第一章 (1)
ようやく主人公たちが登場します
自 1986年6月16日
至 1990年5月4日
乾いた大地が遥か彼方まで続いている。日が昇り、辺りはようやく白みはじめていた。動くものの姿はない。ただ時折、風が砂を舞い上げるだけだ。静かな朝である。
そこへ突如ものすごい轟音が大気を揺るがし響きわたった。それと同時に砂煙がたち、何も見えなくなった。その中で音だけが次第に大きくなり、やがてそれは始まった時と同じように突然止んだ。
砂煙が次第に落ち着いてくると、その向こうに黒い塊が見えて来た。どうやら宇宙船らしい。船腹のマークから察するに民間ベースの定期輸送船と思われるが、しかし随分と古ぼけた船だ。型も古い。こんな旧型の船が使われているところを見ると、ここはかなり辺境の地と見ていいだろう。
砂煙がすっかり落ち着くと船のタラップが降ろされた。辺境の地にもかかわらずどうやら乗客がいるらしい。
始めにタラップ上に姿を現したのは長身の若者だが、出てくるなり驚きの声を上げた。
「すごいとこだな。これでも宇宙港〈スペース・ポート〉かい!?」
「どれどれ、本当、何にもないのね」
その声に呼応する様に顔を出したのは、長い髪の娘だ。二人はあたりを見回しながら連れ立ってタラップを降りた。
そのすぐ後にまた二人顔を出した。やはり長身の若者と若い娘だ。
「いくら辺境っていっても、ここは前線だろう?」
「とても信じられない。これでも前線なの?」
二人とも外を見回して不思議がった。首をかしげながらタラップを降り、下の二人と合流した。
「あら、エリナは?」
最初に降りた方の娘が後から降りて来た若者に尋ねた。
「ああ、何だかエンジンの様子、見てから来るって」
「さっき調子がおかしいとかいってた奴ね」
「そうらしいわ。私たちに、先に空港ビルの方へ行っててくれっていってたから」
「そう、じゃあ、みんな荷物を持って…。えっと、空港ビルは…と」
そう言って最初の娘がまわりを見回した。
「あっ、あれじゃないかな、サラ姉さん」
最初にタラップを降りた若者が左手の方を指差した。そこにあったのはビルとは名ばかりの小さな平屋建てである。
「いずこも同じ辺境の宇宙港って訳か」
「バーディ! つまらないこと言ってないで、さっさといらっしゃい」
サラと呼ばれた娘はそういうとビルに向かって歩き出した。あとの三人も慌ててその後を追う。
「それにしても、これじゃ敵に襲われたらひとたまりもないんじゃないかな? ねえ、兄さん」
バーディと呼ばれた若者に向かって、もう一人の若者が問いかける。
「ああ、確かにな。これで前線だっていうんだから呆れるよ。よく今まで敵の手に落ちなかったもんだ」
「でもこんなとこ、攻撃する気にもならないんじゃない? どう見たって重要ポイントとは見えないもの」
「マリー姉さんの言うのが一番真相に近そうだな。それにしても親父の奴、こんなとこに俺達呼び出してどうする気だ?」
バーディがつぶやく。会話から察するにこの四人、どうやら姉弟らしい。が、その割にはあまり似ていない様である。
まあそれはともかく、こんな辺境の地に姉弟揃って、一体何をしに来たのだろう。バーディの言葉によれば、父親に呼び出されたらしいが、その理由についてはまったく聞かされていないみたいである。
「さあね。父さんには父さんの考えがあるんでしょ。とにかく今日これから会って見ればわかることじゃない。それより早いとこ手続き済ませちゃいましょ。エリナと違ってあたし達は結構めんどうなんだから」
サラがあっさりとバーディの言葉を受け流して、空港ビルに入って行く。そのまま真っ直ぐにカウンターへ進んだ。残った三人はそのまま近くのソファに座り込んで話し始めた。
「サラ姉さんの言うこともわかるけど…。どっか妙じゃないか?」
「まあね。エリナでさえ寝耳に水だったみたいだから…」
「それ、それなんだ、俺が気にしてるのは」
マリーの言葉にバーディが身を乗り出す。
「あの姉貴が何も知らないなんてさ。ここへ来る間も姉貴、ほとんど喋らなかったろ。あのおしゃべりの姉貴がだよ。これは絶対何かあるって」
確かにバーディの言う通り、あの電報を受け取ってからこっち、エリナの様子はおかしかった。そして、ことさらにその話題を避けている様だった。
