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3話 ~悪友~




 さっさと買ってきた焼きそばパンを口に押し込み、虎次はゆっくりとちまちまご飯を口に運ぶ伊成に早速話し掛ける。


「お前、その鬱陶しい前髪上げろ。それで大分印象が違う」


 横目でちらりと虎次を一瞥すると、伊成はすぐに視線を弁当に落とした。まるで「食事の邪魔しないで」と言わんばかりの態度である。虎次は軽くプツンときたが、それを口から発する間を奪うかのように、野吹がメロンパンをガジガジとかじりながら、声を上げた。


「トラ、お前……デコフェチか!?」

「バ、バカ野郎!そんなんじゃねぇ!」

「うわぁ…」


 伊成の小さい声がやけに大きく響く。虎次がその声につられて伊成の方を見ると、やたらと冷たい目が虎次の方を向いていた。


「違う!」

「…今日、やたらとこっちを見てたのって……?」

「トラ……お前もいい趣味持ってんじゃんか……。大丈夫。俺にはその気持ち、解るぜ……」

「やめろぉ!同情すんな!それに伊成!お前は勘違いしている!あれはだな……」

「……見てた事は否定しないんだ」

「トラ……」

「やめろぉぉ!」


 このままでは不味い。虎次は直感した。パニック状態に陥り掛けている虎次は、起死回生のビンタを野吹の頬に叩き込んだ。

 バチィィンといい音が響き渡る。


「ギャアアア!」

「お前もう黙れ!」

「女の子にも打たれた事ないのに!」


 野吹が涙目でそう叫ぶと、伊成は深く溜め息をついた。弁当箱の蓋を閉めながら、ぼそりと小声で喋り出した。


「冗談と悪ふざけはここまでにするとして……結局何?」


 冗談だと?お前、さては俺をおちょくってたのか?そんな文句をかみ殺して、虎次は話を仕切り直す。


「二度とケチ付けられないように丁寧に話すぞ?質問あったらすぐにしろ。あと野吹、お前は黙ってろ。てか、何が『不自然じゃない程度に協力してやる』だ?どんだけ不自然に伊成に絡んでってんだよ!」

「ハハハ」


 そのわざとらしい笑いにイラッとする虎次だったが、野吹にこれ以上絡むと面倒と考え、自分の言わんとしている事を伊成に丁寧に伝えた。




☆☆☆




「……わざわざ説明しなくても、言ってること位分かるけど」

「お前……本当にデコフェチの件は俺をからかってただけか……!」


 わなわなと震える虎次を突っぱねるように、伊成はすぐに意見を返した。


「私は『質の悪い嫌がらせから守って』と言ったのであって、別に『イジメを無くして』とは頼んでない。でもその『善意』、有り難くいただくとしても問題点が多数」


 突然流暢に喋り出した伊成に驚きつつも、虎次と野吹は黙って話を聞き続ける。


「まず、『昼休み明けからそんな事したら不自然』。仮に明日からだとしても不自然。いいタイミングでしたとしても、その時は『色気づきやがって』と言われるのがオチ。仮に受け入れられても、その時はそのキッカケとして、あなたが視線を集めるかも知れない。厄介事は嫌でしょ?他にも色々あるけどこれで十分でしょ?」


 予想だにしなかった言葉の雪崩に虎次は口をポカンと開けて、黙ってしまう。それに対し、野吹は全く驚きもせずにがじがじと三個目のメロンパンを外側からかじりながら、ぶほっと笑った。


「伊成ちゃん、めっちゃ喋るな!いいねぇ!俺達にだけその素顔を見せている…そういうの、何か良くね?」


 茶化すように笑う野吹を、伊成は不快感丸出しで睨みつける。その目を見ても尚、野吹はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。伊成はそれに言及することなく、その不満を黙りこくっている虎次に投げかけた。


「……ねぇ、何でこの人に話したの?」

「え?」

「この事、他の人にバレてもいいの?」


 伊成はポケットに忍ばせていたICレコーダーを取り出し、それを突き出す。

 その行動と表情からは容易に、『伊成の不満』が指す意味を理解出来た。


 伊成は野吹が信用出来ないのだ。


 この人は契約の事をふざけ半分で他人に話すのではないか?この人は私を馬鹿にするためにここに来たのではないか?野吹の全てを疑うような目に、虎次は少し言葉を詰まらせたが、すぐにムッとして言葉をぶつけた。


「こいつはそんな奴じゃねぇよ」


 意外な虎次の威圧的な返しに、伊成はぴくりと眉を動かした。その後、表情一つ変えずに伊成はじっと虎次を見つける。虎次はその顔を見て、少し強く言い過ぎたかと後悔する。

 何か声をかけるべきか?そう考えるが言葉に詰まる虎次。一方の伊成も少し気まずそうに口をもごもごと動かした。

 そんな膠着状態の二人を見て、何を思ってか野吹は突然、突き出されたICレコーダーをぱっと取り上げた。


「あっ!やめ……!」


 伊成は明らかな焦りを見せる。虎次でさえも、親友の意外な行動に驚きを隠せなかった。

 唖然として、その行動を見やる虎次を余所に、野吹はレコーダーを弄り、口を近づけた。


『女子更衣室の侵入者事件、あの犯人は、何を隠そうこの俺、野吹健だったのだ!』


 突然の野吹の一言はさらに虎次と伊成の混乱を深める。


『あ!お前、何録音してんだー!』


 野吹は言い終わると、伊成にICレコーダーを突っ返して、にっと笑って見せた。


「これで俺も知られちゃ困る事を伊成ちゃんに握られちゃった訳だ。これなら、伊成ちゃんも俺を安心して俺を使えるだろ?」


 伊成は口をぱくぱくと動かし、目を泳がせる。暫くの動揺、その後にようやく伊成は震える声を絞り出した。


「……どうして」

「伊成ちゃんを助けたいからだよ」


 野吹の言葉に伊成が何を思ったかは分からない。伊成はただただ、その唇を噛み締めた。


「ちょいと臭かったかな?あはは!ただ伊成ちゃんにお近づきになりたかっただけだって!」


 野吹は冗談めかして笑う。そして、虎次の背中をばんと叩き「お前も伊成ちゃんにキツい事言うなって」と注意した。


「んじゃ、今日はこれで解散!次からは俺も混ぜろよな!」


 野吹は虎次と伊成の険悪な雰囲気を気にかけていたようで、とりあえずの解散を提案する。半ば強引に虎次を連れて立ち上がり、「じゃ、また後で!」と短い挨拶を伊成に送り、足早に立ち去る。

 暗い空気を、無理矢理に破った野吹。そんな彼に虎次は感謝しつつ、後を去る。

 そうして去る彼らを見送る事もなく、伊成はただただ俯いて、彼らに届かない言葉を小さく漏らした。


「…………ごめんなさい」





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