第二章 (4)
第二章がこれで終わります。人物紹介の方も追加します。
自 2011年4月27日
至 2011年4月28日
そんな風にして日々は過ぎていった。最近では、エリナ程ではないが、他の四人も定時に帰ることなどできず、夕食を研究所でとり、家には寝に帰るだけという有様だった。
今日も今日とて9時〈テット〉過ぎに研究所を出た四人は、日付が変わるちょっと前に家に帰りついた。
「お茶でも飲む?」
マリーが他の三人に声を掛けた。三人とも同意したので、そのまま深夜のティータイムとなる。
「姉貴、今日も遅いのかなぁ」
バーディが窓の外へ視線を走らせる。一体いくつやりかけの仕事を抱えているのだろう。いつ見ても忙しそうな上に、見かける場所もいつも異なっている。自分の研究室も持っているのにそこにいるのを見たことがない。たまに食堂で見かけることはあるから、食事はちゃんととっているらしいが、あんな調子で体は大丈夫なのだろうか?
「なんかあっちにもこっちにも問題抱えてるみたいよね」
マリーも心配そうに窓の外へ視線を走らせる。
「でも、父さんよりはマシだろ。こないだなんか栄養失調で医務室行きになったって言うし…」
「まあ、流石にエリナはその辺のところは気をつけてはいるみたいだけど…」
デビーもバーディ程ではないが、結構エリナのことは好きだからそう弁護してみる。父を医務室に放り込んだのがエリナだと知っているサラも、その点については心配していない。
ただサラには一つだけ気がかりな事があった。最近になって気がついたのだが、深夜遅く帰宅するエリナの様子が少しおかしいのだ。昼間、所内で顔を合わせる時は忙しそうではあるが、生気に満ちている感じなのだが、夜は何か生気が感じられない。というか何か精も根も尽き果てたという感じなのだ。夜は父と何やらやっているらしいことも気になる。
「あっ姉貴だ」
窓の外を眺めていたバーディがつぶやいた。いつもの様に車庫にジープを入れる音がする。だが、いつまでたっても玄関の開く音がしない。四人は顔を見合わせた。何かあったのだろうか。腰を浮かしかけた時、カチャリと玄関の鍵が開く音がして、みなはホッとした。特に何もなかった様だ。そのまま階段を上がって部屋に入る音が聞こえる。
「ちょっと会ってくる」
バーディはそう言って居間を出た。何か胸騒ぎがしたのだ。
「姉貴、いい? 入るよ」
エリナの返事も待たず、戸を開けたバーディは部屋の中にくず折れているエリナを発見し、大声を上げた。
「姉貴!! サラ姉さん、マリー姉さん、ちょっと来てーっ!」
「あ…バーディ…ごめん、ちょっと…立ち眩みして…」
バーディの声に目を開けたエリナは、消え入りそうな声でそういうが、どう見ても単なる立ち眩みには見えない。バーディの声で駆け上がって来たサラ達もこの光景に立ち尽くす。
「バーディ、とにかくエリナをベッドへ」
それでもすぐに立ち直ったサラがバーディに命じる。
「エリナ、大丈夫なの? 何が…?」
「ごめん…ちょっと…疲れ、たまってて…」
覗き込んできたサラに途切れ途切れにそう答え返し、後ろの三人に判らない様に軽く目配せする。
「たくもう…しょうがないわね。ここは私が見てるから、あんたたちはもう休みなさい。あんたたちまでエリナの二の舞になるわよ」
三人を体よく外に追い出して、エリナに向き直った。
「で、これはどういうこと? ただの疲れじゃないわよね。父さんと一体何をやっているの?」
「内容は言え…ないわ。ただ、あれやられると…精神がズダボロになっちゃうから…。でもバーディには…言わないでね。あの子が知ったら…父さんに殴りかかりかねない…から…」
「まさか、モルモットになってるって言うの!?」
サラの口調がきつくなる。自分の娘を実験台にするなんて、何考えているのかしらと思うが、あの父のことだ、それを指摘したところで、だからどうなのだと開き直られるのがオチだろう。というより心底そう思っているのに違いない。
「怒らないで…ね…。私で…なきゃ駄目な…こと…だから」
サラは答えるかわりにエリナをぎゅっと抱きしめた。本当にもうこの子は…、いつもいつも一番厳しいところに身を置きたがるんだから。もう少し私たちに甘えてくれてもいいのに…心底そう思う。
サラにぎゅっと抱きすくめられ、エリナは胸が熱くなる。たった一つしか違わないのにどうしてこうも姉さんは大人なのだろうと思う。
それは長女という立場上、常に弟妹の面倒を見ていたからだろうか。いつだって言葉で、態度で、エリナの欲しいものをくれる。なのにエリナはいつもちゃんとそれに応えられないのだ。
今だって、何もかもを話してしまえたら…と思う。でもそれは許されないことだ。軍人としても、研究者としても、そして何より家族としても…。暖かく包み込んでくれる腕の中、エリナは意識を手放し、深い眠りに落ちた。
階下に降りると、まだマリーたちは居間に居た。とても休むどころではなかったのだ。まあサラの方もこれは充分に予想はしていたが。
「サラ姉さん! 姉貴はっ!」
バーディの声が飛びついてくる。
「もう、寝たわ。かなり参っているみたいね、今夜は…」
父がエリナをモルモットがわりにしている事は話せない。とすればどうフォローすればいいかしら…。
「あの娘、仕事を抱え込みすぎなんじゃないの?」
