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4話 ~勝手な友情~




 結局、虎次は伊成の為に何が出来る訳でもなかった。

 たまに極端ないじめを目撃した時、軽く「何やってるんだ?」と第三者がいじめを発見したように装い、女子グループを散らす程度。

 肝心のいじめがなくなる筈もなく、陰では相当酷い事もされているらしい。

 その点、野吹の協力は視線が増えるという点で、僅かながらプラスになったとも言える。

 とはいえ、野吹も大っぴらに伊成を助ける事はない。野吹もそれなりに色々考えているようで、女子から煙たがられる自分が、下手に伊成に近づく事がいじめの助長になることを危惧しているようだ。


「情けないけど、俺が出来る事なんてあんましないよな」


 レコーダーに『嘘』を吹き込んでから3日、野吹が己の無力から弱音を吐いた事は、虎次を酷く驚かせた。

 このお調子者が、此処まで思い悩むとは……虎次は『契約』という名目で、嫌々人助けをする自分が汚く思えた。


 まだ彼は、そんな思いを抱く事が、真剣に悩んでいる事を意味していることに気付かない。




☆☆☆




 彼等の悩みを知ってか知らずか、当の伊成は、物陰ランチに2人が参加する事を拒まなくなっていた。

 といっても、積極的に話しはしない。野吹のマシンガントークに相槌を打つ程度だ。しかし、それでもかなりの進展だと、虎次は思う。

 伊成の心を僅かに溶かした野吹に、彼はただただ感心するだけだった。


 どんよりとした表情でパンを握り締める虎次。その表情を伊成は見逃さない。


「……してる」

「……ん?」


 伊成は弁当に視線を落として、ぼそりと何かを呟いた。

 どこか照れくさそうな表情を浮かべている伊成の言葉に、虎次は首を傾げる。


「何だよ?」

「……感謝してるって言ってるの!」


 伊成は、少しだけ声を大きくして、箸で生姜焼きをむんずとつまむと、虎次のアンパンにめり込む程の勢いでプレゼントした。


「おまっ……!俺のアンパンに何を!?」

「あげる!」

「生姜焼きにあんこが合うか!」


 ムスッとそっぽを向く伊成に虎次は血管を浮かび上がらせる。

 その様子を見て、ムッと口を尖らせる野吹。


「トラだけズルい!伊成ちゃ~ん!」

「……分かった。あげる」


 伊成は溜め息混じりに、生姜焼きを野吹のメロンパンに置く。虎次の「何故パンに置く?」というガヤを無視して、野吹は歓喜の雄叫びを上げた。


「ヒャッホー!伊成ちゃんのくわえた箸から貰った生姜焼きだー!」

「……は?」

「……え?」


 ぴたりと伊成は箸を止める。

 アンパンから引っ張り出した生姜焼きを既に食べ終えた虎次が動きを止める。

 追い討ちをかけるように、野吹は変態の発想を展開する。


「関節キッス、戴きますッ!」


「イヤーーッ!!」


 伊成の悲鳴。

 ブスリ、と野吹の額に箸がめり込む。


「ギャアアアアアアッ!」


 野吹の悲鳴。

 伊成はクルリと身を翻して、虎次の喉元を鷲掴みにする。

 顔を真っ赤にして、目を潤ませながら、地の底から響くような声を響かせる。


「吐ぁぁけぇぇぇぇぇッ!!」

「うげふッ!?ちょ、落ち着け……!死ぬ!死んでしまう!」




「コケーーーーッ!」


 呼吸を封じられた虎次の、鶏の如き悲鳴。


 断末魔の嵐が吹き荒れる混沌の中庭、後に七不思議に数えられる中庭の伝説は此処から始まった……




☆☆☆




 息を切らす3人。ひとまず絶叫の嵐は収束したようだ。

 呼吸を整え、虎次はやっとの思いで声を発する。


「はぁ……はぁ……お前、メチャクチャ元気じゃねーか……!何処が根暗だ…」

「別に、根暗だと名乗った覚えはないけれど」

「そのテンションでいたら、嫌がらせとかされないだろ……」


 伊成はムスッとして目を背ける。

 虎次の言葉に興味などないようだ。

 虎次がその態度に文句を付けようとしたその時、額を抑える野吹が素っ頓狂な声を上げた。


「こ……これだっ!」