「何があるって?」
と、そこへちょうどサラが戻って来て声をかける。どうやら会話の最後の部分だけ聞こえたらしい。
「あっ、サラ姉さん。もう手続き済んだの?」
「うん、わりと簡単でね。さすがに辺境というべきかな? それより何、話してたの?」
「え…、ああエリナが…」
「ああ、そう言えばまだなの? 随分遅いじゃない」
言いかけたマリーの言葉をみなまで聞かずにサラは口を開く。話の内容を誤解したらしかった。
と、そこへとことこと一人の気の良さそうなおばさんが近づいて来た。
「お話中のところ失礼ですが、ランドルフ家の皆さんですね。お迎えに上がりました。バムと申します」
急にかけられた声に四人はその方へ向き直る。サラが右手を差し出した。
「あなたがバムさんですか。私、長女のサラです。妹から噂はかねがね…。これからよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。そう言えばエリナ様は? ご一緒にいらっしゃるとうかがっておりましたが…」
「ええ、一緒には来たんですが…。船のエンジンの調子がおかしいとかで、まだ船内に…」
「そうですか、それじゃ皆さんだけでもお先に。向こうに車を待たせてありますから…。荷物はこれだけですか?」
「いえ、あと別積みの分が…」
「ああ、じゃあそれはサムに取りにやらせましょう。サム、サム!」
バムが振り返って呼ぶと、少し離れたところに立っていた青年が、こちらへ近づいて来た。
「息子のサムです。軍にいるのですが、今日は非番で手伝ってくれるというので…」
バムはそう息子を紹介し、荷物を取ってくるように命じた。サムは軽く四人に会釈するとすぐ、空港ビルの奥へと向かった。一方、バムは四人を促して反対の方へ向かう。
「エリナ様なら放っといても大丈夫。いつもでしたら私もお迎えになど上がりません。お一人で勝手にいらっしゃいますから。でも皆さんは道もご存知じゃありませんでしょ」
エリナがまだと言い掛けたサラに対して、バムはあっさりとそう言い切った。そのまま言葉を続ける。
「ところで、こちらがサラ様ということは、そちらがマリー様でいらっしゃいますわね。で、残りはどちらがバーディ様で、どちらがデビー様なんでしょうか?」
「あっ俺がバーディです。でもよくご存知ですね。父から聞いたんですか?」
「いえいえ、エリナ様からですわ。今日、皆様でいらっしゃるというのは、博士からお聞きしたのですが…」
言いながら外へ出る。そこには一台のランドクルーザーがあった。かなり大型の車だ。これなら相当量の荷物も積めるだろう。
少なくともひと月以上ここに滞在する事になる筈だというエリナの意見に従って、それぞれかなりの量の荷物を持ち込んでいるのだ。エリナだけは小さなボストン一つだったが、ここにはもう何度も来ている。必要なものはほとんどすべてこっちに揃えてあって当然だろう。が、サラたちは流石にそうはいかないのである。
それで自分たちの手荷物を積み込んだ後、バーディとデビーはサムを手伝いに出かけ、一台の台車に荷物を満載して戻って来た。
「エリナは? まだ来てなかったの?」
「うん、カウンターにも寄ってみたけどまだだって…」
「手間取ってるんじゃないかな。調子がおかしいってのは完全な故障と違って、原因突き止めるの大変だからね」
マリーの問いにデビーが答え、それにバーディが補足する。他の三人はそれに大きく頷く。まあ多分そんなところだろうとそれぞれ目星はつけていたのだろう。
とすると、今ここにいないエリナという娘を含めて、この姉弟、全員が科学技術に長けている様だ。先程からの会話によれば父親は博士らしい。そして姓がランドルフということは、唯一つの事実を指し示している。ランドルフ博士と言えば、もうあの人しかいない。そう軍の科学アカデミーで一番の天才と言われ、現在は軍の最高技術顧問の一人であるあの…。
とすればこの五人はあのランドルフ家の五人姉弟に違いない。もしかするとあのザルドゥかも知れないと噂されている彼らだ。
「しょうがないわね。じゃ、私たちだけでも先に行きましょ」
サラが軽い溜息とともにそう言い、一行は車に乗り込んだ。そのまま宇宙港〈スペース・ポート〉を離れた。
入力 2012年5月5日
校正 2012年6月22日