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捨てられ聖女のタンス無双 ~荷運びなんて地味? とんでもスキルで呪いだって癒やしてみせます~

作者: あずま八重
掲載日:2026/03/31

 祖母の遺影に手を合わせていたら、自室が知らない部屋になっていた。

 石壁、石床、石天井。そして、どこかカビ臭いそこには人がたくさんいる。


「聖女召喚、成功だ!」という歓喜の声に混じって戸惑う声があるのは――私の前にあるのが〈タンス〉だったからだろう。


 神殿、といった(おもむき)の白く綺麗な部屋へ通され、なぜかタンスに祈らされる。

 聞けば、この世界における聖女は、〈祭壇〉と共に召喚されるものらしい。だが、いくら祈ったところで所詮はタンス。期待された〈聖なる力〉とやらは発動しなかった。


「聖属性の物質には違いないが、やはりただのタンス」

「25でその幼い容姿。本当は魔女じゃないのか?」

「聖女じゃないなら、ただのゴミだ」


 そうして3日目、私は王家に捨てられた。


「勝手に喚び出しといて何よ! 支度金くらいよこしなさいよ!」


 城門に向かって叫んだところで、門番さえ反応しない。

 ため息を漏らしつつタンスに振り返る。まぁ、今の私の財産には違いない。


 白い桐製のそれは、幅は縮んでいるが確かに私のものだった。3段の中身は見知ったものばかり。八つ角には補強の金具、取っ手の付け根には飾り金がある。他に記憶と違うのは、裏に背負い紐がついていることだ。


 そこをヒョイと持ち上げ、難なく背負う。


「城の人は数人がかりだったのに、私は軽々持てちゃうのよね……」


 肩より拳1個分はみ出るくらいの幅で、丈は肩から腰のあたり。奥行きは、肘から手首くらいだろうか。祖母からもらって愛着はあるが、一緒に召喚されるならもっと他にあるだろう。


 城下町へ下りてタンスの中にあったものを売ってはみたが、王都の物価高の前にはあまりに端金(はしたがね)。宿代ばかりに取られ残飯で食いつなぐほどに困窮した私は、這々(ほうほう)の体で王都を出た。


 ――あれから半年か。


 思いを馳せながら扉を開けると、いつもの喧騒とむさ苦しい空気が私を包み込む。ヒロウゴッツの冒険者ギルドは今朝も大盛況のようだ。

 クエスト掲示板は、討伐依頼・護衛依頼・採取依頼の順で張り紙が多く、そのどれもが賑わっている。


 私は一番閑散としている〈荷運び(ポーター)〉依頼の板に歩み寄った。手紙の配達。牛乳缶の配達と空き缶の回収。冒険者ギルドと商業ギルド間の荷物運搬――あとは、どこかきな臭い依頼が並んでいる。


「今日も街なかの依頼ばっかり……ん?」

 と、1つの張り紙に釘付けになった。


「〈オルカの泉〉への往復、約5日を同行する女性ポーター募集。たくさん持ち運べる方、大歓迎。報酬は……金貨3枚!?」


 思わず上げたうわずった声に、慌てて口を押さえる。


 ――これだけあったら、下宿の滞納金を完済しても三食付きで数ヶ月は遊び暮らせる!


 即座に依頼書をはがして隠し持つ。


 ポーターは稼げる職業ではない。安定して稼げるのは、大店や上位パーティーと専属契約をしている人だけ。フリーはもっぱら街なかの安い依頼を掛け持ちするしかなく、場合によっては割に合わない重労働のことも多い。