「何?Mにでも目覚めたの?」

「伊成ちゃん酷い!」


 額から手を離し、野吹がうわーと泣き声を上げる。

 気の毒に思ったのか、虎次は悪友をフォローする。


「伊成、こいつは元からMだ。目覚めたは失礼だろ」

「うわぁ」

「やめて!トラ、いらんフォローやめて!」


 野吹、涙目の懇願。


「……で、結局何?」

「うわーお。伊成ちゃん、切り換え早っ!」

「じゃあそろそろ教室戻るけど」

「待って!」


 立とうとする伊成の腕を掴んで、本気で嫌そうな顔で手を弾かれて、素で傷付きながらも、野吹は発言する。


「名付けて、『友達百人出来るかな作戦』!」

「……突然何?気でも狂ったの?」

「伊成ちゃん、一々言い方キツ過ぎ!確かに脈絡無視した俺も悪いけど!」


 虎次は「嬉しい癖に」とフォローを入れようと思ったが、野吹の凄い睨み方、まるで「男からの辱めなんざ受けたかねぇんだよ」とでも言わんが如き視線を理由に自重した。

 野吹は突然提案したその作戦を解説する。


「嫌がらせの原因ってさ、結局は集団に馴染めてないって事だろ?それで今までのやり取りで思ったんだけどさ……伊成ちゃんって別に喋れない訳じゃないよね?冗談だって言えるでしょ?」


 野吹の言う事には虎次も納得出来た。所々、無愛想で刺々しいが、根暗とは言い難い。

 それこそ、今の虎次達との奇妙な関係でなく、心の許せる友達となら、もっと話せそうだとも思える。

 虎次の発想は、どうやら野吹と一緒だったようだ。


「だから、そういう所をあいつらにも知ってもらえればいいと思うんだ。その為の第一歩として、俺は女友達を作る事を提案したい!」


 一瞬、伊成が怪訝な表情を見せる。


「その友達経由で、伊成ちゃんを知ってもらう!最終目標は友達百人だ!」


 野吹の意見は虎次も分かった。しかし、彼には伊成がその提案を飲むとは思えなかった。

 その予想は的中する。


「無理」


 即答。

 虎次は分かってはいた。しかし、一応理由を尋ねる。


「何でだよ」


 野吹の提案があまり現実的でない事は虎次も認めている。

 始めの1人、人間関係を築く上でそれが、『百人目』を成し遂げるよりずっと難しい事を。

 そもそも、あんなにも哀れな状況にあって、誰も助けに入らない時点で、伊成が周囲から見捨てられている事は明らか。

 だからこそ、友達作りなんて今更だ、と思うのも無理はない。

 しかし、何でも最初から拒む伊成の姿勢が、虎次は気に食わなかった。


 しかし、虎次は自分の考えが、思いの外ずれていた事を思い知らされる。

 伊成は、少し暗い表情で呟いた。


「だって……迷惑がかかるから」


 伊成は消極的で、悲観的な人間だと思っていた。

 それは少しだけ違った。

 彼女は自分の為でなく、他人の為に諦めている。


「いじめに巻き込んじゃう…それに、私に友達になるだけの価値がない」


 虎次は気付いた。伊成は限り無く自分に似ているのだと。

 自分の価値を他人に見出す。他人の目を気にする。他人の評価を意識する。

 伊成は虎次と同じ『人任せ』の人間なのだと気付いた。

 違いはある。よく見られようとする虎次に対し、伊成は見られるがままにあろうとしている。

 だからこそ、自分を卑下し、人から距離を置く。


「……ったく、ふざけんな」


 虎次は苛立った。


「俺には迷惑かけてるくせに、今更何言ってんだ」

「……」

「おい、トラ。お前……」

「お前は黙ってろ」


 割って入ろうとした野吹を突っぱね、虎次は続ける。


「お前は価値で人を選ぶのか?」

「私には人を選ぶだけの価値がない。だから、私は……」

「他人様が思うがままに動くってか?」


 伊成は黙る。しかし、虎次は構わず続ける。


「受け身になってんじゃねぇよ。理解される努力もしないで、諦めたような口きくな」

「……」

「自分が嫌われ者だと思ってるなら、いっそ強引に友達作っちまえ。ウザいと思われたって、お前は構わないだろ?自分がウザい奴だってんなら、他人に迷惑かけて当然じゃねぇか」


