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16.蓮華に守られて深まる想いと葛藤。

 視界いっぱいに埋め尽くす蓮華の花に、成実は見事としか言いようがなく、鮮やかな色彩に見とれるばかりだ。

 桃色の空の下、風に揺れるその花の中。蓮太郎と成実は何を言うわけでもなく立っている。

 朧が立ち去った後、なんとなく部屋の中では居辛くて、二人は言葉少なに庭であるここまで出てきた。二度目のこの場所を眺めて、以前迷い込んでしまったときに小さな狐の楓から聞いたことを、成実はぼんやりと思い出していた。

 蓮太郎が好きな花。

 蓮太郎の母親の名前で、由来でもある花。

 蓮太郎が丹精尽くして育てている花。

 優しい色合いの小さな花の群れは、蓮太郎そのもののように穏やかで美しい。

 その中で、白銀の髪を緩やかに躍らせて立っている蓮太郎の横顔も、穏やかで優しくて優雅で、この世の者とは思えないほど綺麗だ。穏やかなのにどこか凛とした、その綺麗な立ち姿を、気付けば成実は半ばうっとりとして見てしまっていた。

 はたと気がつき、それに恥ずかしさを感じて俯いてしまう。なんで見とれてるの私。と、悪あがきのように自分の行動を考える。そんなもん気になってるからじゃないの私のバカ。と、どこか片隅でもう認めてしまっている自分が呆れているのも感じる。

 でも、でもだめなんだよ。俯き、溢れる蓮華に視線を落として、成実が小さくため息をつく。それに蓮太郎が気付き振り返りながら、優しい眉根をきゅっと寄せた。

「成実さん。どうかしましたか?」

 首をかしげて蓮太郎は言い、ゆっくりと成実の真正面に立つ。静かな動作の蓮太郎の、白い装束の裾がたおやかに風を纏う。

「蓮太郎、ごめんね」

「え?」

 顔を上げないまま成実は言葉続ける。今顔を見たら泣いてしまいそうだった。

「私が蓮太郎と朧のことで、変なこと言ったから……何も知らないくせに、ごめんね」

「あぁ。もう、良いんです」

 いまだ悩んでしまっているような色は消えないものの、それでも蓮太郎は笑みを滲ませて頭を振る。

「朧のこと考えたら、やっぱり申し訳ない気持ちは消えませんけど、でも朧もああ言うてますし……それに、僕は知れてよかったと思ってます」

「良かった……?」

 思いのほかしっかりとした口調で言った蓮太郎に、成実が思わずと言った様子で顔を上げた。そこにある蓮太郎の整った顔には、いつもより元気はないが、それでも穏やかで優しさの満ちた色が見て取れた。

「僕と朧は、大人になってから出会いました。それまでのことを僕が聞かないままぼんやり過ごしてきたのもおかしな話なんですけどね。だから今回朧をまた知って、近くに感じることができました。ええ年してこんな風に朧に頼るのも情けないんですけど、僕がこれから先やっていくには、朧が必要やし、やっぱりお兄ちゃんですしね」

 恥ずかしそうに蓮太郎は小さく笑って、咲き乱れる蓮華に視線を移す。金色の瞳に淡く蓮華の色が映りこみ、蕩けるように温かく滲む。

「お母様とも約束したんです。ちゃんと後を継ぐって。サクラさんに仕えて朧と一緒に神社を守るって」

「お母さん……」

「数年前に亡くなりました。朧のことも僕のことも、お母様は大事にしてくれてました。……優しい人でした。お父様は少し破天荒なとこがありますけど、そんな人の奥さんができたくらいなんですから、大きな人やったと思います」

 朧と似たその瞳が、少しだけ潤む。気が弱いほど優しい蓮太郎の中で、母親の思い出が甦ったのだろうか。両手をぎゅっと握ったその様子に、成実は自分でも知らぬ間にそれを包み込むようにして蓮太郎の腕に触れていた。