 始めたのだって、単にタンスがマジックバッグになっていたからだし、凶暴な魔物相手に直接戦わなくていいからだ。


 でも、せっかくの異世界。街の外へ出て冒険心は満たしたい。


 それが叶う依頼な上に圧倒的な報酬。飛びつくのは道理。しかも、これを機に専属契約してもらえるかもしれないのだから、多少の危険だって覚悟の内だ。


「あなたが依頼を受けてくれたポーター?」


 指定された待ち合わせ場所で皮算用をしていると、背の高い、赤毛ショートの女性に声をかけられた。少し吊り目の美人で、白い皮の胸当てが目を引く。


「……あまり持てそうには見えないな」


 心なしか漂ういい香りから意識を戻す。小柄だと言いたいのか、童顔のせいで若く見られているのか。あごを撫でながら上から下まで眺めてそんなことを言った。


 依頼人との顔合わせは、何度経験しても緊張する。笑顔で対応していたら舐められてばかりだったから、表情はやや固めで、自信のある受け答えを意識して行う。


「見た目に似合わずたくさん持てますよ」

「大容量マジックバッグは持ってるのか?」

「もちろん!」


「ポーター歴は?」

「半年ですが、冒険者ギルドからは銅1級をもらっています」

「ポーターで銅1級? じゃあ自分の身は自分で守れるってわけか」

「はいっ、安心してお任せください!」


 納得してくれたのか、実際に見ればいいと思ったのか。依頼人は「そうか、期待してるよ」と軽く笑って手を差し出してきた。その手をガッシリ掴み、私も笑顔で応える。


「フリーのポーター、キリコです」

「ステラだ。冒険者ランクは銀2級。普段はソロで活動しているんだが、今回は少し遠出したくて募集をな。よろしく」


 翌日。5日分にしてはやけに多いステラの荷物を預かった。


「軽々と持ってくれるね。頼もしいよ」


 一般的なマジックバッグとは異なり、重たくならないので助かっている。


 準備を整え北門へ向かうと、顔見知りの門番がいた。


「お、タンスのねーさん。今日は珍しくパーティー組んで外出かい?」

「んっふっふーん。いいでしょー?」

「そいつぁーよかった」


 朗らかに笑って、門番がステラに顔を向ける。


「お連れさん。この人、シッカリしてるようでポヤポヤしてるから、その辺のフォローおねがいします」

「ちょっ……なんてこと言うのよ」

「そうか。善処する」

「ステラさんまでー」


 門番に手をふり、街道に出る。少し進んだところで、前を歩いていたステラが振り返った。


「知り合いか? ずいぶん親しそうだったな」

「この街に来たばかりのころ、すごくお世話になったんです」


 王都の物価から逃げてきてすぐ、私は財布をスられた。それを取り返してくれたのが、そのとき見回り番をしていた彼だった。いま居候させてもらっている下宿も彼の紹介だし、ポーターを始めるキッカケをくれた上に独り立ちするまで世話を焼いてくれたのも彼だったりする。


「あの人が居なければ、今ごろ路頭に迷っていたかもしれません」

「なるほど。それは大恩人だな」


 目をほそめるステラに、私は大きく頷いた。


 街道を行く道すがら、今日の予定を確認し合う。


「森までは半日ちょっともあれば着くが、進入前に野営しようと思う」

「戦闘はステラさんおひとりなんですから、シッカリ休憩も取らないとですね」


 街道の周辺は草地のまばらな平原だから、魔物との遭遇率はそれほど高くない。森での疲労度に比べれば大したことはないにしろ、私では戦闘の役に立てないのだし、休息は多めに取ってくれないと逆に困る。


「休憩か……」


 複雑そうな顔でステラが呟いた。




 鼻をつく獣臭の中、思えば最初の戦闘から違和感はあった。


 さっそく遭遇した〈ホーンラビット〉をステラは軽く倒した。それなのに、生臭い返り血とともに衣類には破れがあり。次に現れた〈グリーンスライム〉も酸の刺激臭を残して難なく撃退。だが、衣類には穴があき、心なしか防具も傷んで見える。


「着替えを出してくれ」


 頬の汚れを拭うステラの要望に応え、タンスを下ろす。そりゃあ、まあ、ハレンチな露出具合では目のやり場に困ります。

 ここまでで4戦・7体討伐。普通ならこのくらいで着替えなんてしない。


 桐の清々しい香りがほんのり移った服を手渡し、少し低い私の布目隠しで彼女は身支度をしてもらう。こういう茂みもない場所では、ソロのとき一体どうしていたのだろう?


