7話 ~何が本当で何が嘘か~
10時丁度に伊成が現れ、遅れて10時10分に野吹がひょいと現れた。
「遅い」
若干キレ気味で天宮が言う。
「ごめんごめん天宮ちゃん! でもたかが10分じゃん! そんな1時間も待たされたみたいな顔で睨まないでよ~?」
実際1時間待たされたのだから虎次も笑えない。
しかし、天宮は自業自得だろう、と虎次はじとっとした目で天宮を睨んだ。
「んでんで、何処行くの? 待ち合わせ場所しか書いてなかったし……ってか、待ち合わせ場所、北口か南口かくらい書いといてよ~! 俺間違えて南口に一度出ちゃったんだからさ!」
天宮がぎくっとして携帯を取り出した。
そして、やらかしちまった、みたいな顔して、天宮は携帯をそっとしまう。
やっぱりこいつの抜けてる部分は素なのかもしれない。
「……拓沼森林公園へレッツゴー!」
野吹の指摘を完全放置し、天宮が勢いよく立ち上がった。
既に1時間の無言待機でくたくたな虎次は、特に突っ込まずに腰を上げる。
こうして、ようやくピクニックがスタートする。
☆☆☆
拓沼森林公園は、そこそこ大きな公園である。
休日には家族連れが広場にシートを引いて、遊んでいる光景が見られる。
ちなみに駅から徒歩5分。現在時刻は10時20分である。
「……で、天宮。お前は何をするつもりで此処に来た?」
「え? 月音のおべんと食べに来たに決まってんじゃん」
「まだ10時20分だが……昼にはちと早くないか?」
「……あれ?」
天宮が腕時計と睨めっこし出す。
お前、まさか……と虎次が目付きをどんどん悪くしていく。
「……野原を駆け回ろう!」
「お前、さては何も考えてないな? 待ち合わせ時間早すぎただろ!」
「ぐぅ……!」
ぐうの音は出るらしい。
見れば天宮の荷物はさっぱりしたもので、小さなバッグを小脇に抱えている程度である。
今度は野吹がリュックを漁る。
「じゃあ、トランプしよう!」
「公園でか?」
ちらりと見えた野吹のリュックの中には遊び道具がぎっしり詰まっている。
完全に内遊びのものばかりだったが。
一体、こいつらはピクニックを何だと思っているのだ、と虎次は頭を抱え込む。
てっきり待ち合わせ時間と場所から、遠出するのかと思っていた虎次はそこそこ重装備である。
山登りくらいは余裕な格好が、逆に恥ずかしくなってくる。
しかし、もっと悲惨な人物が一人。
「……で、お前は随分と気合い入れてきたな」
険しい顔で伊成が虎次を睨む。
そんな目で睨まれても、と虎次。
背中がまるで見えないくらいの巨大リュックには果たして何が入っているのか。
公園で高校生四人何をするのか。
「……高校生にもなって、公園で何して遊べってのさ!」
「おい立案者」
やっぱり天宮は基本的に抜けているようだ。
それじゃあ、と野吹。
「もうとっとと弁当食べて帰っちゃえばよくね?」
「それは駄目でしょ! お腹空く12時頃が最高のおべんとタイムでしょうが!」
「面倒臭いなお前は!」
やっぱり天宮は基本的に面倒臭いやつのようだ。
「じゃあ、どうすんだ立案者」
「少しはトラちゃんも考えてよ!」
「トラちゃん言うな!」
正直なところ、野吹の案に賛成の虎次。
とっとと解放されたいのが本音だ。
しかしこの面倒臭い天宮がいる限り、それも叶いそうもない。
「じゃあ、今度は月音が案を出す番だね!」
その矛先はとうとう伊成にまで向いた。
お気の毒に、と虎次が珍しく同情して伊成を振り向くと……
「…………」
すっと巨大リュックから何かを引き抜いている伊成。
「月音に殴られる!」
「別に鈍器を取り出してきた訳じゃ……」
言いつつ若干ビビる虎次。
スラッと刀を抜き出すかのように引き抜かれたものは……
「……ラケット?」
地面に巨大なリュックを置き、真顔で一本ずつラケットを引き抜いていく。
中々にシュールな光景である。
とうとう四本目のラケットを抜き出した伊成は、三人の目をきょろきょろ見渡す。
虎次が考える。
(わざわざラケット四本を……?)
野吹が考える。
(バドミントン……?)
天宮が考える。
(遊びたいの……?)
ラケットを握りしめて、いじめられっ子が子犬のような目で(実際は無表情)で見てくる。
きっと一緒にする友達などいなかっただろうから(失礼)
四本のラケットは新しく買ったものだろう(憶測)。
そう、今日の為に……
(楽しみに……してたんだ……)
ぶわっと熱い何かが込み上げてくる。
そして、ようやく伊成が口を開く。
「……嫌だったら、他にもボールとか、色々あるけど」
天宮が即座に伊成のラケットを握った。
「バドミントン、やろう! 私と月音がチームね! おい、男共! 異論はないな!」
「ないです!」
伊成が僅かに怪訝な表情を見せる。
どうしてこの人達は目を潤ませているのだろう、と。
実は虎次達の勝手な憶測が、殆どあっていなかった事が分かるのはもう少し後のお話。
「じゃあ、月音! ラケット配るから貸して貸して!」
天宮が笑顔で伊成の手を握る。
その時、虎次がふと気付いた。
「うん。……でもその前に、荷物を置いてから、ね」
ふっ、と一瞬見えたのは、普段は全く見られないものだった。
天宮と野吹も変化に気付いた。
すぐに伸ばした前髪に隠れて消えてしまったのは……
「月音今笑ったでしょ!」
確かに笑顔だった、と野吹も虎次も認識した。
「……さあ」
誤魔化す気があるのかないのか、伊成は顔を背けて、口元を緩めた。
天宮と野吹は――その打算的な思惑のあるなしは別として――伊成が遂に心を開いたという事実に、少なくとも、確実に胸を躍らせた。
しかし、虎次は違う。
虎次が初めて見た彼女の笑顔は、悪意に満ちたものだった。
それ以外では彼女の笑顔など見た事はない。
しかし、それでも虎次は何故か、その笑顔に違和感を感じざるを得なかったのだ。
――その笑顔は『優しすぎる』。
虎次自身も何を考えているのか分からなかったが、虎次の率直な感想である。
まるで『つくりもの』のような、『よく見せるため』の笑顔。
「レジャーシート引くから待ってて」
「おー、月音! 気が利く~! よし、みんな! 手伝うぞ!」
咄嗟に行動したために、気付いた違和感を虎次は放置してしまう。
そのせいで気付けなかった。
『どちらが本当に騙されているのか?』
意外と白熱したバドミントン。
空きっ腹に染みた、四人分しっかり用意された伊成お手製の弁当。
何故かみんなの好物ばかり詰まった弁当は、とにかく美味しかった。
今回のタイトルは割と重要なキーワード。
四人の登場人物の、どれが本音でどれが嘘か。
それを解き明かす鍵は……?