五話
「祈りを貴方に、手紙を君に」の二章です。
対向車線を流れるようにトラックや軽自動車などが走っている。
それらとは別に、文字通り流れていく景色を眺めながら俺はため息を吐いた。
「なあ、どうしても会わなくちゃだめか?」
現在自分が乗っている車。その運転席に座り、運転している香織に声をかける。
「だめ。もしかしたら、皆分かるかもしれないでしょ」
「もし分かんなかったら、どうするんだよ」
「その時は……どうしよう?」
「おれに聞くなよな」
香織の言葉を聞いて頭が痛くなる。もちろん実際は痛くないが、痛いと錯覚を起こしそうなほど今の状況は俺を悩ませていた。
そもそも、事の発端は自宅で昼食を食べ終え、一息ついていた時のことだった。
「ねえ、佳祐。この後ってなにか用事ある?」
少し遠慮がちに、俺の様子を伺いながら香織が尋ねた。
ついさっき、互いに告白した影響もあってか、二人とも顔を見合わせることができないでいた。
そのため、問いに対する返事は必然的に顔を背けながらになった。
「な、ないけど」
今までの流れから、これはデートの提案が来るんじゃないのか! と内心期待する。
隣にいる妹は兄の考えが分かっているのか、笑いを堪えるのに必死のようだった。
茶化すんじゃねえよと声には出さずに鋭い視線を千春に投げかける。やれやれと両手を裏返して挙げ、呆れたというジェスチャーを千春はとった。
「それじゃあさ、この後私と出かけない?」
来た! デートの誘いが来た!!
告白は自分でしておいてデートの誘いは向こうにさせるってどうなの? と頭の中で冷静を保っている自分の一部がツッコミを入れるが、悲しいことに沸き上がる興奮と抑えきれない高揚感の前では無意味なものであった。すぐさまそんな考えは消え去り、
「うん。出かけよう」
なんの躊躇いもなく賛成の言葉を口にした。
「なら準備してきて。私ここで待ってるから」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
そう言って俺は自室に向かい、クローゼットの中にあるダウンジャケットを取り出して羽織り、折り畳み式のブランドの革財布をポケットにしまって、香織の元に戻った。
「お待たせ。準備できたぞ」
「じゃあ、行こっか」
置いてある荷物を手に取り、香織が立ち上がる。
「留守番、頼むな千春」
一人だけ取り残されるため、少しだけ不満そうにしている千春にお願いする。
「ハイハイ、任されました~。あ、香織さん今日はありがとうございました。また来てくださいね」
俺と香織で態度が違う千春に二人して苦笑する。これでも一応気を遣ってくれてるのだろう。
「お邪魔しました。また来るね、千春ちゃん」
千春に軽く手を振りながら香織は玄関を出る。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
靴を履き、千春に留守を任せて俺は香織の後に続いた。
香織が乗ってきた車の助手席に乗り、家を出る。
「ところで、これから何処に行く予定なんだ?」
家を出てから数分が経ったころ、今からの予定が気になった俺は香織に尋ねた。
「……えっとね」
すぐさま答えが返ってくると思ったら、何故だか香織は口籠もっていた。頬を掻き、少し申し訳なさそうにしている。まるで自分の失敗を隠して、それがバレないか気にしている子供のようだった。
「なに? もしかして何も考えていなかったとか」
「違うよ。ちゃんと予定はあるよ」
「それなら、なんで言わないんだよ。もしかして着いてからのお楽しみとかなのか?」
「確かにサプライズがあるといえばあるけど。これ聞いて怒らない?」
俺が怒るような何かがあるのかよと口には出さず、心の中だけで叫ぶ。何か言うにしてもひとまず話を聞いてからだ。
「ああ。怒らないから言ってみろ」
怒らないという言葉を聞いて安心したのだろう。香織は、
「実はこの後皆と会う約束してるの」
と笑顔で答えた。
香織の言った皆が誰なのか俺はある程度予想がついたが、それでも確認のために聞き返した。
「皆って誰のこと?」
「遠野君に、千里に、金子君」
香織の口から出てきたのは大学で仲良くしてた友人達で、俺にとっては一昨日まで一緒に旅行に行ったメンバーだった。
「マジかよ。それでお前何処に行くのか中々言わなかったのか」
「うん。だって佳祐、このこと話したら行かないって言うと思ったから」
確かに今の俺のことがあるから、事前にこのことを話していたら俺は行かなかったかもしれない。香織は俺のことが分かっても皆が俺だと分かってくれる保障は何処にもないからだ。正直あまり気は進まない。
しかも、二人だけのデートだと思っていたため、元からそうじゃなかったという事実も同時に告げられて気持ちも盛り下がった。
そして現在に至る。
「ねえ、やっぱり怒ってる?」
目の前の信号が赤になり、車が止まる。
「別に怒ってないよ」
「うそばっかり。さっきと全然態度違うよ」
「いや、ホントに怒ってないって。ただ……」
「ただ……なに?」
「ちょっと怖いだけ。皆が俺の事を分からなかった時の反応が」
少し躊躇いつつも香織に心情を吐露する。
「そう、だよね。ごめん、私自分の考えを押しつけてた」
「いいんだよ。言い訳を作って、いつまでも逃げててもしょうがないし。もし、分からないなら説明して理解して貰うようにするだけだ。あいつらなら、きっと理解してくれるよ」
「うん。その時は私も説明を手伝うよ」
信号が青に変わり、再び車が動き出す。
何か大事な決断をした気がした。心の奥で、それまで固まっていた何かが溶けていくのを感じる。
大丈夫。千春も香織も分かってくれたんだ。今の俺は一人じゃない。これまでとは違う。
「ただ、一つだけ文句を言うなら」
隣でビクッと肩を震わせた香織にたった一つの不満を伝える。
「せっかくの初デートは二人だけでしたかったな」
一瞬香織は驚いた表情を浮かべて固まった。そして、すぐに優しく笑った。
「じゃあ皆と会うまでに二人でどこか行こっか」
「こっちは元からそのつもり。どこへなりとも連れていけ」
「どこでもいいっていうのが一番困るんだけどなあ」
「それぐらい我慢しろ。俺の期待を裏切った罰だ」
「もう、分かったから、そんなに責めないでよ」
文句を言い合い、軽口を叩き、思い出話しをして盛り上がる。車内にはリズムのよいBGMが流れる。二人を乗せた車は再会までの僅かな時間の寄り道を楽しんでいた。
「祈りを貴方に、手紙を君に」の二章の五話目になります。
この話では、香織と千春に受け入れられた事によって少なからず安心する一方で、香織のサプライズによって急に会う事になったかつての友人たちに二人のように正しく認識されるかどうかという不安を抱いている佳祐を描きました。
その他にもせっかくデートだと思ったら、それをダシに騙されて連れ出され、子供のようにすねる佳祐は普段の少し大人っぽいところとは違って子供の部分が出て少しだけかわいらしいなと思いました。