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第1話:音を聞いた瞬間、私は死ぬ

音を聞いた瞬間、私は死ぬ。

比喩ではない。本当に、命が削れる。


前世の私は、音楽が好きだった。

好きだった、というより――信じていた。

音は、人を救うものだと。


でも、ある発表会でそれは壊れた。


照明が落ち、私の旋律が流れた瞬間、

客席のどこかで、誰かが小さく笑った。


そのあとに起きた拍手は、祝福ではなかった。

ばらばらで、軽くて、私の胸の内側を直接叩く音だった。


「意味が曖昧だね」


その一言で、私は理解してしまった。

音楽だけじゃない。

私の生き方そのものが、否定されたのだと。


それから音は、刃になった。

駅のアナウンス、人の話し声、笑い声。

耳を塞いでも、自分の鼓動から逃げられない。


だから私は、音の少ない場所を探して生きた。

図書館。

ページをめくる音しかしない場所。


――そして、あの夜。


仕事帰りの歩道橋で、

車の音とネオンと人の声が一気に押し寄せてきた。


(お願い、静かにして)


そう願った瞬間、足元が抜けた。


……はずだった。


次に目を開けたとき、私は知らない天井を見ていた。


石造りの部屋。

澄んだ空気。

胸が痛いのに、生きている。


「ユメリア……!」


知らない女性が、泣きそうな顔で私の手を握る。


その名前が、自然に胸に落ちた。

ユメリア。

それが、今の私の名前だった。


彼女が説明する。


「あなた、禁書庫の階段から落ちたの。詠唱の練習中に……」


禁書庫。

詠唱。


その言葉が形になる前に――鐘が鳴った。


澄んだ、透きとおった音。


その瞬間、胸の奥が冷えた。

息が止まり、世界が近づく。


(来る)


私は耳を塞いだ。

でも、音は骨を伝って刺さる。


「……っ、いや……!」


喉から漏れた声が、途中で変わった。


視界が低くなる。

床が近い。

自分の手が――白い毛に覆われている。


(……え?)


私は理解するより先に、震えていた。


「……うさぎ?」


誰かの声がした。


私は白いうさぎになっていた。

死ぬ代わりに、獣に“逃げる”呪い。


女性が慌てて説明する。


「落ち着いて……! あなたは、音を聞くと命が削れる呪いを受けているの。発作のとき、こうして……」


音を聞くと、死ぬ。

だから、身体が耐えきれず、獣になる。


「それに……この国の魔法は、音で編まれている」


詠唱。歌。祈り。

音が、力。

音が、世界の仕組み。


私は笑いそうになった。

前世で音に殺されかけた私が、

音が魔法の世界に転生するなんて。


禁書庫に戻された。

厚い壁。布。静けさ。


白いうさぎの身体で、私は石の廊下を震えながら進んだ。


そのとき。


「……大丈夫だ」


低い声。

でも、刺さらない。


「ここでは、無理に音を出さなくていい」


目を上げると、騎士が立っていた。

静かな目をした青年。


「俺はセリス。禁書庫の護衛だ」


彼の声だけは、私の命を削らなかった。


「……欠落者、なんだ」


音魔法を感知できない騎士。

だから、彼の声は“魔法にならない”。


白いうさぎの私は、彼を見つめた。


(この人のそばなら……生きられる?)


同時に、強い予感が胸を打った。


――この声に、慣れてしまったら。

私はもう、元の孤独には戻れない。


禁書庫の静けさの中で、

私の新しい命が、静かに始まった。

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