 野営場所を決めて落ち着くころには、計3度の着替えを済ませていた。


「あなたのマジックバッグはすごいな」

 追加の(たきぎ)を私の横に置くなり、ステラがこぼした。


「形状が特殊なだけで、機能は他の人のものと変わりないですよ」

 爆ぜる焚き火を枝でつつきながら、たぶん、と心の中で付け加える。


「魔物の攻撃を受けても傷1つ無いこと、私が気付いていないとでも?」

 隣りに腰を下ろしたステラの鋭い指摘にドキリとする。


 実はこのタンス、結界で覆われているお蔭かとんでもなく頑丈なのだ。いざとなれば武器代わりに振り回せるし、実際、そうして難を逃れたこともある。今日も咄嗟に盾扱いしたところを見られたらしい。


「そんなことより、ステラさんですよ! 次から次に出てくる魔物を、私を気に掛けながらバッサバッサ倒しちゃってスゴイです!」

「このくらい出来なくちゃ、長年ソロ冒険者なんてやってられないさ」


 得意げに言ってのけたあと、打って変わってステラは自嘲気味に続ける。


「……呆れたろう。ああいう、物持ちが悪くなる呪いにかかってるんだ。出費がバカにならなくて、だから誰にもパーティを組んでもらえなくなって、仕方なくソロで冒険者稼業をやってるわけさ」


 ソロで活動しているにしては随分と軽装だと思ったら、少しでも出費を抑える為だったらしい。それでも、さすがに胸当てと小手だけというのは……いや、服のほうが安価に買いそろえられるのは分かる。けれど、せめて腰までカバーできる胴鎧くらい着てほしい。


 預けられた衣類や防具には、どれも修繕した跡があった。それが苦労と努力の証なのは、昼間のステラを見た者ならば分かるはずだ。それでも離れたのなら、それまでの相手だったということ。


 異世界転移前の自分を見ているようで、ふつふつと沸くものがある。報われない努力なんて、あってたまるものか。


「女の子だもの、オシャレしたっていいじゃない!」

 立ち上がり、唐突に叫んだ私にステラが目を点にする。


「ステラさん。いいえ、ステラ! あなたと出会うのは運命だったのよ」


 言い放つが早いか、タンスから桶と石けん、それから汚れた分の防具類を取り出した。川にさらして大まかに汚れを取ったあと、次々に石けんでもみ洗いしていく。


「あの、キリコ。いったい何を?」

「いいからいいから。ステラは残りのスープでも飲んでて」


 衣類は軽く絞り、防具は手ぬぐいで拭く。そしてタンスの中段にしまい直した。

 タンスに手をかざしてスキルを念じる。


 ――〈タンスの肥やし+2〉、有効。


 緑色に淡く光るのを確認して、不安げなステラに向き直る。


「あとは明日のお楽しみです!」


 そうして胸を叩いた翌朝、「こちらをご確認ください」と取り出した防具類を見て、ステラが目をシロクロさせた。


「うそ……ボロが綺麗になってる!?」


 洗っても取り切れなかった返り血や泥汚れは欠片もなく、溶けたり破れたりした部分も元通り。あそこまで酷い有様のものは初めてだから心配したけれど、一晩でも大丈夫だったようだ。さすがはスキル+2の性能。


「いったい何をどうしたら破れや繕い跡まで無くなるんだ!」

「そういう変わったスキルがありまして」


 満面の笑みで答える。


 本来は『長らくしまい込むこと』を意味するだけの〈タンスの肥やし〉だが、この世界では『収納した物を時間経過で修繕、頑丈にする』というトンデモ有用スキルだった。合わせて持っている〈タンス貯金〉も、『持ち運び歩数により金銭が増える』なんて夢のスキルとなっている。


「肥やし発動中は重くて背負えなくなるし、貯金は借金じゃない自分のお金に限られますけどね」

「詳しく聞きたいところだが……とにかく、ありがとう! とても助かる」


 私の手を取り、力強く振る。

 いつかの私の苦労を少しでも労えたなら、それで満足だ。


 森に入ってからのステラは活き活きしていた。初日より派手に汚れ、破れ、溶かされているが、明らかに動きはキレッキレなのだ。


 〈ゴブリン〉の群れに遭遇したときは、一足で懐に飛び込んだかと思った次の瞬間には首が2つ宙を舞っていた。


「ゲギャギャ!」

「遅い。遅い、遅い!」


 返す一閃で3体目を仕留める。悪役もかくやという高笑いでヘイトをかせぎながら、向かってくるゴブリンにロングソードを振るい続けた。私を狙う個体には(つぶて)を見舞い、ひるんだ隙を突いてまわる。


