「愛せない」と言って婚約破棄してきた冷徹公爵様、私が『呪いの仮面』を外したら美少女だと気づいてももう遅いです。隣国の皇帝陛下にめちゃくちゃ甘やかされているので。
第1話:鉄面女の追放。その仮面が砕けるとき、呪いは至高の美へと変わる
「エリス・ラングレイ。貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
王都の夜会、煌びやかなシャンデリアの下。ジークベルト公爵の鋭い声が、楽団の演奏を切り裂いた。
周囲の貴族たちが一斉にこちらを見る。その視線は好奇と、そして「鉄面女」と呼ばれ蔑まれてきた私への嘲笑に満ちていた。
私の顔には、赤子の頃から外れない無機質な「鉄の仮面」が張り付いている。
目は細いスリットがあるだけで、表情など伺い知れない。
『呪われた令嬢』。それが私の二つ名だった。
「……ジークベルト様。理由を伺ってもよろしいでしょうか」
仮面の下から、くぐもった声で問う。
ジークベルトは、隣に侍らせた可憐な令嬢――私の妹であるミレーヌの肩を抱き寄せ、吐き捨てるように言った。
「理由だと? 鏡を見てから言え! 貴様のような不気味な鉄仮面を隣に立たせて、私がどれほど恥をかいてきたか分かっているのか。ミレーヌは花のように愛らしく、魔力も豊かだ。地味で不気味な貴様は、我が公爵家には不要なのだよ!」
「お姉様、ごめんなさい。でも、ジークベルト様は『愛のない結婚は苦痛だ』っておっしゃって……。お姉様も、愛されないまま公爵家に居続けるのはお辛いでしょう?」
ミレーヌが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
実の両親すら、ミレーヌを「我が家の至宝」と呼び、私を「家の恥晒し」として離れに閉じ込めてきた。
この婚約破棄も、両親の差し金に違いない。
「……左様でございますか。では、謹んでお受けいたします」
私は深く頭を下げた。
悲しくはなかった。むしろ、胸の奥で何かが弾けるような予感がしていた。
私の顔にあるこの仮面は、古の魔女の呪い。
解除条件はたった一つ。
『血縁と伴侶、そのすべてから真実の愛を否定され、完全に居場所を失うこと』。
「おい、何を黙っている。さっさと消えろ! 貴様のような化け物は、今日からラングレイの姓を名乗ることも許さん。その薄汚い仮面ごと、野垂れ死ぬがいい!」
ジークベルトが投げつけたワインが、私の仮面を汚す。
私は一言も発さず、騒然とする会場を後にした。
冷たい夜風が吹く、王城の裏庭。
人気のない噴水の前で立ち止まった、その時だった。
――ミシッ。
耳元で、硬質な音が響く。
続いて、ピキピキと亀裂が走る感覚。
「あ……」
パリン、と軽い音を立てて、十数年間私を閉じ込めていた鉄が砕け散った。
夜の闇に、白銀の破片が舞い落ちる。
(軽い……!)
同時に、今まで仮面に抑え込まれていた膨大な魔力が、全身の血管を駆け巡った。
私の髪は、呪いの黒から本来の銀色へと一瞬で染まり、月光を反射して発光し始める。
肌は雪のように白く、瞳は最高級のサファイアよりも深く青い輝きを放った。
「……ああ、本当の呼吸って、こんなに軽かったのね。」
自分の声とは思えないほど、鈴を転がすような澄んだ声が漏れる。
その時、植え込みの影から、一人の男が歩み寄ってきた。
「……信じられん。伝説の『月光の聖女』は、実在したのか」
低い、しかし理知的な声。
驚いて振り返ると、そこには漆黒の軍服を纏った、圧倒的な威厳を持つ男性が立っていた。
その瞳は、獲物を見つけた猛獣のように鋭く、それでいて熱っぽく私を見つめている。
「貴方は……?」
「隣国の皇帝、アルフレッドだ。……娘よ。たった今、愚かな男に捨てられたばかりの君に、一つ提案がある」
彼は私の前に跪き、私の冷えた手を優しく、それでいて強引に取った。
「私と共に来い。君を『呪われた女』としてではなく、私の、そして帝国の至宝として迎え入れよう」
鉄の仮面を脱ぎ捨てた夜。
私の人生は、想像も絶するスピードで激変し始めた。
第2話:絶望する実家と、皇帝陛下の甘すぎる誘い
「……私を、帝国の至宝に?」
エリスの声が、夜の庭園に溶けるように響く。
目の前で跪くのは、大陸随一の軍事力を誇るガルシュタット帝国の若き皇帝、アルフレッド。
冷徹無比と噂される彼が、今、エリスの指先に熱い吐息がかかるほど近くにいた。
