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17.月夜とおはぎ。

「なんか、いい感じじゃない?」

 涼子がニコニコとそんなことを言う横には、朧がふわりと身体を浮かせながらあくびをしている。寒さはあるがのどかな月夜のある日のこと。

「は? なにがやねんな」

 赤い瞳を長い指で擦りながら朧は涼子に問い返した。尻尾をゆらゆらさせているところを見ると機嫌は悪くはなさそうだ。

「だから、あの二人」

 涼子の愛らしい視線の先にいるその姿を、朧もなぞり確認する。そこには蓮太郎と成実が何か話をしている。二人とも笑顔で、並んで社の古びた階段に腰をかけていた。寒そうに身を縮こめる成実に、風が当たらないように寄り添って蓮太郎が何かを成実に話して、成実がそれに相槌を打っていると言うなんでもない二人なのだが、その雰囲気がとても柔らかい。

「ほー。結構いい感じやんけ」

 普段意地悪そうに笑う朧も、これにはふにゃりと顔を綻ばせた。

「ね? この間は少し心配したけど、逆に近づいた感じだよね」

「ほんまやなぁ。蓮太郎の好みは俺には理解できんけど、あいつが幸せやったらかまへんか」

「朧、それすごい成実さんに失礼じゃない? 成実さん可愛らしいけどなぁ」

「そうか? 俺あんな落ち着きない女いらんわー。だいたい俺に対して失礼すぎる態度とってんのあいつやん」

「…………お互い様かと」

「……あ? なんか言うたか涼子」

「別に、何も言ってません」

 赤い瞳をうるさそうに眇められて、涼子は肩をすくめて苦笑いを零した。すっかり蓮太郎と成実の保護者気分の黒い狐と女子高生は、視線を再び微笑ましい二人に戻して、涼子が作ったおはぎをほおばる。

「うま。涼子のおはぎほんま上手いなぁ。お前ええ嫁さんになるわ」

 もしゃもしゃと咀嚼しながら、朧は温かいお茶もすする。蓮太郎たちと少し離れた場所で、こちらも二人でベンチに腰掛けて夜のお茶会を始める。狐たちは普段から涼子のおはぎが大好きで、朧などは特に食べすぎだろうと言うほど食べてしまうくらいだった。

「喉詰めちゃだめよ? まだ沢山あるからゆっくり食べればいいじゃない」

 まるで母親のように涼子は呆れた様子で笑う。

「蓮太郎の分は置いといたろ。成実は……肥えたらあかんから俺が食べてもええやろ」

 勝手な解釈をして朧が早くも一つ目のおはぎを食べ終わる。皿には充分すぎるほどのおはぎがあるにも関わらず、黒い狐は弟の分だけ残すつもりだろうかと涼子が首をかしげて考える。

「成実さんのぶん残しててよね。じゃないとあげないわよ?」

「えー。食べ盛りの俺に食うなって言うんかいなっ」

「食べ盛りって、 朧も蓮太郎も何歳なのよ」

 子供のようにむくれた朧に、クスクス笑って涼子はお茶のお代わりはと促す。朧は茶器を涼子に差し出したまま、はて?と言った様子で首をかしげた。

「今年で天狐やからなぁ。まだまだやん」

「てんこ?」

 聞きなれない単語が出てきて、涼子がふとお茶を注ぐ手を止めた。朧は二つ目のおはぎをほおばりながら説明する。

「狐には種類ちゅーか、寿命で呼び名があるっちゅーか。俺と蓮太郎は野狐から天狐に格上げされるらしいわ」

「格上げ?」

「俺そんなん興味ないからよう知らんけど、蓮太郎には大事なことなんちゃうかぁ。嫁探しせなあかんらしいし」

「よめ……? お嫁さん?」

「せやで。跡取りは大変や」

 まるで他人事のように、朧はもしゃもしゃとおはぎを食べ続ける。そののんきな様子を見ていた涼子が、眉間にしわを刻んで朧からおはぎを奪い取った。サッと手の中からなくなったおはぎに赤い瞳がぎょっとしてたいそう慌てふためいた。

「ちょっ。お前何すんねんな俺のやぞそれっ! 食いたかったらまだあるやんけ!!」

 お皿のおはぎを指差して抗議する朧に、涼子はとてつもなく真剣な面持ちで問いかける。

「どうなるの!?」

「は……?」

 涼子らしからぬ声の強さに、朧がきょとんとして動きを止める。

「成実さんと蓮太郎、どうなるの? 蓮太郎がお嫁さん探すのって狐の中からなんでしょう?」

 涼子の言いたいことが分かって、朧が「あぁ」と声を零した。視線を流した先には相変わらず微笑ましい蓮太郎と成実がいる。

 前髪をわしゃわしゃかきながら朧が、んー、と考えながら涼子に返す。

「今のところ決まったのはおらんけど、でも蓮太郎と結婚したいて思てるのはおるかなぁ。蓮太郎はそいつのことそんな風に思ってないとは思うけどな」

「……そうなの?」

「当たり前やんけ。あいつそんな器用ちゃうわ。見てみぃ。あのふぬけた幸せそうな顔」

 呆れたように朧は笑いながら、形の綺麗な顎で蓮太郎を示す。涼子の視線の先にいる蓮太郎は、成実に対して金色の瞳を優しく笑みの形に変えて笑っている。柔和な蓮太郎の顔立ちが一層柔らかく、涼子は申し訳ないが朧の言うとおりだと小さく笑ってしまっていた。

 そんな涼子を黒い狐はまた小さく笑いながら見て、それから涼子の手にある食べかけのおはぎを奪い取り口に入れる。

「まぁ、あいつが好きなんは成実だけやろうし、ほかに気持ちが行くことはないやろ。はっきりと口にはせんけど、俺もお前も分かってることやし生温かく見守るしかでけへんやないか」

「そりゃそうだけど……」

 朧の生い立ちを聞いている涼子からすれば、人間と狐の間には障害となるものがあると簡単に分かる。眉間の皺を解けないそんな涼子を見ていた朧が、自信たっぷりに笑い言った。

「俺の役目は蓮太郎を守ることや。あいつがこうやって言うたら、たとえそれが一族に悪いことでもなんでも味方するて決めてんねん。蓮太郎が成実がええって言うたらそれも同じや」

「じゃあ、朧はあの二人の味方なのね?」

「そーゆーことになるな」

 ニッと、唇に弧を描き黒い狐は三つめのおはぎを手に取る。それからおはぎを持っている反対側の手を伸ばして涼子の柔らかい髪を撫でた。

「おはぎほんま上手いわ。おおきになぁ」

 無邪気に細められた赤い瞳に、涼子の愛らしい瞳もまた笑みに変わる。

「朧にも。だれか素敵な人見つかるといいね」

 ふと言われたことに、朧はきょとんとして少しの間考えたが、やがて蓮太郎たちを視界の端に入れて首を振る。

「あいつらどうにかしてからやないと、おちおち自分の嫁なんか探されへんわ」

 口調は呆れたように聞こえるが、その中に愛情が湛えられているのが充分分かり、涼子が思わず笑う。

 蓮太郎も成実も、互いの好意を伝えてもいない段階だし、人間と狐という特殊な関係でもあるし二人の性格からしても、なかなか進みそうにないような気がする。

 しかし身を寄せ合って楽しく話をしている様子を見ていると、もっとそんな風な二人を見てみたくなるんだよねと、涼子はお茶を口にしながら考える。

「私もあの二人の味方だからね」

 ふと小さく呟いて、二つ目のおはぎを手にする。そんな、寒いが月の綺麗な夜の出来事だった。

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