第一章 (2)
自 1990年5月5日
至 1990年8月25日
さてその話題の主エリナだが…こちらはまだ船内の機関室でじたばたしていた。
「ふーっ、やれやれ原因はわかったけど…」
「こりゃ無理だな、直すのは…。どうする? ベン」
「どうするったって、こんな辺境じゃ部品も手に入らないし、まあ動かない訳じゃないしな」
「そりゃそうだけど、じゃあだましだまし使おうってのか? いくら何でもそりゃ無茶だ」
「しょうがないだろ。取り寄せるったってこんな特殊なもん、右から左にって訳にはいかないじゃないか。注文してできるまで半年はかかるって代物だ。かといってその間仕事しない訳にもいかねえし…」
「ねえ、ちょっと二人とも。これって軍用船のと一緒よね。なら手に入らないこともないわよ」
「おい、ほんとかよ、エリナ。手に入るのか?」
ベンが身を乗り出した。
「ちょっと待ったベン。エリナ、今、軍用船と一緒って言ったよな。まさか軍物資を横流ししようってんじゃ…」
「あらやだ、エル。人聞きの悪いこと言わないでよ。ちょっと軍ルート通すだけよ。まあこの基地にはないだろうけど、こういう特殊なものなら本部の方に在庫はあると思うのよね」
「やっぱり横流しじゃないか。ごめんだぜ、軍とトラブルを起こすのは…」
「横流しじゃないってば。あたしが使う為に手配するのよ。購入するのはあくまでもあたし。どう使おうとあたしの勝手だわ」
ベンとエルは思わず顔を見合わせてしまう。そんなことが可能なのだろうか? 軍内部ですら物資の調達はままならないと聞いている。手続きとかもかなり大変だし、申請を出して手元に届くまで一年以上待たされることもまれではないとも…。使用目的のはっきりしない物の申請など通る筈もない。
「やーね、なんて顔してんの? 本当に心配いらないってば。合法的な手段よ。あたしだって伊達に軍の肩書き持っている訳じゃないんだしー…」
「でもいくら技術将校だったって、そんな権限ないだろ?」
ベンが不思議そうに問いかける。
「そりゃ普通の技術将校ならね、何かと面倒だけど…、でもあたしは違うもん」
「違う? 何が?」
「あれ? 言ってなかったっけ? あたし、これでも軍の最高技術顧問の一人だよ。文句なんかつけさせないよ」
「最高技術顧問!?」
ベンとエルはオウム返しに素っ頓狂な声をあげる。確かにただ者じゃないとは思っていたが、そこまでとは知らなかった。階級的に考えて、大尉か少佐ぐらいの位置と思っていたのである。最高技術顧問と言えば技術将校のトップではないか。
成程、それならばさっきからの会話自体は納得できる。でも納得できはするが、こうした話題をこうもあっさりと茶飲み話風にして欲しくはない。エリナと違って彼らは至極普通の民間人なのだよ。
「話は良くわかったよ。で、その好意、受けるのはいいとして、部品、どのぐらいで手に入るんだい」
溜息とともにベンが話の方向転換をはかる。これ以上、心臓に悪い話はできれば聞きたくない。
「どのぐらいって…。あっ、そうか受け取る都合があるもんね。明後日にはここ発っちゃうんでしょう?」
「ブーッ、残念でした。いつもなら確かにそうなんだけどね」
「ところが今回は違うんだな。なんと休暇とぶつかっちゃってね」
「休暇? ふーん、ということはあと一カ月はここにいるってこと?」
「そういうこと。俺たちとしてもできりゃこんなとこじゃない方が良かったんだけど…」
「会社命令だから仕方ないさ。それにそのあとここで受け取る荷を待たなくちゃならなくてね」
「荷!? はーん成程、連盟からの密輸品かぁ。じゃあ、いつつくかはわかんないもんねぇ」
「おい、エリナ、どうしてそれを…」
二人は慌てる。そりゃ無理もない。こんなことが軍にばれたら、民間人といえども充分軍法会議に値するのだ。
「そのぐらいわかるわよ。でも安心して、軍には内緒にしとくから。こんな優秀なパイロット、つぶしたりしたらあたしが損するもの」
「おいおい、おだてたって何も出ないぜ」
「あら、これは本心よ。あたしも仕事柄、色んなパイロットと会うけど、あなたたちはその中でも優秀な方だわ。少なくともあたしはそう思ってるわ」
こうも真っ向からほめられると照れてしまう。何だか妙に居心地が悪い。
「と、とにかくさ。そんな訳で一月半くらいはここにいるぜ」
急いで話を元に戻す。
「ふぅーん。それなら充分よ。運良く在庫があれば、取り寄せるのに一カ月かからないと思うから」
「そっか、じゃ悪いけどよろしく頼むよ。あっ、それから今夜は『カマルの牙』に行くけど…来るだろ?」
「うん、もちろん。仕事に入っちゃうとなかなか行けないもんね。じゃ、またその時に…」
エリナはそう言って機関室を出て行きかけたが、入り口のところで急に立ち止まる。いたずらっぽい目をしてくるりと振り返った。
