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月光病  作者: 深月織
8/14

君がいない世界



あの日、あたしの世界は壊れた。


突然の出来事に。


奪われた、ただ一人の家族と自由。




それがどうしようもない事故であったなら、諦めもついたのに、それは故意の出来事で。


病院のベッドで目を覚ましたあたしは世界の崩壊を告げられる。


悪意をもって吹き込まれた毒をあたしは飲んで、彼を罵り憎んだ。



……彼が本当に悪いわけじゃないことなんて分かってる。


分かってるけれど、他にどうしようもなかった。


たった一人残され、誰かの手を借りてやっと日常生活が送れる。


そんな身体になったあたしが八つ当たり出来るのは、こんな境遇になる原因となった彼しかいなかったのよ。


全ての保証を申し出た彼を、下僕のように扱いながら、

どんなに我儘を言っても、理不尽な言葉を投げつけても、微笑む彼しか。






「彼を解放してちょうだい? 貴女には不自由がないよう、私が責任持って、手配するから」


ある日、悲壮な顔で、彼の恋人だとかいう女があたしの前に現れた。

車椅子のあたしは書斎で本を読んでいた。一人きりだった。

彼女は屋敷の使用人に金を掴ませて、入り込んだらしい。


お願いよ、と土下座までしそうなその大人の綺麗な女に、苛立ちがつのる。


「…いいですよ。


……なんてあたしが言うと思ったんですか?


お兄ちゃんを殺しておいて、


あたしをこんなにしておいて、


あいつが幸せになるなんてこと許さない。


一生、幸せになんてさせてやらない……!」



このいつまでたっても薄れない、憎しみは何処から来るんだろう。

こんなあたしをお兄ちゃんはけして喜ばない。

自分から不幸になって、誰かを不幸にするあたしを、悲しく思うはず。


だけど、彼があたしと話すため膝をつくたび、どんなに罵倒しても微笑むたび、あたしの胸の奥、溜まっていくものがあって。


どんどんあたしをイヤな子にする―――……



「……どうして、」


冥い目をした女が、持っていたバッグから光るものを取り出した。


どうしてあの時死んでしまわなかったの、と虚ろに呟いて、あたしにそれを向けた。



そうね、あたしもそう思う。


だったら、こんな気持ちも知らず、


お兄ちゃんに、ごめんなさいと言い続けながら、


生きていかなくても済んだのに。



……でも、

もう楽にしてくれるんでしょう?


さあ早く。

彼をあたしから解放して。


あたしを彼から解放して――――………、





「っ……お怪我は、ありませんか」


温かいものに包まれて、あたしは思っていた衝撃が訪れなかったことに一瞬茫然とした。


彼に抱きしめられている。


女は警備員に取り押さえられ、どうして、と叫び続けていて。


あたしに降り下ろされる筈だったナイフは、転がって床の上に―――、


「………!」

「? ああ、大丈夫です。かすっただけですから――すみません、私のせいでまた貴女に傷を付けるところだった……」


青ざめたあたしの頬をそっと撫でる、右手。

左腕から血を流しているのは自分なのに。


「…っかじゃないの…!」


ドン、と拳で彼の胸を叩く。


あたしから解放されるチャンスだったのに。


どうして庇ったりするの。


どうして、恋人だった人よりあたしの方を、愛しそうな瞳で見るの。


やめて、


これ以上貴方のこと―――



「こんな傷大丈夫ですよ。慣れていますから」


……本当に、何でもないことのように笑って言うのに、あたしの何かが切れた。



くだらない争いで命を狙われているひと。


何度も危ない目に遭っているひと。


未だ、危険に曝されているひと。


巻き込まれたお兄ちゃんみたいに、いつ死んでもおかしくないひと……、



「――――…っ!!」


衝動のまま、手近にあったクッションを投げつける。

近くにあるものは、全部、彼に向かって投げてやった。


戸惑いながら、止めようとせず、不思議そうにあたしの癇癪を受け止めて。


初めて会った、あの日みたいに。



投げるものがなくなって、爆発しそうな胸の苦しさを誤魔化せなくなって、ボロボロ泣き出したあたしに、そっと近寄ってくる。


恐る恐る、伸ばされた手にかじりついてその胸に顔を押し付けた。




――お兄ちゃん、ごめんなさい。

あたし、あたしはいつの間にかこのひとを――、





もう、ダメなの。


考えられないの。


貴方のいない世界。



貴方を無くせば、今度こそあたし、なにもかも無くなってしまう。




「馬鹿っ…、アンタが怪我なんかしたら、あたしの髪、誰が洗うのよ……!」

「ああ…そうですね、すみません」



いつも通り悪態をつくあたしにクスリと苦笑する気配。







一生憎んで、


一生許さない、


一生責め続けるから、




お願い、罪滅ぼしでもいい、


……傍にいて。



それがどんなに間違っていることだとしても。




あなたのいない世界に、

あたしをひとり、置き去りにしないで―――………




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