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第一章 (5)

 前回のあとがきに書いた時間の設定をここに載せておきます。銀河標準時です。


秒〈ル〉

分〈フツ〉…100ル

時〈テット〉…100フツ

日〈タン〉…10テット

週〈クール〉…10タン

月〈ゲツ〉…10クール

年〈ナク〉…10ゲツ

世紀〈シルル〉…100ナク

節紀〈セルル〉…100シルル

帝節〈ダセル〉…100セルル


 銀河標準時でのルが地球時ではおよそ0.92秒になります。


自 1999年8月9日

至 2002年5月27日

 エリナとランドルフ博士が連れ立って食堂に入ると、辺りのざわめきが一時ピタリと止まる。この場合、注目を浴びているのはエリナの方である。『おっ来たな』という反応なのだ。若年ながらその実力は誰もが知るところである。彼女が来ることによって滞っていた業務が流れ出すのだ。

 エリナのいない間はランドルフ博士自身がその代行をしてはいるのだが、何せ博士自身自分の業務を抱えた上での作業なので、とてもスムーズにとはいかない。しかも微妙な適性の違いから、エリナが担当している業務に関しては、博士よりもエリナの方が詳しいし、博士では踏み込めない部分があるのだ。だからエリナが来ることは大歓迎なのだ。

 もっとも一旦は注目を集めたとしても、ここではそれが長く続くことはない。それぞれ皆忙しい仕事の最中〈さなか〉なのだ。そうそうゆっくりとしてはいられない。それにエリナが来たということは今夜いつもの場所でゆっくり会えるということでもある。

 いつも通りに戻ったざわめきの中を抜けて、二人は席についた。そこへ所員の一人がすいっと近づいて来て声をかける。

「よお、エリナ、久し振り」

「エドナー! 元気そうね。少し太ったんじゃない?」

「やなこと言うなぁ。気にしてるんだぜ、これでも…」

 確かにデブという程ではないが、やや太りぎみではある。もっともエドナーの方もエリナに悪意がないのは判っているから、さほど気にしている訳ではないのだが…。

「あら、健康的でいいじゃない? それとも運動不足?」

「かも知れないなぁ。このところ研究室にこもりっきりだったからなぁ。それより待ってたんだぜ、お前さんを」

「あらそうなの?」

「何たって頭がいないと話になんないからな」

「父さんがいるじゃない」

「博士一人じゃ手が回らないんだよ。判ってるだろ」

「そうね。ならいいニュースがあるわよ」

「いいニュース? 何だそりゃ?」

「今回は他に人手、連れて来たから」

「ふーん、でもただの人手じゃなぁ。腕は確かなのかい?」

「当然よ。なんたって全員、父さんの自慢の息子と娘だもの」

「ってことは、サラやマリーも来てるのか?」

 サラやマリーは大学に入る前、それぞれ一年ずつ父の助手をしていたのでエドナーとも旧知の間柄だ。もっともその頃はまだワズに来てはいなかったが。

「ええ、あと弟達二人。まだ学生だけどね」

「それを言うなら、お前さんたちだってそうだろうが…」

「まあね」

 例え立場は学生であったとしてもランドルフ博士の子供ならば、その能力が低い筈がない。現にエリナなどこの若さで既に技術将校のトップにまで昇りつめてしまっている。それは無論、その実力を見込まれてのことなのだ。

「まあ、そういうことなら間違いはないな。仕事は明日からだろ?」

「うん、その予定よ」

「そっか、じゃあ明日っから大分楽ができそうだな」

「その分、運動することね」

「ちぇっ、それじゃ楽じゃないよ」

 そう言いながら、ちょっとふくれて見せて――もっとも半分はジョークなのだが――そのまま手をヒラヒラと振って、向こうへ行ってしまった。その後ろ姿を見送っているエリナに博士がゆったりと声を掛ける。

「特にトラブルはないが、エドナーの方も頼むぞ」

「判ってるって、大丈夫よ。こっちには仕事しに来たんだから」

「ところでサラ達はどうしとる?」

「どうしとるってね。まっすぐこっちへ来た私が知る訳ないでしょっ」

 まったく人の話、ちーっとも聞いてないんじゃないかしらと思う。もっともこの父、一見すると学究肌――要は研究者タイプ――と思われがちだが、実は結構、実務肌だったりするので、こういうのもひょっとしてわざとやっている可能性は無きにしもあらずではある。