 パチンと伊成の額にデコピン一発。虎次は自分らしからぬ喝を入れた。


「開き直っちまえ!」


 伊成も野吹も、ぽかんと聞いていた。何とも形容し難い表情を見て、虎次ははっとする。


「……ま、まあ俺にしたみたいにさ、弱み握って『友達になれ』って脅しちまえばいいんだよ!理解を得るのは後だ!」

「……第一印象最悪で友達なんて出来るとでも?あなただって私のこと……」

「べ、別に俺は友達になってやったっていいけどな…お前の事嫌いって訳でもないし」


 何言ってんだ俺!と、虎次は自分から言っておいて赤面した。

 虎次は伊成が嫌いだ。第一印象最悪だ。突然口からこぼれた思わぬ一言に、虎次自身が動揺する。

 伊成はじとっとした目で、虎次を見て、鼻で笑った。


「…言ってて恥ずかしくないの?」

「う、うるせー!」


 やっぱりこいつは嫌いだ。虎次は思う。伊成は顔真っ赤の虎次を一瞥して、席を立つ。


「……ま」


 そして一言。


「……そこまで言うなら努力はしてあげるけど」


 虎次と野吹は顔を見合わせた。




☆☆☆




 伊成は自分で何を言っているのか分からなかった。

 無駄だと分かっているのに、何故あんな言葉を返したのだろうと悔やむ。

 それに、もとよりあんな契約を持ち掛けた理由は、今の状況を改善するためではなかったのに。

 しかし、意図に反して流れ込む優しさに彼女は逆らえなかった。


 甘受する自分に嫌悪を抱きながら、伊成は翌日を迎えていた。

 どうしよう、何をすればいいんだろう、伊成は思わず口をついた『努力』という言葉に思い悩む。

 まずは挨拶から?「おはよう、おはよう」と1人で何度か呟く。

 暫くぶりに家族以外と話すと考えると、噛まないで喋れるか不安になる。

 ……って、何してるんだか、私。と、伊成は急に恥ずかしくなった。

 真面目にあいつの言ってた事やろうなんて、馬鹿みたい。


「何1人で喋ってんの?キモッ!」


 あー、と伊成は何時の間にか席を取り囲むように立つ女子グループを見回した。

 どうやら、珍しく早めに登校したのが災いしたらしい。普段はあまり早くに来ない伊成は、女子グループが早くに学校に来ている事を知らなかった。

 人目が少ないのをいいことに、女子グループは、特にリーダー格の女子は、とても楽しそうに笑いながら、伊成の髪の毛を掴む。


「お前さ、最近ちょっと周りに助けてくれる奴がいるからって、調子乗ってるよね?」

「勘違いしてるよね~!」


 ケラケラと笑いながら、グループはゆさゆさと首を揺らされる伊成を見ていた。


 あいつらはいないか……


 虎次と野吹の姿がない事を確認し、伊成は僅かに教室にいる数人に目をやった。

 見ない振りをするもの、教室から離れるもの、基本的なスタンスとして、彼らは彼女らは関わろうとしない。


 ま、当然かな……


 グイッと髪を引かれながらも、伊成は無表情を保ち、思索する。


 やはりあの男がおかしいのだ。今更何を期待していたのやら……


 伊成は乾いた笑みをこぼした。

 それがリーダーの感情に火を点ける。


「……うっぜーわこいつ。余裕かましやがって」


 髪に力が加わる。伊成の頭は、思い切り揺れて、そのまま机に叩き付けられる。


「痛っ……!」


 多少の嫌がらせには慣れた伊成も思わず声を漏らす。

 それ程に行き過ぎた暴力に、グループのメンバーも流石に焦りを見せた。


「ちょっとナナ……!流石に怪我させちゃマズいって!」

「は?怪我なんて、普通に過ごしてたってするでしょ?ねぇ、伊成?」


 絶対の自信。こいつはチクらない。

 伊成は目を伏せて、それを肯定する。


「いいこだね~伊成は。ほら、別に大丈夫だって」

「でもさ……!」

「じゃあお前が庇う?」


 リーダーのナナの威圧的な態度と脅迫に、止めようとした女子は口を噤んだ。

 しかし、気分を害されたナナの苛立ちは収まらない。


「だんまりかよ。文句言って悪いと思うなら態度見せろよ」


 ナナは強く伊成の髪を引っ張り上げる。伊成はなすがままに顔を上げる。


