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第一章 (3)

 長くなりそうなので、一旦切って投稿します。

 エリナの動きはまだまだ続きます。


自 1990年8月26日

至 1990年10月7日

 さて、そのエリナが空港ビルに入って来た時には、既に姉弟たちの姿はなかったが、彼女は別にそれを不思議がる風でもなかった。いつもとまったく変わらない様子でスタスタとカウンターに近づく。カウンターの中にいた係員がその気配に、手にしていた書類から顔をあげた。

「よう、エリナ。久しぶり」

「はあい、アイラ。またしばらく滞在するわ。よろしくね」

「こっちこそな。ところでさっきこっちに君の家族が寄ってったが、あれで全部かい?」

 ランドルフ博士の子供が五人というのは今は皆が聞き及んでいる。何せあのザルドゥかも知れないと言われているのだ。それ以上、子供のいる筈はないのだが、それでもやっぱり聞いてみる。その問いにエリナは吹き出した。アイラは少しく機嫌を損ねたらしく、ムッとした表情で言い返す。

「何だよ。俺なんか変な事、言ったか?」

「ううん…そうじゃ…なくてね」

 言いながらエリナはまだ笑っている。

「だってみんな同じ事、聞くんだもん。異口同音にね。あれで全部か?って。向こう出てから知り合いに会う度によ。いい加減聞き飽きて耳にタコができちゃったわ」

「そうなのか?」

「そうよ。大体、五人姉弟だってのはみんな知ってると思うのにどうして聞く訳? そこが良くわかんないのよね」

 不思議そうに問い返したアイラに対して、これまた不思議そうな表情でエリナが尋ね返す。実際エリナにしてみれば不思議でしょうがない。ランドルフ家の五人姉弟と言えば、銀河で知らない者はまずいないだろう。それは銀河を渡り歩いたエリナには、誰より良く判っている事実だった。しかも連邦内はもとより、連盟側にも良く知れ渡っている事実でもある。

 最もエリナ自身は普段あまり家族の事を話そうとはしない。聞き及ぶところによれば全員母親が違うそうだから、姉弟仲はあまり良くないのかも知れない。まあこれはあくまでも推測の域を出ないのだが…。それはともかく、そのエリナの表情で逆にアイラの方は機嫌を直したらしい。

「まあいいや、とにかく手続き済ませちゃえよ。と言っても毎度おなじみ、ここにサインもらえばいいんだけどさ」

 言いながら、ひょいっと一枚の書類を取り出す。エリナはそれにさらさらっとサインをした。実に簡単なものである。流石に軍の最高技術顧問だけのことはある。これがただの将校クラスなら、身分証明だの着任証明だのと証明書類を何種か提出した後、これまた何種類かの書類にサインをしなければならない。

 ましてそれが民間人ともなれば話はもっとややこしくなる。もっともこんな辺境では各種の書類は単なる形式で、サインするのが面倒なだけですむが、中央政府に近い土地ではその審査が厳しく、書類を提出してから認可されるまで半日以上待たされるなんてのはざらである。下手をすれば三日経っても四日経っても、宇宙港のビルから出られないなんてこともあり得るのだ。

 その為に軍関係の人間なんぞは予め通達を出して書類の手配を済ませておいたりする。それでも尚、場所によっては一日や二日、待たされることはあるのだ。

 実際、エリナだって最初にここに来た時にはもう少し手続きが面倒だった。今はもう顔を見ただけで本人と分かるから、身分証明の提示を求められることもない。エリナはサインを済ませて書類をアイラに戻した。

「で、今夜はいつものとこかい?」

「うん、もちろん! アイラも来るんでしょ?」

「ああ、どうせ残業する程、仕事はないし…」

「あら、でも船ついた日は忙しいんじゃないの?」

「そりゃ、いつもより仕事はあるけど、今日中に片付けなくったっていいんだから」

 確かにアイラの言う通り、今日中でなくとも良い。定期船なんて月に一度しか来ない。要は事務処理なんぞ、次に船が来るまでに片付いていればいいのだ。もちろん、定期船の出航のための手続きというのがあるが、大体荷の積み降ろしだなんだで、二~三日はここに滞在するから、そちらの方も慌てることはないのである。

