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序章 月明かりの中で

この話は第一回小学館ライトノベル大賞ルルル文庫部門に投稿した作品に加筆修正を施したものです。

また突然死神にされてしまった少年の恋愛話を描いていますので、死に嫌悪感を感じる方はご注意ください。


 消毒液の独特なにおいが、病室を包み込んでいた。

 深まった夜闇の中、窓の外からは淡い光が射し込んでいる。

 金色に輝く、小さくも無数の星明かり。

 蒼いぼんやりとした、孤独な月明かり。

 まるで東京の空じゃないみたいだ。

 こんなに綺麗な夜景、ここでは見たことがない。

 どこか田舎の景色のようだった。

 それに、風はやんでいた。

 窓の外で木々は、その身体を存分に休ませている。

 大地と一体化してしまったのか、動く気配などまったくない。

 止まる時間に、身を任せるがままに。

 木の葉も規則的な呼吸を繰り返していた。

 遠くを見やれば、ブレーキランプの赤い列がイルミネーションのように道に並んでいる。

 だがそれは、どこか異世界の出来事のようだった。

 いつもは五月蝿い通りの喧騒は、どこに消えてしまったんだろう。

 唸り声をあげる車やバイクのエンジン音も、何も聞こえてはこない。

 ただ、そこは静寂に包み込まれていた。

 外はあまりにも、穏やかすぎていたのだ。

 視線を手前に戻す。

 柚莉ゆりたけるを前にして、どこまでも健やかな寝息をたてていた。

 岳にはそんな柚莉の存在が、あまりにもいとおしかった。

 ずっと柚莉と共にありたい。

 そう願っていた。

 それが唯一の願いだった。

 でも岳は、この場にはあまりにも似合いすぎる服を、その身に纏っていた。

 たとえそれが、彼の願わなかった形であろうとも。

 現と共にあり続ける事実は、どこまでも残酷極まりない。

 そして岳には、それを覆すような術など持ちえてはいなかったのだ。

「岳。そろそろ時間だ」

 耳から入ってきた言の葉は、そのまま直に心にまで届いた。

 それは決して、暖かなものではなかった。

 心臓の下の辺りから、鈍器で叩かれたみたいにじわりと鈍い痛みが広がってくるのだ。

 呼吸もできないほど苦しく。

 目を瞑りたいほど辛いくらいに――

 隣には岳と同じ格好をした拓也たくやが立っている。

 だがそれさえも、岳は直視することすらできやしない。

 それが罪の形だからか、それとも……。

 強く握った掌は、爪が食い込んで白くなっていた。

 ただ己の無力さを噛み締めながら。

 その場に立ち尽くすことしか、岳にはできなかった。

 過去も運命も、変えようのないことだ。

 解りきっているさ、そんなこと。

 でもそれが、容赦なく岳にのしかかっていたのだ。

(ごめん、柚莉。本当に――ごめん)

 こんな自分のせいで。

 こんな過去のせいで。

 こんな運命のせいで。

 柚莉のたった一度きりの人生が、台無しになってしまうだなんて。

 許せなかった。

 だが、それは何に対して――?

 憤りと悲しみに暮れる心の底で。

 行き場のない感情が、行き詰っていた。

 苦しかった。

 ただ単に、苦しかった。

「……ちくしょう…………っ!!」

 掴んだローブの裾が、はらりと揺れる。

 それは闇と見間違うほど、漆黒に染め上げられていた。

 そして岳の背後では。

 鈍色に輝く大きな鎌が、ぬらりと月明かりに照らされて、光っていた。




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