「パーでいいよ」

「え?」


 聞き返す女子にナナは声を荒げて言った。


「殴れって言ってんだよ!文句ないなら態度で示せ!」


 女子は僅かに目に涙を溜めていた。震える手と伊成の顔を交互に見ている。

 伊成はその様子を見て、ふぅとため息をつくと、ぼそりと呟いた。


「叩きなよ」

「……やっぱグーだわ」


 伊成の態度がナナを更に怒らせる。

 更に怯える女子に、今度は伊成は目で語りかけた。


 遠慮なくやりなよ。あなたが酷い目に合う必要なんてない。


 女子は涙を浮かべた目で手を振りかぶった。伊成は目を閉じつつ、振りかぶった手のひらを広げていた女子に僅かに感謝しつつ、その手を受け入れた。




 ハズだった。


「はよーっ!おひさー!」


 教室に転がり込んできた聞き慣れない声が、女子の手を止める。

 リーダーのナナは、その声にぴくりと反応を示し、伊成の髪を掴む手を離し、声の主を振り返った。


「茜?久しぶりじゃん!ってか、何始業式からサボってんの?」

「5月病でさー」

「今4月っしょ。相変わらず自由だねぇ」


 茜と呼ばれた女子は、どうやら始業式から今日まで学校を休んでいたらしい。

 伊成は、何でこんなに声のデカい人に今まで気付かなかったのだろうと思ったが、休んでいたと聞いて納得した。

 ナナと親しげに話すという事は、彼女もコレに参加するのかな?と伊成は考える。

 活発そうで、さっぱりとした彼女がどんな嫌がらせをしてくるのか、全く想像がつかない。


 事実、彼女の嫌がらせは、想像を遥かに超えるものだった。


「ん?何?何囲んでんの?」


 鈍いのか、今更になって女子グループが机を囲んでいることに気付く茜。


「まさか、アイドルが転校してきたの!?」

「いや…そうじゃなくて」

「あたしにも顔見して!」


 ナナの静止を振り切り、的外れな茜は人混みを掻き分ける。そして、髪を乱して目を伏せる伊成と対面する。

 伊成の目に飛び込んできたのは、声のイメージとは違った、赤縁メガネに三つ編みの、ナナとは正反対の地味な印象の女子だった。


「う、うお~~~!可愛い~~!凄い色白!しかも綺麗な肌!触っていい?」


 唖然とする伊成の返事を待たずに、茜はその白い頬をぷにぷにとつつく。されるがままの伊成。


「ぷにぷにしとる!気持ちいい!」

「ふに」


 伊成はみょんみょんと頬を引っ張られ、間の抜けた声を漏らす。

 唖然として見つめるグループ、それを眼中にも入れず、茜はぱっとその手を離した。

 白かった頬がほんのり桃色に染まっている。伊成は頬をさすりながら茜を見上げた。


「ごめーん!興奮しちった!だって餅みたいなんだもん!あー、でも惜しいわ……」

「な、何が……?」

「寝癖が酷い!流石にアイドルもカメラ前以外じゃ気を抜くかー……」


 乱れ髪を寝癖と言ったり、意味の分からない勘違いをしていたり、やたらと騒がしい茜に伊成は戸惑いっぱなしである。


「あ、あいどる……?ち、違…」

「え、違う?なんだ!でも、勿体なさすぎ!髪はもっと綺麗にしないと!そだ!整えたげる!カムヒア!」


 グイッと手を引く茜。伊成はなすがままに囲いから引っ張り出された。

 そして、茜は今更になって、思い出す。


「あ!名前聞いてない!」


 ぱっと手を離し、茜は伊成を振り返る。そして、にこやかに挨拶する。


「お初です!あたし、天宮茜(てんぐうあかね!仲良くしてね、親友!」

「い、いなり……つきね…です。よ、よろち…よろしく…」

「よろちくて!可愛いなぁ、月音は!よし、もっと可愛くしたる!」


 噛んだ……久しぶりに学校の子と喋ったから、焦って噛んだ……もっと練習しとくんだった…


 放心状態の伊成は、そんな的外れな事を考えながら、引っ張られていく。




 ---苛められっ子、伊成月音の、このクラス初めての女友達は、勝手に親友になった騒がしい変わり者だった。





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