「そりゃ、そうよね。じゃあ、また今夜!」

 まあその辺のところはエリナも良く判っているのだろう。あっさりとうなずき返し、手を振ってその場を立ち去った。

 空港を出てすぐ左に折れる。いくらも行かないうちに軍の施設が見えて来た。そのままスタスタと入り口へ向かい、門衛の詰所の方へ軽く片手を上げて合図すると、無造作に中に足を踏み入れた。するとその途端、詰所の戸が勢い良く開いて、一人の青年が飛び出て来て、その進路を塞ぐ。

「待て! 何者だ! 何処へ行く!」

「何処へって…、中に決まってるじゃない」

 そう言い切って、それが何か?という風に小首を傾げて見せる。

「中にって…、ここがどこだか判っているのか?」

「軍の基地でしょ」

 当たり前じゃないのという表情〈かお〉だ。一方、この答えに件の青年はいささかムッとした様だ。

「判っているのなら、入構許可証を」

 それでもやっとのことで、気を落ち着けてそう言った。

「あらやだ、何、堅いこと…。と…もしかして新人さん?」

 軽く混ぜっ返そうとしかけて、エリナはしげしげと相手を見つめ、口調を変えた。相手は一瞬戸惑った様な表情を見せ、それから憮然とした口調で答え返した。

「五月に来たばかりだが、あんた一体…!?」

「五月…ふうん、そっか。じゃあ私の顔、知らない訳だ」

 最後の質問が聞こえているのかいないのか、エリナはそうつぶやきながら一人で頷いている。それから不意に相手の方へと視線を向けた。

「私はエリナ・ランドルフ。今日は資材部に用があって来たんだけど…」

「エリナ・ランドルフ…?」

 何処かで聞いた様な…と考えかけてはっと気づいた。一瞬、最敬礼しかけたが、中途でそれを止める。というのは、最初はその名前に条件反射を起こしたものの、この目の前にいる相手がその本人とは限らないと気づいたからである。

 大体、どう見ても余りに年若い。もちろん彼とてエリナについて多少のことは聞き及んではいる。が、その正確な年齢までは知らないのだ。いくら才能があると言っても、最高技術顧問がこんなに若い筈はないと思うのだ。どう見ても自分と同等か、もしくは下の年齢に見えるこの目の前の相手があのエリナ・ランドルフとは思い難い。

「でしたら身分証明をお見せ下さい」

 口調だけは丁寧なものに変えたが、毅然とした態度は崩そうとしない。

「ふう、仕方ないわね、新人さんじゃ…ちょっと待って」

 やれやれという表情で軽く溜息を一つついて、エリナは持っていたボストンバッグの中を引っ掻き回す。が、普段余り使わないものだから、どこに入れてしまったか思い出せない。何せワズに来るのに通るところはどこも顔見知りの担当官ばかりなので、そんなもの提示したことなどないのだ、最近では。それでもいざという時、必要なものではあるから、確かに入れては来た筈、筈なんだけど…見つからない。

「あらーっ、困ったわ。見つからない。ねえ、なしじゃどうしてもダメ?」

「駄目です、規則ですから…」

 にべもない。まったくこれだから新人さんってのは…とは思ったが、口に出すとトラブルを招きそうなので言うのは止めた。

「堅いこと言わないでさ。ねえ、決して迷惑はかけないから…」

「駄目といったら駄目です。あなたが本人であると確認できるまでは」

 どうにも後に引かない。まあ本来は確かにこうでなくてはいけないのだが、しかし…。

「よう、エリナじゃないか。何やってんだ? そんなとこで」

 その押し問答の最中に不意に脇から声がかかる。えっと思って振り返ると、そこには一人の将校が立っていた。当番兵の方もエリナと同様に振り返り、相手を見て今度こそぱっと最敬礼をする。

「ヤング中尉! ではこの方はやはり…」

 驚いて目を見張った。彼がエリナと呼び掛けた以上、これは本物だろう。サアッと血の気が引いていくのが自分でも良く判る。

「あら、リチャード、良いところへ。ねえ、私が本人だって証明してくれない? 身分証明がどっか紛れちゃって…」

 リチャードの方へ振り向いていたため、エリナには当番兵の表情は見えない。だからこそ平然とこんなこと言い出せるのだろう。一方、リチャードの方は双方の様子を面白そうに見比べてから破顔一笑した。