 私はといえば、ほぼ一歩も動いていない。銅1級と銀2級、それもソロ冒険者とじゃこんなに差があるのか。


 危険が去ったとき、ステラの服は返り血がしたたるほどだった。


「キリコ、着替えを頼む」

「はい!」


 始終こんな調子で着替えの回数が増えている。それなのに、2日はかかると予定していた道のりを1日で踏破してしまった。多く見積もったにしても、とんだ快進撃だ。


「ところで、泉へはどうして?」

 着替え後の小休止で素朴な疑問を投げかける。


「目的か? オルカの泉には解呪の言い伝えがあってね」

「解呪……もしかして!」

「そう。この呪いを解けるかもしれないと思ったんだ」


 となれば、報酬もああなるか。女性ポーターを募集したのは着替えが多いからだし、たくさん運べるとなれば更に人選は限られただろう。


「さあ、泉まではもう少しのはずだ。着いたらそこで野営といこう」

「了解!」




 それから2度の着替えを済ませたところで、ひらけた場所に出た。薄暗い森の中をずっと進んできたのもあって、傾き始めた陽の明るさに目がくらむ。


「情報屋の話だとここが泉らしいんだが……」


 目が慣れ、辺りを確認する。泉の広場には岩がゴロゴロしていた。変わったことといえば、肝心の泉が枯れていることだろうか。


「そんな……」


 どちらともなく落胆の声が漏れる。ステラに目をやると、自信とやる気に満ちたさっきまでとは打って変わり狼狽していた。


「……一縷の望みとは思っていたが、どうやら思っていたより期待していたらしい」


 ガクリと両膝をつき、項垂れてしまう。またしても以前の自分と重なって、余計に胸が痛んだ。


「調べましょう! 原因もそうですけど、まだ何処かに一杯くらい残ってるかもしれないじゃないですか」

「そう……そうだな。諦めるのは早計か」


「探すなら泉の中心でしょうか?」

「あるいは岩の陰とかな。私は岩場のほうを探してみるから、そっちは頼む」

「はい!」


 さて。中心とは言っても、どの辺を探したものか。真ん中あたりは少し浅いから、一番深いところを探してみよう。


 泉跡に入り、岩場を背にして調べて歩く。乾いた、水草だったものを踏み締めながら慎重に降りていく。

 深いところも、どこも乾いて地面が割れていた。自分で言い出したことだが、とても水があるようには思えない。


 なんと声を掛けようか思案しつつ、岩場のほうを振り向いてギョッとした。


「ちょっ、ステラさん平気なんですか? そこ、紫色のモヤがかかってるんですけど」

「紫? もしかして瘴気が見えるのか?」


 漂う色濃いモヤ。これが本当に瘴気なら、聖女ではなかった私に見えるのは何故だろう。とりあえず、触れても吸っても大丈夫のようだ。


「人にはあまり影響がないと聞く。ちょっと体調が悪いとか、いつもよりイライラしやすいだとか、せいぜいその程度だとか」

「見えてしまう身としては、気分の沈みもありますね……」

「ははっ、それは仕方がないな」


 他人事だと思ってステラが軽く笑ってくれる。影響がないなら、見えないほうがよかったのに。


「それにしても、この辺りに魔物が居なくてよかった。瘴気があるなら、より凶暴になるからな」


 言い終わるか終わらないか。急に地面が揺れ、岩がゴトゴト音を立てて重なっていく。その内の1つに乗っていたステラが飛び退いて叫んだ。


「ロックゴーレムか!」


 瘴気をまとった岩の塊がヒト型になって動き始める。ステラはすかさず剣を抜くが、ゴーレムが振るう腕をいなしきれずに飛ばされてしまう。


「ステラさん!」

「くッ、大丈夫だ!」


 空いた距離を一気に詰め直し、ゴーレムの体を跳び回る。


「〈(コア)〉が無いだと!?」


