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1話 ~打算的な出会い~

私立拓沼高校しりつひらぬまこうこう、そこは地元では大体中堅くらいに位置する極々普通の高校である。

目立つ部活もほとんど無く、極稀に個人種目の部活で優秀な成績を残す生徒こそいれど、高校自体が全国に名を轟かせるような事はない。

良くも悪くも普通なその高校は地元では『第二希望以下』、つまり『手軽な滑り止め』として受験される割合が多く、私立にしては割安な学費、充実した奨学金制度がその傾向をより強めている。

今年も新たな新入生を迎える季節。何も大きな転換点を迎えるのは、新入生だけではない。

『クラス替え』という意外と重要な転換点に在学生は一喜一憂する。

 今日は始業式。

憧れのあの人と一緒に、仲のいい友達と一緒にと、ハラハラしながらクラス分けの掲示に群がる生徒達。

騒がしい生徒は前方を陣取り、歓声や悲鳴をあげる。物静かな生徒は後方から覗き込み、そそくさと教室へと向かう。

 どちらかというと後者に近い動きを見せ、新2年6組の飯嶋虎次いいじまとらじは中学からの付き合いの野吹健のぶきけんと共に、教室に向かう。


「またトラと一緒かぁ!何だか運命感じちゃわね!?……って馬鹿!気持ち悪いわ!どうせならカワイコちゃんと結ばれたいわ!」

「うるせーよ。こちとらお前の顔なんざ見飽きたわ」

「トラだけに『こち“トラ”』ってか?わははは!」

「上手くねぇよ!」


 虎次は面倒くさそうに野吹の頭をひっぱたいた。「痛ぇ」と頭をさすりながらも、野吹はヘラヘラと笑っていた。

 二人は昔からこんな関係である。ベッタリと仲が良い訳ではないが、何気なくくだらない話をできる仲。虎次にとっては野吹は鬱陶しくもあったが、友達付き合いしやすい相手でもあった。


「いや、でも本当によう!そろそろ俺も女の子とお付き合いしたいワケよ!」

「そろそろも何も別に焦ることないだろ?」

「ハァ!?畜生、そりゃモテる男の余裕か?いいよなぁ、女の子が勝手に寄ってくる男はよぉ!」


 野吹はペシンと虎次の頭を叩く。

 野吹の言うように、この男、飯嶋虎次はなかなか女子に人気がある。

 極端に格好良いというより目立つ癖のないそこそこに整った顔立ちに、なかなかの運動神経、それなりの成績に、まずまずの社交性…それがこの飯嶋虎次を表すのにぴったりな表現であろう。


「勝手には寄って来ねーよ。お前と違って『人目』を気にしてる結果だよ」


 虎次は全体的に見ればとても中途半端に見える。そんな特長のない彼には信念がある。


 それは『無難に生きること』


 『出る杭は打たれる』という言葉の通り、何かしら特長を持つ人間は誰かしらに嫌われる。

 虎次は全てにおいて中の上から上の下に位置する事で『嫌われない人間』を目指している。その結果か、彼は好かれこそすれど、嫌われることはほとんどない。


「……トラって結構腹黒いよな」

「かもな。なんにせよ俺は現時点では異性に興味ないからな。そんなの将来を考える時点で気にすりゃいいんだよ」


 その生き方故か、虎次は異性に全く興味がない。変に付き合えば無駄に恨みを買うし、男共に女誑しのレッテルを貼られるのも癪だ。そんな理由で彼は恋愛とは距離を取っている。


「…ま、お前みたいな猿はそんなこと関係ないか?」

「ひでえ!お前の悪口バラまいてやる!」

「無駄だっての」


 虎次は意地悪く笑ってみせる。野吹もゲラゲラと笑う。妬みを持たず何でも笑い飛ばせる野吹は虎次が本音を語れる数少ない人間だった。

 教室が見えてくる。二人は笑うのを止め、新しい教室へと入っていく。

 新しい学校生活の始まりである。




☆☆☆




「眠ぃ~…校長話長すぎじゃね?俺、ずっと寝てたわ」

「だな」


 面倒な始業式も終わり、諸々の連絡も終わり、早くも学校初日は終わりを迎えていた。生徒はまばらに下校しだしていて、それ以外は教室に残り新しいクラスメートと談笑している。

 虎次と野吹も教室に残り、適当な話をしながら、教室のクラスメートとも少し話をしていた。見知った顔も少なくないし、フレンドリーに話し掛けてくるクラスメートもいて、早速クラス内での居場所を確保する。


