僕が愛して君が憎んだ
「貴方のせいじゃないでしょう? 貴方も被害者なのに、どうしてそこまでしなくちゃいけないの!」
そんな言葉は嫌と言うほど聞いた。
だが、私が彼女に対して取り返しのつかない罪を犯したのは言い訳の聞かない事実。
だから私は何を犠牲にしても彼女に償わなければならないのだ。
引き留めようとする女に別れを告げて、私は家へ急ぐ。
いつもの帰宅時間を随分過ぎてしまった。
早くしないと、さぞかし彼女が―――、
「遅かったのね。また何処かで誰かに殺されかけてるのかと思ったわ」
「すみません、仕事が立て込んで」
玄関で使用人にコートと手荷物を渡し、階段の上で、私に冷ややかな瞳を向けている彼女の元へ急ぎ足で向かう。
車椅子に座った、華奢な少女の元へ。
プイと背けた顔に微笑みかけて、椅子を押し始める。
「髪を洗いたいのよ。早くして頂戴」
「はい」
私が年端もゆかぬ少女にかしずく様を会社の者達が見たらさぞかし驚くだろう。
女王のように振る舞う少女と、
忠実な従者、
それが私達の関係。
2年前遭った事故に因り、半身不随になってしまった彼女の介護に人を雇ってはどうかと言われたこともあったが、全て私自身がすると決めている。
彼女の自由を奪い、彼女の唯一の家族を奪ったのは私なのだから―――。
いわゆるお家騒動、というやつで、あの頃私は命を狙われていた。
雨の日の高速道路、事故を装い乗っていた車にトラックをぶつけられ――巻き込んでしまった、前を走っていた軽自動車。
早くに両親を亡くし、仲良く支え合って生きてきた兄妹、
大破した車に乗っていたのはそんな二人だった。
運転していた兄は即死、助手席の妹は一命をとりとめたが神経を損傷して一生歩くことの叶わない身体に。
死ぬはずだった私は丈夫な車のお陰で、左手を骨折しただけで済んだ。
意識を取り戻した彼女を見舞いに訪れたあの日、
――人殺し! お兄ちゃんを返してよおぉっ!
自身も傷を負い、上半身しか動けない状態で泣き叫び、手当たり次第に周りの物を投げつけてきた、小さな少女の激情。
憎悪を込めた瞳が向けられた瞬間、
――囚われた。
鮮やかに心を映すその瞳に。
その瞳を私に向けてくれるなら、憎しみでも構わないと思ってしまった。
……だから、
一生憎んで、
一生許さないで、
一生責め続けて。
そうすれば君を、
贖罪という檻の中、一生愛することが出来るから―――。