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2話 ~第一歩~




「……お前、それギャグで言ってんのか?」

「違うわ!お前と一緒にすんな!」


 それは虎次が伊成月音いなりつきねに『契約』を持ち掛けられた翌日のこと。

 朝、北校舎と南校舎を結ぶ渡り廊下に虎次と野吹の二人はいた。

 虎次は野吹を呼び出し、昨日の出来事を話していた。

虎次にとって、野吹は意外と頼りになる相談相手である。別に野吹が特別に問題解決の能力に長けている訳ではないが、虎次とはまた違った立場にいる野吹は時にはかなり頼もしい。


「う~ん、意外だ。伊成月音、ただの根暗だと思ってたが……裏がありそうだな……いいな!」

「いいな!……って何がだよ!」


 にやにやと笑いながら、野吹は顎に手を添える。


「裏がある女って良くね?」

「人事だから興味なしってか。いいと思うならお前が面倒見ろよ」

「え?いいけど?」


 意外な返事に虎次は一瞬、野吹の言った事が理解出来なかった。


「は?」

「いいけど?俺的ルックス評価だと、伊成は結構いい方だしな。何でイジメ受けてるか不思議なくらいだ。お前が紹介してくれるなら喜んでお付き合いするさ!」

「お前…見境なしか?」


 野吹は女好きである。というより、ストライクゾーンが異常に広いと言うべきか。彼自ら「女性なら揺りかごから墓場まで」と得意気に語る程である。(そのがっつき方が彼が女子に距離を置かれる原因だと本人は知らないが)

 その事を踏まえて虎次は呆れ顔を見せたが、意外にも野吹は極めて真面目な表情で言葉を返した。


「マジだって。トラ、ちゃんと伊成の事見たか?ありゃ結構なレベルだぜ?ただいつも伏し目がちだから薄暗い雰囲気するだけだろ。お前を『雰囲気イケメン』とすると、伊成は『雰囲気ブス』って所か?」

「何だそりゃ……?」


 分からないかなぁ?と得意気な表情で首を振る野吹。その顔にイラっとする虎次は眉間にしわを寄せる。

その表情を見た野吹はにやりと笑うと、虎次の肩をポンと叩き、校舎に向かって歩き出した。


「ま、不自然じゃない程度に協力してやるわ。伊成に宜しく言っといてくれや」


 頼りになるような台詞を残す野吹の得意気な後ろ姿に微妙な感覚を覚えながら、虎次はその後を追って教室へと戻る。



☆☆☆




 虎次と野吹が教室に戻った頃には、既にクラスメートの殆どが教室にいた。前日にも遅刻した顔ぶれの姿が見えないくらいで、勿論問題の女子、伊成月音も静かに席に座っていた。例の女子グループはリーダー格を囲んで談笑していた。一瞬、虎次に目を向けたが、すぐにそっぽを向いてしまう。

 虎次が席に着くと、昨日知り合った男子二人がすぐに近寄ってきた。


「飯嶋ー!昨日、どうしたんだよー!いきなり伊成連れてってー!」

「知り合いじゃないんだろ?何でわざわざ助けたんだ?」

「……いや、まぁ……見苦しいからな。気分悪いだろ?見てるこっちが」


 あえて『善意』は語らない。たった一言、自分の『善意』を語れば、途端にそれは安っぽくなってしまう。虎次はそう考える。『人の為に』と話す人間と、『自分の為に』と話す人間、どちらが『本音』を言っているように見えるか?虎次は間違いなく後者と言うだろう。

 飯嶋虎次はひねくれ者なのである。


「まぁ、それもそうだな!俺も正直、あいつらは気に食わねー!」

「止めとけ。目ぇ付けられるぞ」

「は?何?お前、ビビっちゃうワケ?」

「ビビってはいない。ただ面倒だろ。ああいうの」


 ワイワイと虎次の席周りで口論しだす二人だったが、チャイムの音が聞こえた途端に、パッと言葉を止める。


「…よし、じゃあ後で度胸試しだ!」

「望むところだ」


 結局、何を話していたのか、有耶無耶になったまま二人は席に戻る。虎次はふうとため息をつくと、肩の力を抜いた。

 そして、背中を丸め、ピクリとも動かない伊成月音の後ろ姿を見た。


「おはようさん!」


 筋肉質な大男が教室に勢い良く入ってくる。担任の郷田は大きな声で一日の始まりを告げた。




☆☆☆




 授業初日ということもあり、どの授業も大したことはしないようで、苦もなく一日は進む。

 虎次は後方の席から教室全体を眺める。

 虎次の視線は斜め前方、黒板からかなり近い位置に止まる。そこにいるのは伊成月音。虎次は問題の彼女をまじまじと見つめた。


 可愛い……か?本当に?