「そうだ。エリス・ラングレイ。君を縛っていたのは呪いではない。あまりに強大すぎる『聖女の魔力』を、その身に留めるための封印だったのだ」
アルフレッドは、砕け散った鉄仮面の破片を一つ拾い上げ、愛おしげに眺めた。
「それを『呪い』と呼び、あろうことかこの至宝を捨てるとは……。この国の王も、あの公爵も、救いようのない暗愚だな」
その頃、煌びやかな夜会会場では、異変が起きていた。
「……っ、何だ!? 急に寒気が……」
ジークベルト公爵が、不意に襲ってきた悪寒に身を震わせた。
隣で微笑んでいたミレーヌの顔からも、血の気が引いていく。
「ジ、ジークベルト様……見てください、あそこ!」
ミレーヌが指差したのは、会場を彩る魔導具の灯りだった。
王国の繁栄を象徴するはずの光が、見る間に弱まり、ついにはプツンと途絶えてしまったのだ。
「馬鹿な……! 魔導結晶のエネルギーが切れたというのか!?」
「報告します! 王都を包む結界が消失しました! 領地からも『枯渇』の知らせが……!」
騎士が転がり込むように入ってきて叫ぶ。
彼らは知らなかった。
ラングレイ家に代々伝わる「鉄の仮面」は、実は王国全体の魔力を安定させる「人柱」としての役割を果たしていたのだ。
エリスが婚約破棄され、国籍(籍)を剥奪された瞬間、その恩恵はすべて消え去った。
(……っ、まさか。あいつを追い出したからか?)
「そ、そんなはずはない! エリスはただの無能な鉄面女だったはずだ!」
ジークベルトの叫びは、暗闇に包まれた会場に虚しく響いた。
一方、国境付近へと向かう豪華な魔導馬車の中。
エリスは、これまでに経験したことのない「異常な事態」に困惑していた。
「あ、あの……アルフレッド陛下? 少し、距離が近くありませんか?」
馬車の座席は広々としているのに、なぜかアルフレッドはエリスの真隣に座り、彼女の銀髪を指で弄んでいる。
「近いか? 私はこれでも、君を驚かせないよう理性を保っているつもりなのだが」
「保って、これですか……?」
エリスの肩に、彼の顔が埋められる。
公爵家では、実の両親からさえ「不潔だ」「見るだけで反吐が出る」と言われ続けてきた。
誰かに触れられること自体、恐怖でしかなかったエリスにとって、彼の熱はあまりに刺激が強すぎた。
「エリス。君はこれまで、多くのものを奪われてきた。名前も、居場所も、素顔を見せる自由さえも。……だから、これからは私がすべてを与えよう。望むなら、この国(帝国)さえも君の庭にしよう」
「そんな、私には勿体ないです。私はただの、行き場のない女ですから」
「いいや。君は、私が一生をかけて口説き落とすべき、世界で唯一の女性だ」
アルフレッドの指先が、エリスの頬を滑る。
仮面がなくなった肌は驚くほど敏感で、彼の熱い眼差しに見つめられるだけで、胸の奥がキュッと締め付けられた。
「……まずは、そのボロボロのドレスを脱ぎ捨ててもらわなくてはな。帝都に着いたら、最高の職人を百人集めよう。君に相応しい、星を散りばめたようなドレスを贈らせてくれ」
「百人!? 陛下、それはやりすぎです……っ!」
「ははっ、これくらい当然だろう。私は気が短いのだ。君が私を愛してくれるまで、休む間もなく甘やかすと決めているからな」
エリスの頬が、リンゴのように赤く染まる。
鉄の仮面の中にいた頃には知らなかった、胸の鼓動。
復讐でもなく、憎しみでもなく。
ただ、一人の女性として求められる喜びが、エリスの凍てついた心を少しずつ溶かし始めていた。
しかし、捨てられたジークベルトたちが、このまま黙っているはずもなかった。
彼らはまだ、自分たちが手放したものの「本当の価値」を、絶望と共に知ることになるのだが――。
第3話:隣国での「溺愛」生活と、聖女の真価
ガルシュタット帝国の皇宮。そこは、エリスが過ごしてきた冷遇の離れとは正反対の、光に満ちた世界だった。
「エリス、今日の気分はどうだ? このバラの香りが気に入らなければ、庭園の花をすべて植え替えさせよう」
朝食の席。皇帝アルフレッドは、公務の合間を縫ってエリスの元へ通い詰めていた。
エリスの前に並ぶのは、最高級の宝石を溶かしたようなスープや、口の中で消える魔法の果実。
「陛下、これ以上は……。ドレスも宝石も、一生かかっても使い切れません」
エリスが困惑して微笑むと、アルフレッドの瞳が蕩けたように細まる。
仮面を脱いだ彼女の笑顔は、破壊的な美しさだった。