「はっはぁ、成程な。エリナ、心配しなくてもそいつどうやら気づいた様だぜ」

 確かにその通りだった。彼は気づいておろおろしている。

「あっ…あのっ…エリナ中将殿、知らぬこととはいえ…ご無礼を…」

 しどろもどろに謝り出した。そりゃそうだろう。中将ともなれば、彼女の裁量一つで自分の首を飛ばすことなど容易いことなのだ。(ちなみに制服組でない技術将校の最高位である最高技術顧問は制服組に当てはめると中将になるため、一般的にはこの呼称で呼ばれるのが普通である)

「あら、いいのよ。気にしないで。あなたは職務に忠実だっただけなんだから…。で、もう入ってもいいかしら?」

「はっ、はい、もちろんです。どうぞお入り下さい」

 エリナはリチャードと連れ立って、構内へ足を踏み入れた。しばらくいって何気なしに振り返るとかの当番兵は未だにその場に立ち尽くしたままだ。

「やれやれ、こりゃあいつ当分立ち直れないぜ」

 エリナにつられて後ろを振り向いたリチャードが溜息混じりにそうつぶやいた。

「立ち直れない? どういうこと?」

「だってさ、たかが一兵卒が天下の中将様相手にタメ口きいたんだぜ。下手すりゃ軍法会議もんだ」

「あら、でも技術将校と制服組じゃまるっきり形態が違うじゃない。制服組の方はそんなの意識してないでしょ。現にあなただってこうして私とタメ口きいてるじゃないの」

「そりゃ、お前さんがどういう人間か良く知ってるからな。それに確かに俺達制服組は技術系の連中の階級に関して、あんまり額面通りに受け取っちゃいないが…。それでも面と向かってんなこと言えるかよ。特に格上の相手にはな。相手がお前さんみたいに物分かりがいいとは限らんだろう?」

「ってことは、あなたも私のこの肩書きには納得できてない訳だ。まっそりゃそうよね。余りにも若過ぎるもの」

「そうだな、確かにお前さんは若過ぎる程若いが…。しかし若くったって仕事のできる奴はいくらでもいる。俺はあんたもその一人だと思ってるがね」

「よしてよ。私そんなに出来、良くないわよ。ところでどっちへ行くの?」

 話をしているうちにいつの間にか基地の建物のところまで来ていた。

「あっ俺はこっちだ。訓練所へ行くんでな。そっちは?」

「あたしは資材部に用があるからあっち」

 それぞれ反対の方を指し示した。

「そっか、じゃあここでお別れだな。で、今夜は『カマルの牙』か?」

「うん、もちろん。ベンやエルも来るって、あっそうそうアイラもそう言ってたわ」

「今夜が当直の連中はがっかりだな。ま、じゃあその時に…」

「うん、じゃあまた」

 リチャードと別れたエリナは一路、資材部へと向かった。ドアを開けて中に入ると、いくつかの視線がその方へ向けられる。そのうちの一つに向かって歩み寄った。

「こんにちは、リーザ。久しぶり、元気でやってる?」

「ええ、もちろんよ、エリナ。今、着いたとこね。いつもの様にジープでしょ? もう用意してあるわよ」

「あら、手回しがいいのね。もっとも定期船の来る日はちゃんとチェックしてあるんだろうけど。そう言えば、エル達、休暇なんですってね」

 ちょっと意味あり気に片目を瞑って見せる。リーザは顔をほんのり赤らめた。

「えっ、ええ、そうらしいわ。こんな辺境でつまんないってこの前こぼしてたから…。でも、私がいるって。きゃっ、変なこと言っちゃった」

 ますます赤くなってリーザは顔を伏せた。何だかからかうのが馬鹿らしくなって来る。何もこうも手放しでのろけなくたっていいと思うのだが…。溜息を一つついてエリナは話の方向転換を図った。

「ところで、ジープとは別に資材調達を一つ頼みたいんだけど…」

「あっ、じゃあちょっと待って、申請書持って来るから」

 まだ赤い顔をしたまま、リーザは奥の書類ケースの方に走り去る。戻って来た彼女から書類を受け取り、その場で急いで必要事項を記入し、サインをしてまた彼女に返す。

「はい、確かに。それからこっちはジープの鍵」

「じゃあ、その手配、よろしくね」

 申請書類を軽く示して、そう言ったあとエリナはリーザに別れを告げ、資材部を出た。

入力 2012年5月12日

校正 2012年6月24日


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