 野吹の言った事が気になり、虎次は何度も、確かめるように、その容姿を見た。弱々しい後ろ姿、僅かに覗く横顔はどこか疲れ果てているように暗く、不健康にも見えるその蒼白な肌が目の下のクマを一層際立たせている。しかしよく見ると、その目鼻は意外にも整っており、確かに『不細工』というには無理があった。顔色を強調する飾り気のない黒そのままの髪が、薄暗い幽霊のようなイメージを与えているが、前髪を上げれば、大分印象が変わるのでは?虎次は考えた。


 昼休みにでも試してみるか。


 勿論、それでイジメが解決する訳ではないが、キッカケは積極的に作った方がいいだろう。虎次は自分なりにその一歩を決めた。

 何時の間にか、自分が伊成の問題に意外なまでに真剣に取り組んでいる事に、虎次はこの時気付いていなかった。


「じゃあ、今日はここまで。一年の内容、ちゃんと復習しとくように!じゃないと痛い目見るよー」


 数学教師、黒須がにやにやと笑いながら教科書をまとめて、教室を出て行く。その後直ぐに、生徒達はどっと騒ぎ出した。虎次のそばに直ぐに野吹が歩み寄り、声を掛けてくる。


「トラー、昼、どうするよ?」

「購買行く。後、ちょっと付き合え」


 野吹は不思議そうな表情を浮かべる。虎次はつんつんと指を指す。野吹きはその方向、教科書を仕舞い、小さい弁当箱を取り出す伊成の方を見て、「あ~」と声を漏らした。


「じゃ、俺も購買にすっかな。なら善は急げだ!早くしないと、メロンパンが!」


 野吹はダッシュで購買を目指す。虎次はゆっくりと腰を上げると、焦らずに購買に向かった。




☆☆☆




「何処行ったアイツ……」


 虎次達が教室に戻ると、そこには伊成の姿は既になかった。仕方無く、二人はあてもなく校舎中を歩いてまわる。


「ま、そりゃ出て行くわな。居心地悪いだろうし、あいつらに席取られてたし」


 伊成の席周りは女子グループに占拠されていた。確かにそこにはいれないだろう。ならば、伊成は何処に行ったのか。


「まさか、噂の便所飯!?よし、俺が女子トイレを見てまわろう!」

「やめろ」


 虎次は野吹のジョーク(野吹の場合は本当にジョークか微妙なラインだが)を一蹴して、渡り廊下に出る。

 そこには手入れが今一つ行き届いていない草が生い茂る中庭があった。人目の付かない場所を考えた虎次は、すぐにここが思いついた。草のカーテンに隠れて、一つのベンチがある。

 多くの生徒が知らないこの隠れ家で伊成はちまちまと弁当をつついていた。


「お、いたいた」

「わっ!……な、何?」


 伊成は声を掛けて初めて此方に気付いたようで、驚き、素っ頓狂な声をあげた。


「ったく、何処で飯食ってんだ。ちょっと席空けろ」

「俺もしっつれ~い!あ、俺、野吹健!よろ!」


 伊成は突然の出来事にぽかんとしたまま、席を空けた。


「ああ、伊成ちゃん、話なら聞いたから。俺も協力しちゃうぞ!わはは!」

「お前…女子の前でテンション高過ぎ」


 ずかずかと踏み込んでくる二人に伊成は戸惑いを隠せない。そんな伊成を置いてきぼりにし、虎次はピッと指を立てて、ピシャリと言い放つ。


「第一回作戦会議だ。文句ないな?」


 ここから飯嶋虎次と伊成月音の長く、波乱だらけの『契約』は正式にスタートした。





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