傀儡の見る夢は微睡みの中
息子が「次は傀儡師の話とかどう?」と言ったので思いついたお話です。ちょっと暗いです。
よろしくお願いします。
この街には稀代の傀儡師がいる。彼の作ったドールは人間と変わらない。飯も食えば排泄もする。唯一人間と違うのは自我がない事だろうか。
「兄さん起きてよ。何時まで寝てるのさ。今日も仕事が詰まってるよ」
「…おはよ…フィル」
兄さんの目を覚ますためにカーテンを開けてやる。
「眩しいって…」
「兄さん、先に下に行ってるよ。キラが朝食を作ってくれてるから。兄さんも早く来てよ」
「おう…」
僕達はこの街で傀儡師をしている。
ドールは人形に魔力で作った疑似魂を入れる事で動き出す。だけど、自分の意思は持たない。マスターと呼ばれる契約者の命令に従うだけ。
キラは僕が最初に作ったドールだ。
「キラ、兄さんを起こしてきたよ。もう直ぐ降りてくると思う」
「はい、マスター」
「今日の仕事は何件入ってたかな?」
「ドールの修理が二件です、マスター」
「そっかー。なら兄さんと僕で一件づつ修理に回ればいいね」
階段の軋む音がする。
「い〜匂いがするなあ」
「兄さん遅いよ。キラ、兄さんの分のコーヒー入れてあげて」
「はい、マスター」
兄さんの前にコーヒーが置かれる。
「兄さん、食事が終わったら直ぐに仕事に出るからね」
「あ〜はいはい」
食事を終え、兄さんを急かせて家を出る。
「キラ、掃除と洗濯をお願い。終わったら頼んでたアレやっといて。夕食には戻るから用意頼むよ」
「かしこまりました、マスター」
キラに一日の命令をしておく。
「一軒目の修理は…カルッタ婆ちゃんちか」
「ああ、あの婆ちゃんか」
「カルッタ婆ちゃんは足が悪いからドールが動かないと大変だよね。もう一軒はリリーナさんちだね」
「俺、リリーナさんちの修理に行くよ」
「はいはい、兄さんのお目当てはリリーナさんだよね。美人だもんね」
「ははは、ま、そう言うことで。俺行くわ!」
兄さんは、僕の冷たい視線から逃げるように走って行った。
僕はカルッタ婆ちゃんを担当する事になった。カルッタ婆ちゃんちに着いてドアをノックする。
「おはようごさいます〜。修理を依頼された傀儡師です」
扉が開いて、カルッタ婆ちゃんが顔を出す。
「おや、フィル坊。良く来てくれたね。さあ、入っておくれ」
「婆ちゃん、フィル坊は止めてよ。僕もう十六だよ」
「ワシには幾つになってもフィル坊はフィル坊じゃよ」
「婆ちゃんには敵わないなあ。で、修理のドールはどこに?」
「ああ、私の部屋だよ。昨日から動きが悪くてねえ」
「分かった見せてもらうね」
婆ちゃんの部屋に行き、椅子に腰掛けたままのドールに目をやる。
「サーチ」
ドールの表面に手をかざし魔法を掛ける。サーチの魔法を掛けると故障箇所が光るんだ。
「ここだね」
ドールの足の関節部分が光る。ドールの関節を開いて中を見る。
「あー関節の接合部が劣化して割れたんだね。これなら部品交換すれば直ぐ直るよ」
「良かったよ。この子が居ないと不便でね。助かったよ」
手早く部品を交換する。
「はい、終わったよ。婆ちゃんドールを動かしてみて」
「はいよ。クレア、いつものお茶を入れておくれ」
「はい、マスター」
クレアは婆ちゃんのドールの名前だ。
クレアはちゃんと立ち上がってキッチンに向かって歩いていった。
「大丈夫そうだね」
「ああ、フィル坊のお陰だね」
無事、カルッタ婆ちゃんちの修理も終わり、帰路に着こうとした時だった。
『マスター、レイン様が拐われました』
「え?兄さんが?キラはそのまま兄さんを追って」
『了解しました』
僕とキラは契約しているから、離れていても会話が出来る。キラにお願いしていたアレとは兄さんの監視だ。
「兄さんが拐われた…」
僕は一度家に戻り武器を持ち、もう一体のドール、サラを連れてキラの元に急いだ。
町外れの古びた屋敷の前で物影に隠れるようにキラはいた。
「マスター、あの屋敷にレイン様は連れ込まれました」
「ありがとう、キラ」