マリーがサラに問い掛ける。
「確かにね。あの娘じゃなきゃ駄目なことも多いけど、それ以外にも、どうやら父さんの分まで引き受けちゃってるみたいよ」
直接エリナから聞いたわけではない。だがサラはここの研究員の大半を知っているし、他人から話を聞き出すのも得意だ。あちこちから集めた断片的な情報をつなぎ合わせれば、つまりそういうことらしい。
「何だよ、それっ! 親父の奴、姉貴に何でもかでも押っつけてっ!」
「いや、押っつけてるんじゃないと思うな。多分『今』の研究に没頭して、他のことまで頭が回ってないんだよ。父さんってそういうとこあるじゃん」
叩きつけるバーディをデビーがなだめにかかる。
「何だよ、デビー、お前、親父の弁護する気かよっ!」
「違うよっ! 僕だってエリナ姉さんばっかり、貧乏くじ引かされるのは許せないよっ! でも、あの父さんに文句つけても事態は変わらないと思うよっ!」
デビーだって、実の所、このことには、はらわたが煮えくり返っているのだ。でもその怒りをあの父にぶつけたところで、何も変わらないということはもうとうにわかっていたし、父の仕事が滞っているのをエリナが黙って見ていられるわけがないということも承知していた。
「父さんの分だけでも…」
「私たちが引き受けるしかないわね」
マリーのつぶやきをサラが引き取る。知らず溜息が漏れる。既に四人とも今でも限界に近いのだ。これ以上は出来れば仕事は抱え込みたくない。だがエリナの仕事量を思えば、これぐらいで泣き言を言うわけにも行かない。
翌朝、みんなが起きてくると、エリナはもう起き出していて、五人分の朝食を作っていた。
「姉貴! 大丈夫なのかよ」
バーディがキッチンへ飛び込む。
「やーねぇ、ちょっと疲れただけって言ったじゃない」
エリナはそれへニコッと微笑み返す。実際、昨夜はあの実験の後にしては良く眠れたのだ。それはきっと、サラに抱きすくめてもらったせいだろう。あれで多分ズタズタになっていた精神を落ち着けることができたのだろう。
「父さんの仕事の分は、今日から私たちが引き受けるから」
サラがエリナに宣言する。
「えっ、でも姉さんたちもいっぱいいっぱいじゃない」
「姉貴の方がもっといっぱいいっぱいじゃないかっ!」
バーディが叫ぶ。
「ねえ、エリナ。昨日みたいな事、繰り返して欲しくないのよ、私たち」
「だけど…」
姉たちの気持ちは嬉しい。だが今度は姉たちが倒れてしまうかも…。
「エリナ姉さん、そんなに僕たちに心配かけたいわけ?」
デビーの声には既に煮詰まりの様相がうかがえる。
「でも…、軍の機密に関わることもあるわ。それを引き受けるということは軍に入るということなのよ」
「エリナ、それを言うなら私たちもう既に機密に関わっているわよ。非公式にはもう軍人扱いでしょ?」
サラにこう返されてエリナは返事に詰まる。このままだと本当に父さんの思惑通り、姉弟四人ともが軍に入ってしまいかねない。もしかして父さんはそこまで目論んでいたのだろうかと思う。何だか自分がダシにされた気分だ。いや、多分そうなのだろう。
まさか母の死まで画策していたとは思わないが――何より父は母を…母一人を愛していたのだ――、エリナが軍に入ることを決めた時は、してやったりとほくそ笑んでいたのかも…。
「わかったわ、お願いするわ。その代わり、公式に技術将校として登録するわよ。それでいい?」
エリナは腹をくくった。こうなったら父さんの目論見通りにしてやろうじゃないの。どうせ姉さんたちももう引き受ける気なんだから…。
そうしてまたいつも通りの日々が始まった。エリナは抱え込んでいる仕事の数こそ減ったが、優先順位をつけて後回しにしていた仕事を再開したりしたので、実質の仕事量はあまり減っておらず、相変わらずあっちの研究室、こっちの研究室と飛び回っていた。
一方のサラ達も本来の仕事の他に、父が放り出している仕事まで引き受けたため、こちらもあちらの研究室、こちらの研究室と忙しそうに飛び回る羽目になっていた。
その忙しい最中〈さなか〉に軍の方には新造艦を預かるベテランの司令と側近が到着した。メインブリッジを預かる若手の士官候補生は少し遅れてくるとのことだったが、新造艦自体、まだ完成していないのだから、そこには何の問題もなかった。
「エリナ、例の内燃機関の出力異常はどうなったの?」
「ああ、あれ? どうにも原因がつかめないから、30%増と正常値と両方の制御システムを組み込むことにしたわ。これなら途中でどっちに転んでも何とかなるから。まあその分、作業は増えちゃったんだけどね。それより、そっちのインターフェースの方は? 例の学習システムも組み込まなくちゃならないから、基本仕様だけでも作っておかないと…」
「ああ、それは大丈夫。もう詳細設計に入ってるわ。じゃないと間に合わないじゃない」
実を言えば、いつまでと軍から期限を切られているわけではない。だが日を追うごとに強くなっていく切迫した空気に、ランドルフ家の子供たちは追い立てられていた。
博士だけは何故か悠然と構えていたが、危険が迫っている事はちゃんとわかっているらしかった。
第二章が終わって、話はいよいよ銀河戦争へ移っていきます。人物紹介の方に解説も書く予定でいます。
入力 2012年6月9日
校正 2012年6月30日