「そうそう、エル。これから軍の方へ寄るけど、リーザに何か伝言ある?」
ふいをつかれたエルは一瞬目をしばたたかせ、次の瞬間、顔を赤らめる。
「な、……何もないよ」
おたおたと答え返す。
「まっ、慌てることないわよねぇ。これから一カ月半、一緒に過ごせるんだから…」
「いいよな、お前は。俺はこれからの一カ月半、この不毛の大地で何をすりゃいいか悩んでいるってのに」
エリナの尻馬にひょいっとベンが乗っかった。要は二人でエルをからかっているのだ。エルもそれには気づいたらしい。
「お前ら、俺をからかってんな、このっ!」
言うなりベンに飛びかかった。その手をすり抜けてベンは慌ててエリナとともに機関室の外へ逃げ出す。 幸いにしてエルは後を追っては来なかった。そのまま船の入り口でエリナはベンと別れ、一人空港ビルへと向かった。
一方その頃、バムに連れられたサラたちはサムの運転する車で一路、家へと向かっていた。宇宙港はどこの星でも大抵市外にあるものだが、ここは違った。辺境で人口が少ないという事もあるのだろうが、空港ビルの前から真っ直ぐにメインストリートが続き、商店や公共の建物らしきものが続いている。
その表通りを走っている時、後方から爆音が響いて来た。何事かと一行が振り向くとその頭上を越えて、数機の小型高速艇が飛び去っていった。
「またあいつらか。ったく、休みとなると集まって来やがる」
サムがいまいましそうに毒づいた。それへサラがたずねかける。
「何なんです? 今の」
「暴走族の連中ですよ。確かダイナースとか言ったかな。このあたりは辺境で取り締まりが厳しくないもんで、休みになるとああやってやって来て空を飛び回ってるんです。軍でも手を焼いているんですが、何せ人手が足りなくて…」
足りないのは人手だけではなかろうと思ったが、サラたちはそれを口にはしなかった。前線とは言え、こんな辺境では戦闘など滅多に起こらないだろう。配属されている軍人パイロットの質などたかが知れている。
それに比べたら族の連中の方が技量は遥かに上だ。しかもそれがダイナースともなれば尚更…。宇宙暴走族ダイナースの噂はサラたちの耳にも入っている。その噂を話半分に聞くとしてもダイナースのメンバーになるためには余程の技量が必要らしかった。
そうこうしているうちに車はメインストリートから外れ、いくつか角を曲がったところで止まった。そこにはちょっと古風な石造りの家が建っている。
「さあ、着きました。ここが皆さんの家です」
「へーえ、ここがねえ」
「いかにも親父の好きそうな家じゃないか」
サラの言葉にバーディの声が重なる。あとの二人はただ黙ってその家の外観を眺め回していた。その間にバムは玄関の鍵を開け、四人を手招きした。
「さあさあ、皆さん。そんなところに突っ立ってないで…」
「あの、父は?」
「博士は研究所の方です。今夜はこちらに戻られると思います」
「今夜は!? ってことは、いつもは研究所に寝泊まりしてるんですか?」
「いつもという訳ではありませんけど、このところはお忙しい様で、良くあちらにお泊まりになってます。でも今夜はこうして皆さんがいらしたことですし、きっと帰ってらっしゃいますわ」
バムはそう言いながらスタスタと中に入って行く。四人は手荷物を持ったまま、その後に続いた。
一方サムは外でせっせと荷の積み降ろしをしている。せっかくの休暇をこんなことでつぶされているというのに、嫌そうな顔一つしていない。余程、気だてがいいのか、そうでなければ何かそれなりの正当な理由があるのだろう。まあ単に働き者だというだけのことかも知れないが…。
中に入った四人もすぐに手伝いに出てくる。車から降ろされた荷物を、取り敢えず家の中へと運び込んだ。その後で、バムの案内で各自の部屋を確認する。
「お二階の方になりますわ。もちろん皆さん個室で。ちょっと手狭かも知れませんけど…」
バムはそう言ったが、どうしてどうしてそれぞれ結構広い部屋である。何といっても皆、今までは大学の寮で暮らしていたのだ。それに比べれば充分過ぎる程広い。
各自の部屋が決まったところで、荷をそれぞれの部屋に運び込む。その間にバムは台所へと引っ込んだ。昼食を作ろうというのだろう。
サムの方は家の中に荷を運んだその足で自宅へと帰って行った。四人はそれぞれの部屋で荷解きを始めている。
エリナはまだやって来ない。とうに空港は出た筈だが、どこで何をやっているのだろうか? 最も実を言えば、今のところそんなことは誰も心配してはいない。バムの方は昼食の支度に余念がないし、他の四人はそれぞれ部屋の片付けに熱中している。まあ確かにエリナなら放っといても大丈夫だろうが、ちょっと冷たい様な気がしないでもない。
入力 2012年5月7日
校正 2012年6月23日