「今頃はあっちも食事時じゃろ。わしの言いたいのはそんなことじゃないわ」

「ああ、今度の呼び出しの件?」

「あやつらがどうとっておるのかと思ってな。そもそも良く来る気になったと思っての」

「ちょっと待って。自分から呼び出しかけておいて、その言い草はないんじゃないの? 姉さん達が聞いたら本気〈マジ〉で怒ると思うわ」

「ふむ、そうかの?」

 相も変わらずのらりくらりとしている。まったくもうとは思うのだが、これもいつものことである。別に今更驚くには値しないのだが、その度に腹を立ててしまうのはエリナの性格によるもので、これはもうどうしようもない。

「そうかの?じゃあないでしょう。来ないと思うなら呼び出しなんかかけなきゃいいのよ」

「だが現にあれだけで来たじゃろう?」

「ほら見なさい、やっぱり来るって思ってたくせに。まあもっともあれで来なきゃ、軍命出したんでしょうけど」

「当然じゃ、仕事だからの」

 やっぱり全部、計算づくだったんじゃないの。まったく食えない狸おやじなんだからとは思ったが、流石にそれを口にするのはやめた。第一、言ったところで堪えるような相手ではない。こんな不毛なやりとりを続けるのはそもそも消化に良くない。なんといっても今は食事中なのだ。

「判ったわ、それはまあこっちへ置いておくとして、まっ今回の件に関して言えば、父さんの態度を測りかねているっていうところじゃないかと思うわ。正確なところは聞いてないから判らないわよ」

 実のところ、エリナは姉弟達との付き合いはそれ程深くはない。大学に入ってから一緒に暮らす様にはなったが、学年や選択科目の違いなどから、一緒にいる時間は決して多くはないのである。それに比べれば、他の姉弟達は小学生の頃から高校に上がるまで、一緒に暮らしていたからある程度、相手の考えを推し量れる様である。

 そんなわけで、エリナは他の四人がこの件をどう受け取ったか、はっきりと断定できないのだ。しかも、この件に関して深く追及されるのを嫌って、電報を受け取ってからこっち、ことさらにその話題を避けてきたのだ。エリナ自身が父の真意を計りかねていたので、あまりしつこく問い詰められたくなかったのだから仕方がない。

「ふむふむ、まあそんなところじゃろうのう。このあと家に戻ったら、その件についてはそれとなく聞き出しておいておくれ。明日からの仕事についても関わってくることじゃからな」

 ――また何つう面倒くさいことを…――とエリナは思ったが、文句を言ってもどうにもならない事は分かりきっていた。どうせまた例の調子でのらりくらりとされるだけだ。

 それよりも気になるのは明日からの仕事というフレーズの方だ。何を企んでいるのだろう。あとでじっくり考えないと…。

「ごちそうさま。それじゃ私、帰るわ」

 これ以上、不毛な会話を続けても疲れるだけと判断してエリナは席を立った。研究室へ戻る父と別れ、帰宅の途につく。

 その途中、荒野のど真ん中でジープを止めた。辺りに人の気配はない。座席にもたれて目を閉じた。そのまましばらく身動きもせず、じっとしていた。一体、何をしているのだろうか?

「成程ね、確かにその通りだわ」

 ややあって目を開け、ぽつりとそう独言ちた。それからおもむろに天を仰ぐ。

「それにしても、何故こんな急に? 何があったというのかしら?」

疑問をそのまま口の端にのせた。どうにも納得がいかなかったのだ。ワズを離れていたのはわずか3ヶ月〈ゲツ〉足らず。どうして事態がこれ程まで、急転してしまったのだろうか。

 確かに3ヶ月〈ゲツ〉という期間は決して短いとは言えない。だが1ヶ月〈ゲツ〉程――いや、正確に言えば8週〈クール〉――前に書かれたと見られる父の手紙には、事態の急変を窺わせるものは何もなかった。始終、顔を出していた軍の基地でも、妙な情報を耳にすることはなかった。とすると、このおよそ半月〈ゲツ〉ばかりの短い間で、ここまで急変してしまったということであろう。