「足りないな。君がかつて受けた蔑みを上書きするには、世界の半分を献上しても足りないくらいだ。……ああ、その銀髪が陽に透けて。今の君を、あの愚かな公爵に見せてやりたいよ。あまりの美しさに、心臓が止まるのではないか?」
アルフレッドの指先がエリスのうなじを愛おしげに撫でる。
エリスは赤くなりながらも、少しずつこの「熱」に慣れ始めていた。
一方その頃。エリスを追放したラングレイ家とジークベルト公爵家は、地獄を見ていた。
「どういうことだ! なぜ作物がすべて枯れる!?」
ジークベルトが領地で叫ぶ。
豊かな緑を誇っていた公爵領は、エリスが去った翌日から一転、砂漠のように乾燥し始めた。
川は干上がり、騎士たちの魔力は目に見えて減退している。
「公爵様……! 王宮からも『結界が維持できない』と苦情が来ています! それに、エリス様の妹のミレーヌ様ですが……」
「ミレーヌがどうした!」
「その、彼女の魔力では、王都の灯り一つ灯すのが精一杯で……。民衆の間では『本物の聖女を追い出したからバチが当たったんだ』という噂が広まっています!」
「……っ、ふざけるな! あの鉄仮面が聖女だっただと!?」
ジークベルトは、自分の選択が正しかったと信じたかった。
しかし、現実は非情だ。
彼の手元に残ったのは、わがままを言うだけで魔力も役に立たないミレーヌと、崩壊しかけた領地だけだった。
「……探せ。エリスを連れ戻せ! どこへ逃げたか突き止めるんだ!」
そんな元婚約者の焦りなど露知らず。
帝国では、エリスの「真の力」が覚醒しようとしていた。
帝国の枯れた噴水に、エリスがそっと手を触れる。
すると、ただの装飾だった石造りの天使から、澄み渡るような魔力が溢れ出し、水が勢いよく吹き上がった。
「わあ……綺麗……」
「……素晴らしい。やはり、君の魔力は『浄化』と『再生』の極致だ」
背後からアルフレッドがエリスを抱きしめる。
彼の胸の鼓動が、背中越しに伝わってくる。
「エリス、君をこの国の大聖女として、そして私の唯一の伴侶として、正式に迎え入れたい。……もう、仮面で自分を隠す必要はないんだ。君の輝きを、私に守らせてくれないか」
「陛下……」
エリスの瞳に、初めて前向きな涙が浮かぶ。
しかし、幸せな二人の元に、不穏な影が忍び寄っていた。
王国の使者が、エリスの「返還」を求めて国境まで迫っているという知らせが届いたのだ。
第4話:元婚約者の没落と、再会の予兆
「エリスを返せ! 彼女は我が王国の、そして私の婚約者だ!」
帝国の謁見の間。そこには、一ヶ月前とは似ても似つかぬほどやつれたジークベルト公爵の姿があった。
高級だったはずの正装は汚れ、目の下には酷い隈がある。彼の背後には、同じく顔色の悪いラングレイ男爵(エリスの父)も控えていた。
彼らが一歩足を踏み入れた瞬間、場の空気が凍りついた。
玉座に座るアルフレッド皇帝が、氷のような眼差しで彼らを見下ろしたからだ。
「……随分と騒がしいな。我が帝国の恩人を『返せ』とは、聞き捨てならん」
「陛下、誤解です! あの女……エリスは、我が国の『呪いの遺物』を持ち逃げした大罪人なのです! あの鉄仮面さえ戻れば、我が国の枯渇は止まるはず……!」
ジークベルトが必死に訴える。彼はまだ、エリス本人の価値に気づいていなかった。ただ「あの仮面さえあれば、魔力が戻る」と信じ込んでいたのだ。
その時。
玉座の傍らに控えていた、銀の髪を持つ美女がゆっくりと前に出た。
「……ジークベルト様。お久しぶりでございます」
鈴を転がすような、清らかな声。
ジークベルトは雷に打たれたように硬直した。
「な……誰だ、貴女は。私はエリスを探しているんだ、貴女のような美姫に用は――」
「私ですよ、ジークベルト様。貴方が『不気味な鉄面女』と呼び、ワインを浴びせて追い出した、エリス・ラングレイです」
エリスが静かに微笑む。
呪いの解けた彼女の肌は発光するほど白く、サファイアの瞳は知性に満ちている。かつての「鉄の仮面」の面影など、どこにもない。
「え……エリス……? 馬鹿な、そんなはずがない! あの化け物が、これほどの……っ!」
「黙れ」
アルフレッドの地を這うような声が響いた。
皇帝は立ち上がり、怯えるジークベルトの首筋に、抜き放った剣の切っ先を突きつけた。
「貴様、今、我が妃となる女性を何と呼んだ? ……『化け物』だと?」
