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5話 ~嵐上陸~




 虎次はずっとその言葉を溜め込んでいた。

 伊成と話す機会は物陰ランチの時くらいだったという事もある。

 しかし、何より虎次には掛ける言葉が見つからなかった事が大きかった。

 授業中、ずっと考え続けて、ようやく見つけた言葉を遂に吐き出す。


「お前……それイメチェン?」

「……どうしてこうなった」


 虎次も何となく気付いていた。これが伊成の意思でないことに。だって、この前「髪型変えるとか無いわー」みたいな事を言ってたもの。


 両手で顔を覆い隠す伊成、その頭には赤いリボンで纏めた尻尾のような髪の束が二本。

 漫画のようなツインテールである。


 パシャ!


「伊成ちゃん……最高だぜ……!俺、これ待ち受けにするわ…!」

「……!消せ!今撮ったの消せ!」

「うひょー!伊成ちゃんの顔が良く見えるぜー!いいじゃないの!イェアアア!」

「野吹、悪ふざけはその辺にしとけ」

『はい、チーズ』


 パシャ!


「言いながら何撮った!?」

「記念に」


 ニヤニヤしながら、携帯を仕舞う虎次。伊成はぐぐっと興奮を押し殺して、いまだに赤い顔のまま弁当の包みを解く。


「あれ?携帯は良いのか?」

「……別にいいですよーだ。どうせへし折る位しないと消さないでしょ」

「へし折らないのか?」

「……私を何だと思ってるの?人の物壊す訳ないでしょ」

「昨日は殺されかけたけどな」


 伊成は知らん顔で箸を進める。

 それでも虎次はどうにも気になり、尋ねる。


「何で髪弄ったんだ?」

「……弄られた」

「弄られた?」


 新手の嫌がらせか?虎次は首を傾げる。


「本当は戻したいけど……」

「何でだ?そこそこ似合うぞ?」

「……馬鹿にして」


 虎次はバレたか、と意地悪な笑みを浮かべた。

 やっぱりね、と拗ねる伊成。

 ……半分は本気で言っていたのだが。という余計な一言を虎次は飲み込む。

 これ以上からかうのは止めてやるか。


「ちょっと厄介なのに絡まれちゃって……」

「厄介?」

「良く分からないけど……うん、厄介」


 伊成の複雑な表情。虎次と野吹は伊成を間に挟んで顔を見合わせる。

 伊成をそこまで知っている訳ではない2人だが、それでもその表情は珍しく見えた。


「……親友って、言ってた」


 伊成の途切れ途切れの言葉からその意味を察する事は出来ない。

 しかし、虎次野吹の2人がその意味を聞き返す暇も与えないように、その『厄介』は嵐の如く襲来した。


「月音みっけ!何こんなジャングルでご飯食べてんの~!」

「むぐっ!」


 後ろの草からバサーッと飛び出す三つ編み眼鏡。

 驚いた伊成は口に含んでいたかまぼこを喉につっかえさせる。

 咳き込む伊成の背中を、三つ編み眼鏡はけらけら笑いながらさすり、両サイドに座る。ヘンテコ男子に視線を送った。


「あり?なになに?誰?月音ー!この冴えない男子誰?」

「さ、冴えない…?」

「ははは!トラ!遂に雰囲気イケメンを見抜かれおったな!冴えない……プッ!」

「……何、この下ネタみたいなの」

「ひ、ひでぇ!ってか、『下ネタみたい』って何!?」


 三つ編み眼鏡と冴えない奴、下ネタみたいなのと顔真っ青の伊成。彼等は動きを止め、膠着状態に突入する。

 その時、虎次は気付いた。


「……あ、伊成?おい、大丈夫……ヤバいヤバい!顔色ヤバい!」

「月音ー!大丈夫かー!?」


 背中をバンバン叩く三つ編み眼鏡。伊成が必死で首を振る。


「伊成っ!吐けっ!死ぬぞ!?」


ふるふる……


「月音ー!」


ふるふる……


「リバースだ伊成ちゃん!」


ふるふる……


 容赦ない3人の背中連打に伊成は首を降り続ける。

 そして、ピンチの伊成がようやく絞り出した一声は……


「…………意地でも……吐かんぞ…!」

 伊成は背中の殴打を振り払うように体を反らす!

 驚愕する3人!

 そして伊成は大気を吸い込むように、喉に食らいつく練り物を吸収する!


ゴクン!


 そんな音が聞こえるかと思えるような荘厳な飲み込み……腕を天に掲げる伊成を祝福するように、3人は湧いた。


「「「うおおおおおおッ!!」」」


 叫びつつも、比較的常識人の虎次はふと思った。


(……何だコレ)




☆☆☆




 ゲラゲラと一通り笑い終えた三つ編みメガネは、悪ふざけはここまでにしてと、自己紹介を始めた。


「やっほい初めまして!天宮茜、16歳!彼氏いない歴イコール年齢のスーパーシャイガールだにゃん♪宜しクールビズ、イェイイェイ♪」


 うぜぇ……

 虎次の天宮茜に対する第一印象は容易に決定した。

 それと同時に、怯えた猫のような目で天宮茜を見上げる伊成の様子から、伊成イメチェン事件の犯人がこいつだと即座に推理できた。


 どや顔で自身の自己紹介を誇る天宮に、あからさまに嫌な顔を見せて、虎次は適当な自己紹介を返す。


「デニス・アンドゥー12歳、飛び級してきた天才少年でーす。好きな教科は休み時間でーす」

「うぉー飛び級カッケー!宜しく安藤!ハローマイフレンズ!ヤーハー!」


 乗ってくんのかよ!面倒くせぇ!まぁ、適当言った俺が悪いけども!……ってか、安藤って誰だよ!

