第一章 (4)
第一章は多分、次話で終わると思います。なかなか話が進まず、申し訳ないです。銀河戦争といいながら、まだまだ戦争の場面は遠いです。
自 1990年10月7日
至 1990年10月13日
修正 2013年4月8日
駐車場で鍵のナンバープレートに合う車を探し、その中に持っていたボストンバッグを放り込むと、自分もそれに乗り込む。門のところまで来て一旦車を止めた。それを見て詰所の中からさっきの当番兵が慌てて出て来て、最敬礼する。
「エリナ中将殿! 先程は失礼致しました。もうお帰りですか?」
「ええ、用は済んだから。そのうちまた来ると思うけど、その時はよろしくね」
「はっ、もちろんです。お気をつけて…」
エリナはにっこり笑ってそれに答え、ジープを発進させた。そのままメインストリートを走り抜ける。家に向かうのかと思ったが、どうもそうではないらしい。どちらにも曲がらずに町を抜けてしまう。町を抜けて荒野をしばらく行くと、すぐ目の前に崖がそびえている。そこを左に折れた。
崖に沿って細い道がずっと続いている。最も道といってもきちんと舗装されたものではない。そもそも道と呼べるかどうかも怪しい。まあ一種の獣道と言えるようなものだ。
左手に遠く見えていた町並みもすぐに途切れ、あとは一面の荒野が続いている。どこへ行こうというのだろうか。道があるからにはこの先に何かがあるのだろうが、それは一体何なのだろう?
やがて道は崖から離れ荒野の中へと向かう。その先に何やら建物らしきものが見えて来た。見たところ何の変哲もない普通のビルである。もっともビルとは言っても三階建てぐらいのこじんまりしたものだが…。その背後には崖がそびえていた。どうやらさっきの崖の続きの様だ。エリナはその中央へとジープを進めた。
「止マレ、何者カ!?」
機械的な声がどこからか響いてきた。きつい命令口調である。
「エリナ・ランドルフです。開門願います」
「本人デアルト確認。同行者ナシ。了解、開門シマス。ドウゾオ入リ下サイ」
中央部分のゲートが開き、エリナはその中へジープごと入っていく。その背後でゲートがすぐに閉まった。
中はどうやら駐車場になっている様だ。区画された一角に車を停めると、ボストンバッグをそこに置き去りにしたまま、更に奥へと歩を進めた。
研究所内に入るとすれ違う相手がみな彼女に声をかけていく。それを軽くあしらいながら父のことを尋ねる。誰に聞いても一様に首をひねって、研究室じゃないのォというばかりだ。もっともエリナの方も多分そんなところだろうと予想していたから別に驚きもしない。
建物の中を抜け切ったところで構内車に乗り、まっすぐ父の研究室へ向かった。ここらは既に崖の内部、つまりは地下である。かの建物はコの字型をしていてその開口部が崖に接している。ここから崖の内部に入る様になっているのだ。
ちなみに三階建てになっているのは中央部分のみで、左右の翼は一階しかない。建物に囲まれた中心部には大きな丸いドーム があり、内部は格納庫〈ドック〉になっている。
構内車は広すぎる崖内部の研究所内の移動用の小型の車両で、一人乗りと二人乗りとがある。エリナが今使っているのはもちろん一人乗り用である。
父の研究室の前まで来て車から降りた。一応ドアはノックしたものの、相手の返事は待たずにそれを開ける。
「失礼しまぁーす」
声をかけながら中に入る。書類に埋もれていた部屋の主が顔を上げた。
「何だお前か、何の用…」
言いかけてハッとし、壁の自動カレンダーに目をやる。
「おお、そうか今日着くんだったな。他は?」
「さあ、知らない。私が少し遅れてビルに入った時はもういなかったもの。父さん、バムおばさんに迎え頼んだんでしょ?」
「ああ、そうだが、よく判ったな」
「だって他に考え様がないじゃない。で、だからそっちは放って来ちゃった。それより父さん、これはどういうこと?」
「これ?」
「とぼけないで、全員来いっていうあの電報のことよ」
「ああ、それか。いや、仕事を急ぐ様にと軍から通達が来たのだ」
「それとこれとどうつながる訳?」
「つまり人手が必要になった訳だ」
「でもそれなら何も姉さん達、わざわざ呼び寄せなくたって…」
「緊急に集められる優秀な人材というのには限りがあるからの。お前だってそのぐらいは判っているだろう?」
「そりゃ確かに…。でもそれじゃ答えになってないわ」
「どういうことだ?」
「ほらまたとぼける。言わなくたって判っている筈よ」
「何のことかな? とんと判らんが?」
判らない筈はないのに、こうものらりくらりと逃げられると腹立たしさを通り越して、言う気力も失せてくる。しかし、ここでくじけていてはこの父の相手など務まろう筈がない。気力を振り絞って更に問う。
「もう…。私が聞きたいのは父さんが姉さん達との約束を反古にしてまで、今、呼び寄せなきゃならない理由だわ。いくら何でも時期が早すぎる。軍からの要請だけじゃないんでしょ? もっと切羽詰まった事情があるんでしょ? 大体、それだけの理由で姉さん達、説得できると思っている訳?」