 ステラの動揺が、距離のある私にも伝わってくる。コアは無機物系モンスターにとっての心臓だ。その動力源も無しにどうやって動き回っているのだろうか。


 攻撃を躱したり受け流しながらステラが問う。


「キリコ! どこかに瘴気が集中している場所はないか?」

「瘴気が……あっ、おなかの辺りに集まって見えます!」

「そうか。キリコは水探しを続けてくれ!」

「え、どうして?」

「呪いを解けるというのなら、同じように瘴気も晴らせるんじゃないか?」


 なるほど、あり得る話だ。たとえ少量でも、瘴気の濃い部分に掛ければ効果があるかもしれない。

 けれど、泉に向き直ったところで、一体どこに残っているのだろう。


「せめて湧いていたところが分かればいいのに――わわっ」


 迷い足で水草が絡まったらしく、足を取られて後ろに倒れ込んだ。タンスの角がゴツッと何かに当たった衝撃が走る。


『あだあ!』

「きゃあ! ごめんなさいごめんなさいッ!」


 どこからか上がった叫び声に、慌てて立ち上がり反射的に詫びる。


『痛い。痛いけど、まぁ解放してくれたから許すよ。すっげぇ痛いけど』


 3度も文句を漏らしたのは、宙に浮く手のひらサイズの子ども――妖精だった。相当痛かったのか、頭を両手で抱え込んでいる。

 もう一度謝ろうと口を開きかけ、ズシン、ズシンと響く振動に慌てた。


「あなた、泉の精か何か? 水が残ってる場所知らない!?」

『水? 水なら今、ちょっとならあるぜ』

「どこに!?」


 一歩踏み込んだ途端、ちゃぽ、と足が濡れた感覚が。足下を見ると、少しだけ水が湧いていることに気付いた。


「やった! これでロックゴーレムをなんとかできる!」

『湧きたてのただの水にそんな力無いでしょ。それより、ボクの封印を解いたみたいに、アイツもそれで叩けばいいじゃない』


「え?」

『え?』


 妖精と顔を見合わせる。


「これはタンス型のマジックバッグであって武器じゃないんだけど……」

『武器かどうかより、有効かどうかでしょ。見た感じアレは瘴気で動いてるみたいだし、聖属性の塊をぶつけるのは効くと思うけどなぁ』


 聖属性の、という言葉に少し引っかかる。結界魔法も聖属性に違いないけれど、それを『塊』だなんて――


「あ、あああああ!」


『聖属性の物質には違いないが、やはりただのタンス』


 そうだ。城で言われたじゃないか!




 泉跡を抜け出し、ロックゴーレムと戦うステラのほうへ駆け寄る。


「ステラさん!」

「水があったのか!?」

「それよりいい物がありました! どうにか隙を作ってもらえますか?」

「了解!」


 タンスを肩から下ろし、負い紐を重ねて持つ。武器代わりに振り回したことはあれど、武器そのものとして扱ったことはさすがになかったなと、小さく笑った。


「イマ!」の合図に駆け出し、ロックゴーレムに横から詰め寄る。


「やあああああああッ――あえ?」


 またしても何かに足を取られ、担いでいたタンスを半ば投げ出すような形で転んでしまった。

 ばかばかばかっ、なんでこんなときにまで!


「キリコ!」


 私のほうに気が向いたロックゴーレムの蹴りが襲いかかる。もうダメだと頭を抱えたその時、大きな音だけが響き渡り、けれど肝心の衝撃は来なかった。恐るおそるタンスの影から窺うと、ゴーレムはうずくまっている。


『ああー……痛いよね、角に小指ぶつけると』


 寒そうにつぶやかれた妖精の言葉に、何が起こったかを理解する。そんな経験が妖精にもあるのかは疑問だけれど、〝岩の足に小指が存在するのか〟のほうが正直もっと気になった。


 でもこれ、大チャンスじゃない?


 タンスの負い紐を掴み直し、ロックゴーレムの膝まで跳びのぼっていく。そこは屈んで近くなった腹部の目前だ。ゴルフのクラブをそうするように、瘴気を狙ってタンスを振り上げフルスイングする。