 天宮に激しくシェイクハンドされながら、猛烈に後悔し心の悲鳴を上げる虎次。

 いつ自分にその矛先が向くのかとビクビクしている伊成を余所に、野吹が嬉々として自己紹介を始める。


「へロー、ヤーハー!ワタシ、ケン・エドモンド!アメリカからやってきた黒船ネー!」

「オー!ナイスチューミーチュー!」


 野吹も乗るのか、と発端となった事を恥じつつ虎次はようやく天宮の手を振り切る。

 天宮はその手を次は野吹……いや、ケン・エドモンドに伸ばし、握手を要求する。

 虎次はてっきり女好きのエドモンドの事、どうせ喜んで手を握ると思っていた。

 しかし、その予想は大きく外れる。


 野吹は何故か握手を拒むように、首を横に振ったのである。

 虎次がその意味を理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「ノンノン!アメリカでの挨拶はぁ……」


 腕を広げる野吹。虎次はそこで野吹の意図を見抜いた。

 しかしもう遅い。野吹のセクハラは止まらない。

予想通りの一言と共に、野吹が天宮に襲い掛かる!


「ハグデース!」


 流石に天宮も女。いくらこいつでも野吹のセクハラに嫌悪を示し、突き放す筈だと虎次は考える。

 野吹、やるな……こんな奴にまで主導権を握れるとは。

 相手を取り乱させる天才に感心を寄せる虎次は天宮をじっと見つめる。


 天宮はその目を見開き、迫り来る野吹を凝視する。

 そして、拒むように手を伸ばし……


「オーケイ!ハグ!」


 ……野吹の体をひしと抱き締めた。


「……え?」


 疑問の声を漏らしたのは野吹。

 てっきり「来るな変態!」と殴り飛ばされるのかと思いきや、襲い掛かったのは温かく包み込む腕と、胸元に触れるむにむにした感覚。


「……う、うおおおおお!?」


 野吹は悲鳴を上げて腕を振り解く。そして、距離を取るかのように、地面に転がり込んだ。

 藪に突っ込み、ようやく止まった野吹は、顔を真っ赤にして、激しい呼吸をした。


「む、胸があ、当たって……!」

「シャイか!」


 虎次は思わず突っ込みを入れる。

 それと同時に、とてつもなく厄介な奴に絡まれた事に頭が痛くなる。


 なんやかんやで、今の事態は相当に宜しくないものである。

 伊成との秘密の『契約』、それを知られる事はいらぬ波風を立てるに決まっている。それこそ、事態をさらに悪化させる可能性も否めない。

 更に言えば、密会していた事実、伊成と虎次(ついでに野吹)が関係を持つ事自体、今のサポート体制を崩し、さらにはイジメの助長にも成りうる。

 さらにはキッカケとなったレコーダーの中身が割れる可能性もあり、これが3人のピンチであることは明らか。


 ならば、どう動くのが得策か、虎次は頭の中で計算を走らせる。


 一緒にいたことは否定しない。否、出来ない。逆にその無意味な否定が、深入りを招く。


 ならば何とかして、例えば弱みを握ってこいつを引き込むか?


 無理だ。まずこいつは危険すぎる。見るからに口が軽そうだ。

 しかも、そもそもこいつは伊成の状況を理解しているのか?この絡み方に、その意識が見えない。

 虎次は名前と性質こそ今知ったが、クラスにいなかった女子生徒が1人増えていた事には気付いていた。

 イジメグループと積極的に話している天宮を実際に見ている。


 ならばこいつは敵かと考えると、そうは思えない。

 伊成の表情からは、苦手意識こそ見えても、絶望的な色はない。


 やはり伊成から話を聞きたいな……


 虎次は状況を知らなすぎる。まずは知る必要があった。


 しかし、それを妨げるような天宮の目……何とかしてこの状況は突破しなければならない。

 ああだこうだと策を練る虎次、そんな彼に一筋の光を示したのは、思いもよらぬ一言だった。


「安藤は月音の何なのー?あ、もしかして……彼氏!?」

「「違う!」」


 偶然だった。天宮のふざけた一言に、伊成と虎次が同時に反応したのは。

 それが思わぬ方向へと事態を運ぶ。


「……そっか。やっぱりアイドルともなると恋愛もご法度か……」


 何を言っているんだこいつ、といった表情の虎次。「違う!」と悲鳴を上げる伊成。

 天宮はにやりと笑い、2人の肩に手を置き、うんうんと頷いた。


「大丈夫……私、こう見えて口が固いから!目立つと困るもんね!黙っておくよ!」

「え?」


 口軽そうな自覚はあるのか、とどうでもいいことに引っ掛かる虎次。

 天宮は自信満々に胸を叩く。


「そして親友として、その恋を熱烈にサポートしてあげよう!いつか、堂々とフライデーの前に顔を出せる位に立派なカップルにしてやるぜ!うおおおお!燃えてきたああ!」


 謎の雄叫びと共に、天宮は藪に飛び込む。

 そして草に呑まれるように声は消え行き、やがてその気配は消えてしまった。


 助かった……のか?


 いまいち状況を掴めない虎次は周囲を見渡す。


 顔を赤くして、目を伏せる伊成。

 顔を赤くして、地面に転がる野吹。




 なおも頭の整理が出来ないので、取り敢えず虎次は溜め込んでいた一言を吐き出すことにした。


「……面倒くせぇ」




キーパーソン、天宮茜が協力者(?)入りです。

 このあと、彼女のせいで話がおかしな方向に……


 タイトルのレコーダーが活躍するのはもう少し後のお話…

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