 一方、そんな彼らとは対照的に、居場所を確保できない惨めな生徒も勿論いるようで、早速残酷な恒例儀式が行われているようだ。


「なんか喋れよ!」


 柄の悪い女の声が教室に響く。虎次、野吹は勿論のこと、教室に残る生徒全員が声の方向を見た。

 そこには一人の女子生徒の机を取り囲む三人の女子生徒がいた。一人囲まれた大人しそうな女子は俯いて、ただ黙っている。頭に手を乗せられ、ぐしゃぐしゃに髪を乱されても文句一つ言わず、耐えているようだった。あまりにも痛々しいその光景に生徒達は目を逸らす。誰もこんな事には関わりたくない、そう言わんばかりに。


「あー…伊成もこのクラスかよ」

「伊成?」


 虎次、野吹と話していた男子生徒の言葉に虎次は反応する。それに対し野吹は『伊成』という女子について得意げに語りだした。


「『伊成月音いなりつきね』、元2組のいじめられっこだ。根暗らしいけど、俺は結構可愛いと思うな~」

「お前は女子にだけは詳しいな……可愛いと思ってんなら助けてやれば?」

「俺がいったら軽くあしらわれるっての!そういう王子様ポジションはモテ男がやれよー!」

「モテないっての。ったく、しゃーねぇ。俺、先帰るわ」


 虎次は鞄を手に席を立つ。そして、まっすぐに女子集団の方向へと向かう。


「おい、野吹。飯嶋の奴、何する気だ?」

「ん?ああ、アイツハセイギカンガツヨイカラナ-」


 棒読みの台詞で野吹が首を振る。虎次がやる事を分かり切っている野吹はひらひらと手を振り、検討を祈った。


「なあ、それ位にしとけよ」

「あぁ!?」


 女子集団のリーダーは声を荒げる。しかし、虎次は引く事なく、ぐいっと女子集団を押しのけると、俯くいじめられっこ、伊成の手を掴んだ。


「来い」

「ちょっ……!待てよ!」


 女子集団の制止も無視し、伊成の机の上の鞄を手に取り、虎次は伊成を連れ、教室から立ち去った。

 女子集団を含め、教室全体が呆然としている。事情を知る野吹だけが、ニヤニヤと笑いながらパチパチと手を叩いた。







 虎次は人目の付かない校舎の裏口付近に伊成を連れてきた。そして、その手を放すと、持ってきた鞄を伊成にぐいっと押し付ける。


「ほらよ」

「……ありがと」

「礼なんかいらない。ただお前に言っておく事がある」


 虎次は腹黒い男である。ただの善意で人を助ける程、お人好しではない。彼は『取るに足らない』と判断したいじめられっ子、伊成に冷たい言葉をピシャリとと叩きつけた。


「俺がお前を助けたのは『体裁』の為だ。好意や善意の為じゃない。勘違いするな。イジメを黙認したあの間抜け共と同罪にならない為だ。俺は俺を良く見せるためにお前を助けた。お前なんかにゃ微塵も興味ない。分かったら、俺に変な期待持つなよ?じゃあな」


 虎次はこの伊成というクラスの底辺に勘違いされないように、突き放した。変な期待を持たれるのが気に食わないからだ。どうせこんな奴に何を言っても大丈夫だろうと判断し、虎次は遠慮なく『本音』をぶつけた。

 こいつはきっと俺の言った事は黙ってる、そう高をくくって。

 こうして、虎次は新学期早々にいじめられっ子を助けた善人になるはずだった。


「待って」

「……なんだよ。勘違いすんなって…」『俺がお前を助けたのは『体裁』の為だ。…』


 聞こえてきたのは虎次の声。虎次は何か寒気を感じ、伊成の方を振り向く。

 伊成の手にはICレコーダー。そこから響くのは虎次が先程まで伊成に向けて放った『本音』。伊成は口元を意地悪く歪めた。


「お前、それ何……」

「私に余計な事、話さなきゃ良かったのに。あなたの本性、分かっちゃった」


 このミスは虎次にとって致命的なものだった。この『本音』をばらされたら、周囲の見る目は変わるだろう。虎次の額を汗が伝う。


「おいどういう事だよ……!それ、どうするつもりだよ!」

「……契約しない?」

「……契約?」


 虎次は気づいていなかった。目の前のいじめられっ子が、自分よりも性格の悪い腹黒女だということに。そして、それに気づいた時、それは既に遅すぎた。


「……私をイジメから守って。そしたら、この『本音』、秘密にしてあげる」


 いじめられっ子、伊成月音は邪悪に微笑んだ。




 うっかりと口から零れ落ちた虎次の『本音』。それが、この奇妙な学校生活の始まりだった。


ここからスタートです!

ちょっと長くなってしまいました……

次からは一話の長さが短くなると思います!


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