僕はキラの封印を解く。
「キラ、命令。兄さんの救出が最優先、それ以外は不要。分かったね」
「イエス、マスター」
ドールは人間を傷付けないように普段は制限を掛けられている。それを今解いた。
「サラは兄さんの救出を」
「はい、マスター」
「行くよ」
キラはメイド服から暗器を取り出した。僕も武器を手に屋敷に乗り込む。
キラは立ち塞がる相手を容赦なく切り裂いていく。
兄さんの気配を辿りながら屋敷の中を歩く。ある部屋の前で止まると中から会話が聞こえた。
「お前は、あの時殺したはずだ!なぜ生きている!」
「な、何を言ってるんだ!俺は生きてる!」
兄さんの声だ、中にいる。
「キラ、行くよ。中に入ったら兄さんをまず先に助けて。サラは僕と一緒にいて」
「イエス、マスター」
「はい、マスター」
「行くよ!」
ドアを蹴破る。
兄さんは椅子に縛られていた。殴られたのか顔が腫れている。
僕の頭に血が上る。
「なっ、何だ!お前は」
キラが兄さんを縛っている縄を切り助け出した。
さっき、兄さんを怒鳴りつけていた男の前に立つ。この男がボスだろう。脇には手下が二人。
「お前がやったの?」
「お前は誰なんだ!」
「僕はフィル。レイン兄さんの弟だよ」
「お前が?何をしに来た」
「愚問だよ。兄さんを返して貰いに来たんだ」
「あの男は何だ!あの時、確かに死んだんだ!」
「兄さんは生きてるよ」
これ以上、兄さんに余計な情報を入れたくない。
「サラ、兄さんを連れて先に家に帰って」
「はい、マスター」
「待ってくれ。フィル、俺は本当に生きてるのか?」
「当たり前じゃないか。兄さん、サラと先に帰っていてよ。僕もすぐに帰るから」
サラが兄さんを抱えて部屋から出て行くのを確認してボスに向き直る。
「さあ、僕の復讐の時間だよ」
「どう言う意味だ?」
「兄さんは確かに死んだよ。お前が殺したんだ」
「あの男は俺達の秘密を知った。だから殺してやっただけだ」
「そう。じゃあ僕がお前達を殺すに十分な理由だ。キラ、雑魚は任せたよ」
「イエス、マスター」
キラはいとも容易く手下二人を切り捨てた。
僕は剣を鞘から抜きボスに突きつける。ボスも剣を構えて僕に向かって来た。それを簡単に躱し背後から背中を一突き。
「さようなら」
ボスは声を上げる事も無く僕の剣に心臓を貫かれて。僕は崩れ落ちるボスをただ静かに見ていた。
「キラ、終わったね。帰ろうか」
「イエス、マスター」
部屋に火を放ち、キラと共に屋敷を離れる。
十日前、兄さんは変わり果てた姿で発見された。葬式が終わり家に帰ると、ただ只管に寂しくて。
だから、兄さんに似せたドールを作った。本来なら疑似魂を宿らせる所だが、不思議な事に魂を宿らせる前にドールは動き出した。
そして、こう言ったのだ。
『よう、フィル』って。
兄さんの魂だ、兄さんが帰って来た。
兄さんは自分が殺された時の事を覚えていなかった。それはそれで良かったと思う。兄さんが殺された時の辛い記憶を持っている必要はない。
兄さんを殺した犯人はまだ捕まっていない。生きている兄さんを見たら犯人は必ず行動を起こすはず、それを僕は待った。
そして今日、愚かにも犯人達は兄さんを拐った。
後で知った事だが、犯人達はこの街の裏を仕切っていた奴等で、兄さんは奴等の見てはいけない取引を見てしまった故に殺されてしまったらしい。
僕の復讐は果たされた。兄さんを狙う奴等はもういない。
いつもの朝が始まる。
「兄さん起きて。何時まで寝てるのさ。今日も仕事が一杯だよ」
「…おはよ…フィル」
兄さんの目を覚ますためにカーテンを思いっ切り開けてやる。
「眩しいよフィル…」
「兄さん、先に下に行ってるよ。今日はサラが朝食を作ってくれてるから。兄さんも早く来てよ」
「おう…」
兄さんは何も知らないままでいい。
微睡みの中で夢を見るように…。
Fin
最後まで読んで頂きありがとうございます。
書き上げて息子にあらすじを話したら「俺の読みたかったのは、こんな殺伐とした話じゃない」と怒られてしまいました(笑)