「わわっ」


 ガツンという手応えのあと、反動で落ちた。着地に失敗してぶつけたお尻は痛いが、怪我というほどではない。


 瘴気がほどけるように抜けて、ガラガラとロックゴーレムが崩れていく。

 土埃が舞うのも気にせずステラが駆け寄ってきて、立ち上がるのに手を貸してくれた。


「……それは本当にマジックバッグなのか?」

「実は凶器だったのかもしれませんね……」


 二人そろって、タンスをまじまじと眺める。


『何を言ってるんだ。それ、神聖具だぞ』

「しんせいぐ?」


 オウム返した私の言葉に、ステラがキョトンとする。妖精が見えていないようで、隣りに居ること、言っていることを伝えた。


「妖精が見えて、話せて、しかも神聖具を持っているって……そうか、キリコは聖女だったのか」


 突然出てきた「聖女」のワードに目を剥く。


「え、違うよ! だって、違うって言ってた」

「召喚した王家の誰かがかい? それは見る目がなかったな」


 剣を収めながら声を上げて笑うステラに、違うもんと口をとがらせた。


「それにしても、キリコもユーステル王家の被害者だったとはな」

「も。ってことは、まさかステラさんも?」

「ああ。この呪いは王子からなすり付けられたんだ」


 護衛依頼中、夜の誘いを断ったことを発端に呪いをかけられたらしい。


「ひどい! なんて自分勝手な!」

 憤慨する私に、ステラが「ありがとう」と呟いた。


『ふうーん、事情は分かったよ。それじゃあ、また泉にその神聖具を叩きつけてくれる?』


 指示された場所にタンスの角を数回ぶつける。と、勢いよく水が吹き出したので慌てて泉跡から上がった。


『よし。これなら日没までには元通りだ』

「――だそうです」

「了解。それじゃあ野営準備をしようか」


 慣れたもので、テキパキと簡易天幕が組まれていく。私は私で、ごはんの用意を進める。泉の精が興味深げに鍋を覗き込んできたので、気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば、どうして泉は枯れていたの?」

『ん? ああ。それが分からないんだよね。突然水が空に吸われて、ロックゴーレムが現れたと思ったらさっきの源泉を叩き始めてさ。だから守ろうとして結界を張ったんだけど、そのまま封じ込められちゃったんだ』


 何もできることがなく、あとは私に叩き起こされるまで寝ていたのだという。


「事件の匂いがするな」


 すっかり暗くなった夕食時、具だくさんスープを片手にバゲットを食んでいたステラに伝えると眉をひそめた。


「ですよね。まるで泉泥棒というか」

「盗んだとして、いったいこの量を何に使うのやら」


 考えたところで何か分かるわけもなく、静かにごはんが済む。片付けもそこそこに、泉の精に誘われるまま泉の前に2人立った。言われたとおり水で満ちている。


『瘴気に枯らされちゃーいたが、これでも〈呪い禊ぎの泉〉の1つだからな。ちょうど満月なことだし、効能も大丈夫だ。さあ、水浴びを許そう』

「水浴びをすれば呪いが解けるみたいです」

「そうか。ではさっそく……キリコも一緒にどうだ?」

「いいんですか? それじゃあ」


 下着姿になって2人で泉に浸かる。


 ひんやりしていて気持ちいい。そしてちょっぴり目の保養だ。自分の胸と見比べて、そのサイズ感の差に多少へこみはするものの、理想的な大きさ・形は見ていてニコニコしてしまう。


『おっかしいなぁ、解けないぞ』

「え、呪いがですか?」

『それだけ強い呪いだったってことかもな。まぁでも薄くはなったみてぇだし、他の泉も回ってみろよ』


 他の泉? そういえばさっき、『〈呪い禊ぎの泉〉の1つ』って言い方をしていたなと思い至る。

 詳しく聞くと、泉は他に5つあって、その内2つも巡ればきっと解けるだろうとのことだった。


「解けなかったのは残念だが、手がかりがあるだけ希望を持てるよ」


 短い赤髪に水を滴らせてステラが明るく言った。強がりにも見えるけれど、前を向けたなら良かった。


「その旅、よかったら私も付いて行っていいですか?」

「いいのか!?」

「はい! 呪いが薄れたと言ってもポーターは必要でしょうし、泉のほうでもまたお役に立てるかもしれませんから」


 それに応援したいですし、と続ける。あわよくば専属にと思って受けた依頼だったけれど、今の素直な気持ちだった。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。これからもよろしくな、キリコ」

「こちらこそ!」


 差し出された手を堅くにぎる。


 聖女じゃないと捨てられたのに、本当は聖女だった。それなら、あくまでポーターとして生きてやろう。王家の都合なんて知るものか。


 ――私の異世界癒やし旅は、ここから始まるのだった。



〔捨てられ聖女のタンス無双 ~荷運びなんて地味? とんでもスキルで呪いだって癒やしてみせます~/了〕

【2026.04.07 の後書き】

あ、あ、評価やブクマありがとうございます!

思わずカオナシが出てしまいました。


評価・ブクマくれた方には届きませんけど、

そのお蔭で読んでくれた人にだけでもお礼の気持ちを。

\最後まで読んでくれてありがとう!/

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