「蓮太郎は、本当に優しいね」

「そんなことないですよ。本当に優しいのは朧かと……」

「私には意地悪だよ、朧。蓮太郎もよく知ってるじゃない」

 いつもにぎやかしに成実に絡んでくる朧を思い出して、くすくすと笑いあう。

「朧はいつもあんなんですよ。誰に対しても、どんな時も……ああ、違いますね」

「え?」

「ほんまに困ってるときは、朧は必ず助けてくれて、それから守ってくれます」

「……うん」

 先ほどまでの朧の行動を成実は思い出し、それから小さく頷いた。自分の涙を見て事情を知って、何も悪くない朧は成実に謝って、こうしてここまでつれてきてくれた。まあ、多少いらぬことも言っていたが、それでもこうして今蓮太郎と話ができているのは、きっかけを作ってくれた涼子であり、動いてくれた朧のおかげだ。

 そよぐ風に靡く蓮太郎の輝く髪を眺めて、成実は意地悪でも何でも助けてくれた黒い狐に、今度会ったらちゃんとお礼言わなくちゃなぁ。と考えを廻らせる。

「成実さん、ありがとうございました」

 ふと、蓮太郎がそんなことを言った。意味が分からず成実は我に返ってきょとんとする。

「なんで、お礼?」

「僕が心配かけてしもうて、またここまで来てくれはったやないですか」

「それは、私が謝らなくちゃいけないから来たんだよ?」

「それでもここまで来てくれはったことは、僕にとってはありがたいんです。成実さんを一人神社に残して帰ったのに……」

 蓮太郎の瞳が長い睫毛の影を落として詫びる。自身の動揺もさることながら、成実を一人残してきたことにも後悔しているのがよく分かる。

「ううん、ほんとにごめんね。蓮太郎」

「僕こそすいませんでした」

 互いに謝罪を何度も口にする。この件に関しては蓮太郎も頑固なのか、どっちが悪いで少しの間言葉を投げ交わすが、次第になんだかおかしくなってきて、気付けばどちらからともなく笑い出してしまっていた。その声が風に流れる頃、ふっと成実の足元が崩れる。

「ひゃ……」

「え!?」

 かくりと膝を折った成実に、当然蓮太郎が驚き慌てて支えようとする。しかし一歩間に合わずに、成実は花の中に座り込んでしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

「……ん。なん、だろ……」

 自分でも分からないうちに足の力が抜けて座り込んでしまった。立ち上がろうとしても上手くできず、その上なんだかふわふわしてきた。気分が悪いとかではないが、しかしなんとも力が入らない。

「なんか……気が抜けたのかな……」

「は……?」

 成実の独り言のような呟きに、今度は蓮太郎がきょとんとして首をかしげた。

「蓮太郎に謝らなくちゃって、そればっかり気にしてたから……」

 確かに気を張っていた自覚はある。こちらに来ることもどう謝ればいいのかとか、そんなことを考えていたから、緊張していたのかもしれない。珍しく。

 今更ながら、成実が安堵したように大きく息を吐き出したのを見て、蓮太郎がその頬を緩めて崩す。にこやかに唇が弧を描き、大きな手で成実の頭を撫でた。その感触に成実の鼓動は意図せず跳ね上がる。

「成実さん」

「な、なに?」

 じんわりと熱を帯びる頬を感じながら、成実は目の前にしゃがみこんできた蓮太郎を視界に入れた。蓮華のなかで見るその優しい微笑に、甘やかな感情は泉のように湧き上がり成実を包み込んだ。

「これからも、よろしくお願いしますね」

「へ……?」

「なんとなく、言うてみたくなりました」

 ふふふ、と、蓮太郎が嬉しそうに笑った。真っ赤になってしまう成実のことをとても大切そうに見つめて、その髪を飽きることなく撫でている。

「うん。こちらこそ」

 あまりに素直に嬉しそうに笑う白い狐の顔に、成実の顔もまた綻んだ。まっすぐに向けられる金色の瞳に映る成実の顔は、子供のように無邪気で、それを受け止めた蓮太郎の瞳がわずかばかりに違う色を滲ませる。穏やかにゆるりと浸透してくる成実の笑顔に、温かく芽吹く感情がほんの少し蓮太郎の瞳に滲んだが、いかんせん自分に鈍感な成実が他人の感情を推し量るなんて高等技を持っているわけもなく、気付くはずもないのだが。

 蓮太郎のことを考えると、小さく、しかし無視できない葛藤が生まれる。

 それでも向けられる蓮太郎の笑顔と言葉が嬉しくて、成実はいつまでも顔をほころばせて笑ってしまうのだった。

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