ここまで一気にまくしたてる。慣れないものが聞いたらそれだけで目を丸くしそうな勢いだが、博士の方は少しも動じていない。相も変わらずゆったりとした口調でこれに答える。
「説得しようなどとは思っておらんよ。取り敢えずは夏休み中だけの手伝いとしておけば良い。そのうちそれどころじゃなくなるだろうし…」
「それどころじゃなくなる? どういうこと?」
「その答えはお前自身、薄々気づいているのではないのかな? 自分で確認してみればいいだろう?」
「そう・いうこと・ね。ふーん、まあいいわ。どうせそれ以上は話すつもり、ないんでしょ? で?」
「明日、朝一で全員研究所に来る様にとな」
「判ったわ、伝えておく。ところで話は変わるけど、例の件、どうなってるの? もう片は付いた?」
「いや、それがどうもな。うまくいかないで困っている。方程式のどこかにミスがあるか、それともまだ我々の知らない未知のファクターがあるか、もしくはプログラム上に何らかの虫が入り込んでいるか、どれかだとは思うが、今のところ特定できていない」
「そうそれは困ったわね。あれは今度のシステムの中枢になるんだから。いいわ、戻って来たからにはそっちは私が引き受ける。父さんはいつもの仕事の方に戻って」
「うむ、そうするとしよう。では明日からよろしく頼むよ。それはそうと今夜はいつものところか?」
「もちろん。邪魔しようなんて野暮なこと考えないでよ、父さん。そうでなくとも仕事に入っちゃったらゆっくりできないんだから」
「判ってるとも、邪魔などせんよ。それより、そろそろ昼だが、こっちで食べていくかね?」
「そうね、父さんと一緒に食事なんて久し振りだものね。そうするわ」
「それじゃ早速、出かけるとしよう」
さて、場面は変わってこちらはランドルフ博士の家。折しも昼食の真っ最中である。始めのうちは食べることに熱中していて、これといった会話もなかったのだが――そりゃそうだろう、全員朝食抜きなのだから――、デザートが出る頃にはようやく胃も落ち着いたと見えて、会話が盛んになって来た。話題の方はどうやらさっき空港でしゃべっていたここに呼び出された理由についてらしい。
「だ・か・ら、気になるんだって言ってるだろ。あの電報見た時の姉貴の顔ったらなかったぜ。どう見てもありゃ演技なんかじゃない」
「ま…ね、確かに…。ポーカーフェイスはお手のもののあの娘があんな顔するぐらいだし…」
「余程、予想外だった訳よね、姉さん。でも、いつかはこんな日が来るって知ってはいたみたいよ」
「それ、どういうこと? マリー」
「マリー姉さん、何か知ってるの?」
サラとデビーが身を乗り出した。
「姉貴、あの時、『早過ぎる』ってつぶやいたもんな。そのこと言ってるんだろ、マリー姉さん」
マリーが答えるより早く、バーディが脇から口を挟んだ。
「どうしてそれを…っと、そうかあの時、あんたの方が近くにいたんだったわね」
一瞬、驚いて目を見張ったマリーだったが、その時の情景を思い出して納得する。帰って来たエリナをバーディが飛び出して迎え、電報を持っていたマリーが二人に歩み寄ってそれをエリナに手渡したのだ。その時、サラとデビーは奥のソファに座ったままだった。
「『早過ぎる』か、成程ね。でもそうだとすると、それがどういうことかエリナに直接、聞いてみるべきだわね」
「そうね、それが一番いい方法だとは思うわ。でも話すかしら?」
「エリナ姉さん、こっち来る途中もその話題避けてたし…。無理じゃないのかなぁ、聞き出すのは」
「そういや、姉貴どうしたんだろ。ちっとも帰って来ないけど…」
「きっとその辺で引っかかってるのよ。こっちに友人多いんだろうし…」
「そうね、まあそんなとこでしょうね。とっくに故障の原因なんて判ってるでしょうし。とにかくこの話はエリナが帰って来てからにしましょう。憶測でものを言っても始まらないわ」
サラがそう言ってこの場を締めくくった。もう荷物の整理は済んでいる。サラとバーディはそれぞれてんでに外へと出掛けた。マリーは友人に手紙を書くと言って部屋に引っ込み、デビーはそのまま居間に残って書棚の本を物色し始める。面白そうな本があったら読もうというのだろう。柱の掛け時計は5時〈テット〉ちょうどを示していた。午後はこれから始まるのだ。
今回、最後に時間の表示があったので、この世界の時勢について説明しておきます。
ここでは銀河共通時と惑星時の二種類が使われています。宇宙空間では共通時、個々の惑星では惑星時が使われます。今、舞台になっているワズはほぼ共通時と惑星時が一緒です。ちなみに銀河共通時での一時間〈テット〉は地球時間で言うとおおよそ2.65時間になります。詳しい対比表は後日載せる予定です。
入力 2012年5月16日
校正 2012年6月25日
修正 2013年4月8日