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第4話:禁書は、静かに選ぶ(ユメリア)

禁書庫最奥は、時間の流れが違う。


外では朝と夜が交代し、鐘が鳴り、王都が息をする。

でもここでは、そういう“区切り”がない。


灯りは一定。

空気は重く、音を飲み込む。

私はここで、初めて「安心して考える」ということができた。


机の上には、あの本が置かれている。


――『雨のあと、光のまえに』


封印は解かれていない。

それでも、私が近くにいると、表紙の革がわずかに温かくなる。


音はしない。

光も強くない。

ただ、“待っている”感じがする。


「……この禁書、やっぱりお前に反応してる」


セリスは、私の少し後ろに立って言った。

近すぎず、遠すぎず。

声が、相変わらず刺さらない。


「音詠系じゃない。

記憶系か、感情系……いや、どっちとも違うな」


私は頷いた。


「前世で……完成させられなかった旋律。

書こうとしたけど、途中で音が怖くなって……逃げた」


口に出すと、胸がきゅっと痛む。

でも、前みたいに壊れそうにはならない。


セリスは、驚くほど静かに聞いていた。

評価もしない。

正しさも問わない。


「……じゃあ、この禁書は」


彼は少し考えてから、言葉を選んだ。


「音じゃなくて、

“未完のまま置き去りにされた想い”に反応する?」


私は、息を止めた。


それは――

前世の私が、誰にも言ってもらえなかった言葉だった。


「……そう、かもしれない」


禁書は危険だ。

だから、禁じられる。


でも、もしこの本が危険なのだとしたら、

それは力が強いからじゃない。


未完の想いは、人を動かす。

だから、危険なのだ。


私は、そっと本に触れた。


指先が、少しだけ震える。

でも、命は削れない。


「開ける?」


セリスが、私を見て聞いた。


開けたら、何かが変わる。

それは分かっている。


私は少し迷ってから、首を横に振った。


「……まだ、怖い」


正直な答えだった。


セリスは、それでいいと言うように頷いた。


「なら、今は閉じておこう。

禁書は逃げない」


逃げない。


その言葉に、胸の奥が温かくなった。

前世では、何もかもが急かしてきた。


評価。締切。結果。

「今できないなら、価値がない」


でも今は違う。


禁書庫は、待つ場所だ。


そのとき、扉の外で足音がした。

最奥には来ないはずの音。


セリスの表情が、一瞬だけ騎士になる。


「……司書長だ」


扉が開き、年配の女性が姿を現した。

厳しい目。

でも、敵意はない。


「ユメリア。体調は?」


私は背筋を伸ばした。


「……はい。少しずつですが」


司書長は私を見て、それから本に視線を落とした。


「反応したのね」


肯定も否定もない声。


「禁書は、力ある者に反応する。

でも、それは“強い者”とは限らない」


彼女は言った。


「抱えきれない想いを、抱えたまま生きてきた者。

そういう人間に、禁書は寄ってくる」


私は何も言えなかった。


それは、まるで

「あなたはここに来るべきだった」

と言われているみたいだったから。


司書長は続ける。


「ユメリア。

あなたには選択肢がある」


選択肢。


「禁書庫の外で、呪いを隠して生きるか。

それとも――

ここで、禁書と向き合うか」


向き合う。


音が怖い私が。

音が魔法の世界で。


私は、無意識にセリスを見た。


彼は、何も言わない。

止めない。

代わりに選ばない。


ただ、そこにいる。


私は、ゆっくりと息を吸った。


「……向き合います」


声は小さい。

でも、逃げていない。


司書長は、わずかに微笑んだ。


「なら、あなたは今日から

“最奥担当”です」


最奥担当。

禁書庫でいちばん危険で、いちばん静かな役割。


「セリス」


司書長は彼にも言った。


「あなたは引き続き、護衛。

欠落者であることが、ここでは武器になる」


セリスは、短く頷いた。


司書長が去り、扉が閉まる。


静寂が戻る。


私は、胸の奥に不思議な確信を感じていた。


前世で壊れた旋律は、

この世界で“続きを待っている”。


「……セリス」


私が呼ぶと、彼はすぐに答えた。


「どうした」


「もし、完成させられたら……

この禁書が、ただの本になったら」


言葉が詰まる。


「……私は、ここにいられなくなる?」


セリスは、少しだけ考えた。


そして、こう言った。


「それでも、お前が選べばいい」


逃げてもいい。

残ってもいい。


選ぶ権利が、私にある。


その事実が、胸を強くした。


禁書庫最奥で、

私は初めて「未来」を考えた。


音に殺されない未来。

逃げ続けない未来。


そして――

この静かな声と、共にある未来を。


(禁書は、力を与えない。

選択を迫るだけだ。

だから私は、まだ――ここにいる)

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