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四話

 「祈りを貴方に、手紙を君に」の二章です。


バタンと目の前で勢いよくドアが閉まり、お兄ちゃんと香織さんは二人でお兄ちゃんの自室に入った。


いきなり逃げるから、ついつい追いかけてしまったけど、よく考えたら私に追いかける理由はなかった。


香織さんの好きな人が、まさかお兄ちゃんとは思わなかったけど、あの様子ならお兄ちゃんも香織さんのこと好きみたいだし、問題ないよね。


二階から再びリビングに戻り、依存性の高いこたつのお世話になる。


さっきの騒動でただ一人空気を読まずに報道を続けていたニュースキャスター。その姿を映しているテレビ。私は今ごろ上で行われているであろう出来事を想像して、わざとテレビの音量を大きくした。


これで、よし。ひとまず上で大きな音が聞こえてきても問題ない。二人共もう大人なんだし、きっと“やること”はやっているはず。


これだけ気をつかってあげてるんだ。香織さんが帰ったらお兄ちゃんに何か奢らせよう。きっと文句は言わないだろう。


こたつに身体を入れてカタツムリのように頭だけ出してそのままだらける。


一度部屋に戻って漫画を取って来ようかな~と考える。しかし、ここから出ると寒い。


……どうしよう?


決められないままゆっくり時間だけが過ぎていく。


あ~あったかいなぁ。それに、ちょっとねむたくなってきたかも。


こたつのぬくもりに身を委ねていると自然と眠気が湧いてきた。


二人共しばらく戻ってこないだろうし、ちょっとだけ寝よ。今日はまだまだ時間があるし、ここに戻ってきたらお兄ちゃんが起こしてくれるはずだ。……たぶん。


そんな予想を勝手にして、私は座布団を枕代わりにして眠りに就いた。




髪の毛に何かが触れていると感じた私は目を開ける。最初はピントが合わず、ぼやけていた視界が次第にはっきりとしてくる。


……香織さん?


視界には優しい表情を浮かべて私の頭を撫でている香織さんがいた。


「あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」


私が起きたことに気がついた香織さんは、私を起こしてしまったことを気にしたのか、申し訳なさそうに謝った。


「いえ、あまり寝すぎてもよくないですし、起こしてもらえて助かりました」


私は上半身をこたつから出して起き上がると、その場で背伸びをした。指や首の関節がポキポキと音を鳴らす。時計を見るとここで寝てからまだ二時間しか経っていなかった。私の隣には香織さんがこたつに足を入れてテレビの番組を見ている。お兄ちゃんは何故か見当たらない。


お兄ちゃんはどこに? そう香織さんに聞こうとして、止めた。どこにいようときっと戻ってくるはずだ。香織さんがここにいるなら、なおさら。


私の考えていることを察したのか、香織さんはくすりと笑った。


「そんなに心配しなくても佳祐なら昼食の材料を買いにスーパーに行っただけよ」


「いえ、別に心配してるわけじゃ……」


内心お兄ちゃんがいないことでほんの少しだけ不安になっていたのだが、香織さんの指摘をそのまま認めるのも癪だったので否定の言葉を口にする。


「そう? それならそういうことにしておこうかな」


こちらを見つめながら、どこか含んだ物言いをする香織さん。私は完全に弄ばれていた。


「それはそうと、香織さんの方こそどうなんです。あれだけの仲を私の目の前で見せておいて、まさか何もなかったなんていいませんよね?」


やられっぱなしもどうかと思った私は反撃にでた。


私の問いかけに、それまでの余裕はどこにいったのやら、香織さんは頬を赤らめて首元に手を添え、急に黙り込んでしまう。その様子はとてもさっきまで目の前で私をからかっていた年上の女性には見えず、恋する少女に変わっていた。


更に注意深く香織さんの様子を伺うと、やたら首元を気にしていて、何度も手で擦っていた。見ると、首筋には蚊に刺された後のように赤みを帯びて少し腫れた跡があった。


あ。あれキスマークだ。


私がキスマークを見つけたことに気がついたのか、香織さんはさっと顔を背ける。


「なんで顔を背けるんですか、香織さん」


私は香織さんに近づき、首を押さえている手を引き剥がそうとする。


「ちょ、ちょっと千春ちゃん」


「お兄ちゃんとはどこまでいったんです? 少なくともキスはしましたよね。ここに跡が残ってますし」


「そんなのは千春ちゃんが気にしなくてもいいの!」


「いいじゃないですかぁ。身内の恋愛事情は気になるものなんですよ」


「ちょっと、やめなさい」


まるで猫のように、私と香織さんはじゃれあった。


「……なにやってたんだ、お前ら」


私たちはお兄ちゃんが帰ってくるまでじゃれあった。もちろん服や髪の毛はぐちゃぐちゃになっている。


存分にはしゃいだ私たちは帰ってきたお兄ちゃんを見ると、どちらともなく笑いだした。そんな私たちを見てお兄ちゃんは不審そうにしている。



この時になってようやく、私と香織さんにも、日常が帰ってきた気がした。


 「祈りを貴方に、手紙を君に」の二章の四話目になります。

 この話では、結ばれた二人の様子を見守る千春を描きました。兄との良好な関係を望んでいる二人に取って、三年前に起こった悲劇は多かれ少なかれ悪い意味で自身に影響を与えたと思います。

 心の傷を抱えたまま、このまま人生を過ごしていくと考えていた二人にとって、今回の兄の帰還はどんな意味があろうともかつてあった日常が再び自分の元に戻って来たと実感する事ができます。それがたとえ嘘や幻だったとしても二人はそれを気にする事無く受け入れるんじゃないかと思っています。

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