「ひっ……! 妃……!? 皇帝陛下、正気ですか! その女は呪われていて……!」
「呪われていたのは、彼女の価値も分からず、その力に寄生していた貴様らの方だ。エリスが去ったことで国が滅びかけているのだろう? それは彼女の『加護』を失った当然の結果だ」
アルフレッドは冷酷に告げる。
「エリス・ラングレイは、すでに帝国の帰化手続きを終えている。名前も、ラングレイから私と同じ『フォン・ガルシュタット』に変わった。……貴様らに返すものなど、何一つない」
「そんな……! 頼む、エリス! 戻ってきてくれ! 悪かった、私が間違っていた! 婚約破棄は撤回する、今すぐ結婚しよう! ミレーヌなんてどうでもいい、君さえいれば……!」
ジークベルトが床に這いつくばり、エリスの靴に縋り付こうとする。
だが、その手はエリスに届く前に、皇帝の側近たちによって無慈悲に引き剥がされた。
エリスは、かつて愛そうと努力した男を、哀れみの目で見つめた。
「ジークベルト様。一つだけお教えします。あの仮面は、貴方が私を捨てた瞬間に砕け散りました。……もう、どこにも存在しないのです。私の心と一緒に」
「あ、ああ……っ……!!」
ジークベルトの絶望に満ちた絶叫が、広大な間に虚しく響き渡った。
第5話:鉄の仮面は二度と戻らない。真実の愛に満ちた新世界へ
「連れて行け。二度と私の視界に、この薄汚い男を入れさせるな」
アルフレッド皇帝の冷徹な一喝により、ジークベルトとラングレイ男爵は引きずられるようにして謁見の間を去った。
彼らが去った後の床には、這いつくばった惨めな跡だけが残っている。
「……終わったのですね。私の、暗い過去が」
エリスがぽつりと呟くと、アルフレッドが背後からそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「ああ、終わった。これからは、君が望む未来だけが待っている」
一週間後。
ジークベルトの公爵家とラングレイ男爵家は、完全なる没落を迎えた。
唯一の「聖女の源泉」であったエリスを失ったことで、彼らの領地は魔力が完全に枯渇。農作物は育たず、井戸は枯れ、挙句の果てには借金まみれに。
ミレーヌは浪費癖を止められず、最後にはジークベルトと互いに罵り合いながら、王都の場末へと消えていったという。
彼らがどんなに後悔しても、エリスという至宝は二度と戻らない。
エリスがかつて受けていた『鉄の仮面』という呪いは、今や彼ら自身を閉じ込める『絶望』という名の仮面となって、その一生を覆うことになったのだ。
一方、ガルシュタット帝国の聖堂。
そこには、純白のドレスに身を包んだエリスの姿があった。
かつての「鉄の仮面」の代わりに、今、彼女の頭上には帝国の皇后を示す、眩いダイヤモンドの冠が載せられている。
隣に立つアルフレッドは、軍服を脱ぎ捨てた礼装姿で、誰が見ても分かるほど幸せそうに目を細めていた。
「エリス。改めて誓おう。私は君の美貌だけを愛しているのではない。あの鉄仮面の下で、絶望に耐え、それでも優しさを失わなかった君の魂を愛している」
「……陛下。私、自分に価値があるなんて、ずっと思えませんでした。でも、貴方に名前を呼ばれるたびに、自分が特別なんだって……そう思えるようになったんです」
エリスの瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。
それは悲しみの涙ではなく、幸福に満ちた輝きだった。
「愛している、エリス・フォン・ガルシュタット」
「私も……私も愛しております、アルフレッド様」
二人が誓いの口付けを交わした瞬間。
聖堂のステンドグラスから差し込む光が、かつてないほど強く輝き、国中に満ち溢れた。
それは、エリスの聖女としての力が、真の愛によって完全に覚醒した証でもあった。
帝国の民衆は、新しい皇后の美しさと慈愛に沸き立ち、その名は大陸全土に轟くことになる。
『鉄仮面の聖女』は、もういない。
今ここにいるのは、世界で一番愛され、世界で一番幸せな、一人の女性だった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「鉄面女」と蔑まれ、愛を否定され続けたエリスが、仮面を脱ぎ捨てて真実の愛を掴み取るまでの物語、いかがでしたでしょうか?
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