。どこか頼りなげな光を瞳の中に滲ませて、額を膝に押し付けた。

「なんか……元気でえへん……」

 成実が聞いたら驚くようなことをポツリと呟く。その声には張りがなく、朧自身も自分の喉を介して零れたように聞こえなかったくらいだ。

 蓮太郎と行動を共にするようになって、こんなに互いが離れたことはなかった。しかも居所がまるで分からない。蓮太郎は完全に箱入りで育ったから、何をするのも誰かが傍にいた。朧が蓮太郎の前に姿を現したときからその役目は朧だったし、朧がどうしても外せない用事があるときは、楓なり他の五つ子の誰かが代わりをしてくれていた。

「何してんねん、あほ」

 ぶつくさと文句だけが出てくるものの、やはり声に覇気はなく、独り身に風がしみる。

 沈んだ気持ちでいるせいか、ふと、昔の記憶がふわりと浮上する。母親が亡くなって人間の世界では奇異な存在になってしまった朧を、父親が迎えに来てくれた。もともとあまり人間との関わりがなかったから、こちらの――アヤカシの――世界に行くことも疑問はなかった。黒い髪に赤い瞳の幼子には、何よりも家族の方が大切だった。

 正妻がいるので、本家では育てることは許されない。それを何度も父親は詫びたが、それでも一月に何回かは顔を見せてくれたし、朧の身の周りの世話をしてくれる狐たちも優しかった。他の種族のアヤカシにも物怖じしない朧は可愛がられ、野山を駆け回って育ってきた。全く寂しいと思わなかったかといえば嘘になるけれど、それでもいつか年の近い弟に――蓮太郎に――会えることと、その弟を支えてくれと父親から言われたことを何よりも心の支えにしていた。

 朧。という名前は父親が付けてくれたと、母親が亡くなる前によく言っていた。生まれたとき空に優しい朧月夜が浮かんでいたからだという。狐の意地悪な長老たちは、「人間にも狐にもなれない朧げな者」と揶揄するが、朧はそんな言葉をまともに取り合わなかった。「月がないと夜は真っ暗になる。お前は大事な存在や」大きな手で何度も頭を撫でてくれ、繰り返してくれた父親の言葉が朧は大好きだった。

 この命は授かったもの。父親と母親がいなければ生まれてくることもなかった。せめてもの恩返しに、自分にできることは何でもする。朧が蓮太郎のことを第一に考える根源は親への感謝と愛情だ。

「あー……なんか俺めっさかっこ悪いやん」

 わしゃわしゃと頭の高い位置で結っている髪をかき回しながら、朧が大きな声で泣き言を零す。いつもなら金色の瞳がすぐそこにあるのに、ないことがこんなにもつまらなく悲しい。

 蓮太郎の行動に、全く予測がつかなかったことが情けなくてへこんでしまう。かっくりと項垂れながら、朧はそのまま全身の力をふにゃりと抜いて身体を横たえた。

仰向けに寝転ぶと、漆黒の中に星と月が浮かぶのが見えた。自分の生まれたときの月はどんなものだったのか分からないが、それでも月を見るたびに思い出す父親の言葉が温かく胸を燈す。

「蓮太郎……帰ってきたらしばいたんねん……」

 両手を頭の後ろに回して枕代わりに寝転んで文句を言う。こんな日がもう何日過ぎたのだろう。先ほどのセリフももう何度目か分からない。成実も何度も神社に足を運んでくれて蓮太郎を案じているし、勿論涼子だって同じ気持ちだ。誰かに心配をかけることを何よりも嫌う蓮太郎のはずなのに。そう思うとますますこの状況が不安になる。それを気にかけることができないほど、蓮太郎は切羽詰っているということなのだろうか。どうして自分を頼ってくれなかったのかという思いもある。

 苛立ちは少しづつ降り積もっていくしかなかった。


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