 エリナを含めてランドルフ家の者は、迫りくる危険を察知する能力を有している。それは大気中に満ちあふれているある種の気を読みとる能力である。そうしてここの大気は、大いなる危険をささやき続けている。

 他の姉弟達もおそらくそれを感じとってはいるのだろうが、ここが前線ということで、それに対する判断を鈍らせているのだろう。民間人である彼らは、そもそも前線になど出たことはない。そこでの危険がどんなものか知る筈もないし、ワズに来るのも初めてである。一般的な前線とワズとの違いもわからないだろう。

 だが一応まがりなりにも軍人であるエリナは前線も知っているし、何度も来ているから普段のワズも知っている。だから、この危険が明らかに常とは違うことが判るのだ。何がどう違うのかと問われると説明にためらうが、いつもよりそれは強く、しかも間違いなく命の危険を伴っている。それもかなり切迫したものだ。それは多分エリナが、実際にその状況に追い込まれたことがあるからかも知れない。まあいい、何があったかはおいおいわかってくるだろう。もっともこの分では、それが判る前にそれどころではなくなってしまうかも知れないが…。


 一方、その頃、ぶらりと町に出ていたバーディはさほど広くない町を既に一巡し、荒野を見渡せる町外れにいた。メインストリートから真っ直ぐに伸びる細い道が、遥か彼方まで続いている。その先におぼろに見えるのは切り立った断崖のようだ。

 この細い道は一体どこに続いているのだろう。この先にまだ別の町か村でもあるのだろうか。しかし、月一回、あの程度の輸送船しか来ない様では、あったとしてもこの町よりずっと小さい集落だろうと思われた。

 この荒野を見る限り、とても耕作に適した土地があるとは思えない。となれば当然、生活物資は月一回の輸送船を頼るしかないのだ。まだ学生の身ではあってもそれぐらいの事は容易に推察できる。

 ふと気づくと、その細い道の向こうから砂煙が近づいてくる。遠くてまだ良くわからないが、どうやら軍用のジープの様だ。とするとこの先にあるのは何らかの軍事施設なのかも知れない。

 近づいてくる車をじっと見ていると何と運転しているのはエリナである。向こうもこちらを認めたらしくスピードを落とし、バーディの目の前でジープは止まった。

「バーディじゃない。何してるの、こんなとこで…」

「姉貴こそ、家にも寄らないで何処行ってたんだよ」

「何処って、研究所よ」

「俺達の事は心配じゃなかったのかよ」

 自分の事を放って、先に研究所へ行ったというのがどうにも気に入らない。何だか置いてきぼりを食らった様な気がするのだ。

「だって私が空港ビルに入った時はもう誰もいなかったじゃない。だから多分、バムおばさんが迎えに来たんだろうって思ったのよ」

「それにしたって、それなら尚更、研究所へ行く前に寄ってってくれればいいじゃんか」

「ごめんごめん、でも寄ったら絶対ついていくってきかないでしょ」

「ついてっちゃいけないのかよ」

「そうよ、だってあんたたちがいたら、ますます父さん、本音を言わなくなるもの」

 拗ねまくっている弟をなだめようともせず、はっきりとそう言い切る。

「本音!? それって俺達を呼びつけた?」

 エリナの言葉で俄然、興味が湧いてきたらしい。置いていかれたことよりも、もうそっちの方が気になっている。「とにかく乗って、詳しい話は家に帰ってからね」

 うまくかわして車を走らせる。一緒に暮らした期間は短いとはいえ、そこはそれ、流石に姉貴、弟の性格をちゃんと見抜いている。話の反らし方のうまいことこのうえもない。

 そのまま家までは二人とも黙ったままだった。バーディとしては自分だけ先にその話を聞いてしまうのは、他の姉弟達に対してどこか後ろめたかったし、エリナの方はまだどこまで話すべきか考えていなかったので、うかつなことを先走ってしまう訳にはいかなかったのだ。

 やっと第一章が終わりました。次はワズでの日々になります。


入力 2012年5月22日

校正 2012年6月27日


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